第29話 圧巻
「うむう、筋は良いでござるな!」
サムライとの初めての修行が始まって数秒も経たずの事。
ニコは尻もちをついたまま、恐ろしいものを見る目でサムライを見上げていた。
サムライは棍を持ち、Tシャツに短パンと非常にラフな姿をしている。
「……いまのは……」
「見えていたでござろう? 軽く肩を小突いてから足をすくっただけでござる。さ、立つでござるよ!」
信じられない!
ニコの胸中は今起こった事に対する驚愕と恐怖でいっぱいだった。
確かに見えていた。見えていたが、余りにも滑らかで素早い動きが反応を許さなかった。倒れてからやっと何をされたのか理解できた。
ドラゴンの力によって強化された本能が全力で警鐘を鳴らしている。ほんの一瞬で目の前の男が持つ尋常ではない実力を感じ取ったのだ。
その感覚は王、神狼を眼前にした時とよく似ていた。
「え、いや、ちょっと待ってください」
「む、他の武器の方がいいでござるか?」
ここはASSFの道場。本来立ち入れないサムライも、ピースの計らいで道場周辺のみ入場を許可されている。
背後には用意されたいくつもの武器。
太刀に棍、槍や盾、大槌などありとあらゆる種類の武器が揃っている。
「拙者はサムライ、武芸百般を修める者。最も得意なのは大太刀でござるが……」
ニコの前に手が差し出される。
手を握ると優しく、しかし力強く引き上げられた。
「まだニコちゃんには早そうでござるなあ」
「なッ!?」
にこやかな表情から放たれた痛烈な一言にニコは反論しようとするが、ぐっと唇を噛んで踏みとどまった。
言い返せないと自身の身で強く実感していたからだ。
何度同じことをやられても返せる気がしない。その状況で強がる程強い性格はしていない。
何より今の一撃でプライドなどあっさり吹っ飛ばされてしまった。
「っ、次お願いします!」
「おお、やる気あるでござるなあ! よし、拙者も張り切るでござるよ!」
その言葉はニコにとっては絶望でしかないのだが、サムライはウキウキと棍を握った。
結局この日は一矢報いる、どころか攻撃に対して反応することすらできなかった。
目で追う事は出来るがひとつでもフェイントを入れられるとそこから何をされたのかも分からなくなる。
これ以上ない、いやというほどにエリアJ最強と呼ばれる理由を理解した。
彼なら強化されていなくてもエリアJで戦えるんじゃないか?
そんなことが脳裏を過るくらいにはサムライは隔絶した強さを誇っていた。
極度の疲労と緊張により、ニコが気絶してこの日の修行は終わった。
「言っただろ、やり過ぎるなって」
「いや、楽しくなって……面目ない……」
「あ、起きた」
「気分はどうだ? 気持ち悪くないか?」
「やり過ぎたでござる! 申し訳ない!」
目が覚めた時にはグリムのバーにいた。
横には心配そうにしているサムライと、カウンターでそれを見て呆れた様子のバンダとグリム。
目覚めたことに気付くと男二人が心配そうに近付き、グリムは水をコップに入れて持ってきてくれた。
「私は……」
「疲れてたんでござるな、きっと」
「お前戦闘関係だけは感覚おかしいんだから手加減しろって言っただろ」
「し、してたでござるよ! ある程度は!」
「ニコ、分かったか? こいつが最強と呼ばれてる理由が」
「……反撃どころか、ろくに動くことすらできませんでした」
サムライは変わらずおろおろとしていて、道場に居た時の落ち着きは微塵もない。
ニコは完全に鼻をへし折られ、意気消沈といった様子だ。
グリムとバンダはその様子を見て、まあそうなるだろうな、というような態度を取っていた。
「こいつの『最強』っていうのはな、誰が最強かって議論に絶対に名前が出るとか、そういうレベルの話じゃない。こいつと相対した人間、もしくは戦闘を見た人間は全員感じるんだよ。ああ、勝てないなって」
「同感」
「いやあ照れるでござる」
「俺は絶対勝てねえ。出来て時間稼ぎだな」
「そうでござるな。ポーター殿が時間稼ぎに徹するのであれば、かなり時間がかかるでござる」
「お世辞でも勝てるかもぐらい言ってくれよ」
「拙者、世辞は言わぬ」
サムライがニコの肩にぽんと手を置いた。
「修行が終わるまでに拙者に一撃入れる事。それを推薦の条件にするでござる」
「……出来る気がしません」
その言葉にバンダが反応し、声を荒げようとした。
しかしそれをサムライが手で制する。
何か言いたげにしていたがバンダはゆっくりとカウンターに戻る。
「この世に不可能と思えることはいくらでもあるでござる。だが、その中に本当に不可能な事というのはほとんど無いでござるよ」
「…………」
「拙者の最終目標はエリアJの王とドラゴンすべての単独討伐でござる」
「そ、そんなのできるわけ……!」
「拙者も難しいとは思っているでござる。だが、拙者が死ぬまでは出来る可能性というのは残されている」
真剣な表情からは、嘘は一切感じられない。
「それに比べたら、拙者に一撃入れるなど歯磨きより簡単でござるよ」
そう言って微笑むと、サムライはバーを後にした。
ニコはまだ下を向いていたが、目には明らかに活力を取り戻していた。
「……ああいう精神性とか考え方だよな、あいつが強い理由」
「とてもじゃないけど、ああはなれない」
バンダとグリムはどちらかというと現実的な目標を設定するタイプだ。
サムライは自分がやりたいと思った事であれば、障害や目標の高さなど一切考慮せず突き進む。
「……やってやります、やってやりますよ!」
ニコが両こぶしを握り締めて立ち上がった。
「あのハゲ頭に一発ぶちかましてござりますよ!」
「……変な気合の入り方したな、あれ」
「心配」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます