第28話 一日

「おら走れ走れ!」


 早朝はバンダが迎えに来て、ランニングを行う。

 廃墟街は人も車も少ないため車道を広々と使うことが出来る。

 路面の状態は悪いが、森に比べたら大した事は無いと考慮はされていない。


「はっ、はぁっ!」

「体力はすべての基礎だ! 5キロの全力疾走が出来なきゃ外には連れてかねえぞ! ただの人間基準の凄い程度で生き残れると思うな!」


 全力で走り終えると、ニコはその場に倒れこんだ。

 だが、バンダはそれを許さず無理矢理立ち上がらせる。


「お前、敵から逃げてる途中で疲れたからって倒れこむのか?」

「はッ、は、は、はッ」

「いいか、この走り込みは理不尽だ。理にかなってねえ、根性論だ。科学的じゃない。だがな、根性論でもなんでもいいんだよ。獣相手に体力が尽きたから待ってくださいって言うのか? 限界を超えてからが勝負だ」


 バンダはそう言っているが、実際は異なる。

 強度が上がった人間は過剰に思えるトレーニングでもそれに比例して劇的に身体能力が向上することが分かっている。

 限界以上に走らせるというのはこの場合においては理に適っているのだ。

 根性論的な部分があるのも間違いではないが、ひと月で大幅な強化を目指すのであればこれが最善だろう。


「もう9時前か。今日は40キロは走ったか?」

「た、はぁ、多分……」

「水飲め水。脱水になるなよ。よし、じゃあ最後にグリムのバーまで走れ。それで俺の分は終わりだ」

「それ、5キロ、ぐらい」

「全力じゃなくていい。目標タイムは15分だ」

「し、しにます」

「死なねえよ。着いたらグリムがストレッチとマッサージケアしてくれるはずだ。強度が高い人間の肉体は疲労回復が異様に早い。向こうで30分も休めば回復するだろうよ」

「お、おに、です」

「途中どうしてもダメそうならすぐに止める。その為に俺が一緒に走ってるんだからよ。自慢じゃないが、体力だけなら俺はサムライより高い自負がある。俺に付いてこれるようになったら一人前だ」


 ニコは少し勘違いしているが、バンダはあくまでもポーター。

 戦闘能力よりも持久力に遥かに重きを置いている。

 走破後の疲労を度外視すれば100kgの荷物を背負って半日、12時間で約500キロメートルを走破する事が出来るという尋常ではない走力を有している程だ。

 この場にサムライが居たら、バンダの言葉に賛同していただろう。

 少し休んでから二人は走り出した。

 弱音を吐くことはあるものの、ニコはその足を止めることは無かった。


「いらっしゃいませ!」


 その後休息とグリムのマッサージでなんとか回復し、ウェイターの仕事を開始した。

 ランニングの疲労が残っている中で多くの客を捌くのは非常に困難だ。

 バンダはこれも修行の一環だと言って店を出て行った。何をしにどこに行っているのかは分からない。

 ピークを過ぎて昼営業の時間を超えると着替えてASSFの本部へと向かう。


「おつかれニコちゃん!」

「おつかれさまです」

「今日も頑張れよニコちゃん!」


 ASSFの隊員達はニコを受け入れている、を超えてアイドルのような扱いをしている。

 全員にこやかに声を掛けたり日によっては飲み物を買ってくれたりもする。

 最初に保護されたひと月の間、ニコは自由に建物内を動くことが出来ていた。

 その間に色々な所に顔を出し、持ち前の明るさやその境遇からASSFの隊員から強い支持を受けていた。

 慣れた足取りで向かった先は道場だ。

 ど真ん中には道着を着て仁王立ちしたピースが待っていた。


「よし、来たな! やるぞ!」

「よろしくお願いします!」

 

 道着に着替え、準備運動を行い即座に修行が始まる。

 構えの確認から拳の振り方、蹴りの繰り出し方などを流れで確認し、そのまま体幹を鍛える訓練に入る。

 それが終わると組手だ。

 ひたすらニコが打つ番と、ピースの攻撃を捌くのをひたすら繰り返す。

 ただそれだけ。

 ピースに手心を加えようという様子は一切無く、ニコは必死に攻撃を捌き、全力で攻撃を当てにかかっていた。


「ストップ」

「はい」

「今のは良かった。が、目線と予備動作でバレバレだ。どんなに鋭く重い攻撃でも、来るのが分かっていればどうとでもなる」

「改善します!」

 

 被弾したり、良い攻防があるとピースが止めて改善方法や何が良かったのか、向上させるためにはどうすればいいのかを説明する。それ以外に二人が口を開くことは無かった。

 ピースは普段こそおちゃらけているが、修行中は人が変わったようになる。

 数時間の組手が終わると勤務を終えた数人の隊員が入ってくる。

 そこからは複数人に囲まれ、どこから飛んでくるか分からない攻撃に対して対処する訓練となる。

 外ではニコにでれでれの隊員達だが訓練中に手心を加えることは一切無い。彼らも鍛え抜かれた精鋭であり、手を抜くことは決して彼女の為にならない事を理解しているからだ。

 それが終わると治療を受けて隊員にグリムのバーまで送ってもらう。

 並みの者であれば一日で投げ出すであろう程に過酷だが、彼女は日が経つにつれてその生活に順応していった。肉体的な苦痛をあっさりと克服していった。

 数日後には平然と修行をこなすほどになる。バンダにも、もっと厳しくしていいですよと生意気な口を利く始末だ。

 しかし、その天狗の鼻はあっさりと折られることになった。

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