第27話 推薦
からんとベルの音が鳴り、ぬうっと丸い頭が現れる。
座っている時は多少分かりにくかったが、立っているとその風貌や肉体の凄まじさがよく分かる。
身長190センチほど、手首から肩、首、ズボンに包まれた足に至るまですべてが太い。
優し気な顔に似合わぬ剛毅そうな肉体だ。
「やあ、待たせたでござるか?」
「いや、大丈夫だ」
店内は昼間よりもかなり落ち着き、バンダも含め三人ほどしか客は居なかった。
「いらっしゃいませ!」
「ニコちゃんはかわいいでござる」
「お前、自分の見た目を考えて発言しろよ。通報案件だぞ」
「かわいいものはかわいいでござるよ。ビールをお願いするでござる」
サムライがバンダの横に座る。
すぐにグリムの手で大ジョッキがサムライの前に置かれた。
それを豪快に一気飲みすると、すぐにおかわりを頼む。
「いやあ、美味い!」
「で、仕事の話ってのは?」
「せっかちでござるなあ。探索者協会からの正式な依頼なんでござるが、どうやら今年は魔獣の個体数が妙に多いようなんでござるよ」
「へえ?」
「この時期でも比較的危険度の低いエリアにも魔獣が流れてきているようで、今の時点でそれでは年明けには強度5以下の人間が探索に行けなくなりそうだと」
「珍しいが、前例が無い事でもないよな。というか似たような事毎年やってるよな」
「毎年やってる事ではござるが、今回は念を入れて原因調査と魔獣の間引きを依頼されたんでござる。それで、その」
「お前が狩った魔獣の運搬作業を俺に頼みたいって事か」
「話が早い。拙者の担当は危険度が特に上がっているグンマでの仕事になるので、それなりの人を雇いたかったんでござる。ポーター殿なら十二分にござるからな」
「ふむ……」
バンダは顎に手を当てて考え出した。
まだ報酬を聞いてはいないが、仕事内容は悪い話ではない。むしろ良い方だ。
基本的にサムライと行動を共にするのであれば身の危険は無いだろうし、魔獣の死体運搬時に気を付けるくらいで済む。
「報酬は?」
「基本報酬プラス狩った魔獣の買い取り相場価格の50%が上乗せされるでござる」
「破格だな!」
協会からの依頼の場合、大抵は基本報酬に買い取り相場価格の10から高くて30%になる。
希少価値が高く買い取り価格が高額になりやすい魔獣の50%はほぼあり得ない条件だ。
一体狩るだけでも数百万という利益が出るだろう。
協会になぜそんなに多く取られなければならないのかという声もあるが、その分様々な手続きの手数料免除や企業との取引の手間、依頼の仲介など多岐にわたる探索者協会の仕事を考えれば妥当だという声が大半だ。
「どうでござる? 冬にあまり仕事をする気が無いならポーター殿の取り分に色を付けて払うでござるが」
「いいのか?」
「拙者は冬でも変わらず仕事をするでござるからな。そもそも金には困ってないでござる」
「……わかった。引き受けよう」
「本当でござるか! いやあ、助かるでござるよ! 乾杯でござる!」
そう言うとサムライはジョッキを持ち上げ、バンダの前に差し出した。
バンダもニヤッと笑ってグラスを持ち上げる。
グラスがぶつかり合い、二人は一気に中身を飲み干した。
「……興味あるのか?」
「ふぇっ!?」
カウンターの中で聞き耳を立てていたニコがわたわたと手を振った。
「いやっ、聴いてませんよ!?」
「聴いてただろ。お前は連れてかねーぞ」
「当たり前でござる! 外は危険でござるからな」
「そいつ下手したら俺より強いけどな」
「はっはっはっ! ……マジにござるか?」
「マジだよ」
顔がうっすらと赤い。
実は昼からバンダはずっと酒を飲み続けている。酒が強く、つまみも食べながら、量も考えながらであっても長時間飲めば酔うに決まっている。
酔った勢いとはいえ、その言葉はバンダがニコを評価しているということだ。
「そ、そんなことないですよ」
「エリアJではありえない事ではないでござるからな。しかし、それなら連れて行ってもいいのではないでござるか? 勉強でござる」
「実力の問題じゃなくて資格がねえんだよ」
「ああ、じゃあしょうがないでござるな」
サムライはニコの参加に乗り気な姿勢だったが、それを聞いた途端に納得した様子だった。
ニコは少しだけ残念がっている。
「ダメなんですね……」
「こっそり外に出るだけなら実刑ですむでござるが、エリアJでの密猟は極刑でござるからな。戦闘に参加しただけでもその意思ありと見なされる可能性も高いでござる」
そこでバンダはニコに黙ってろよ、と言わんばかりの目線を向けた。
二人の脳裏にはサリバンに送ってもらった記憶が浮かんでいる。
あれは法律的にも物理的にもかなり危ない行為だ。
「ま、おめーは早く修行積んで資格取ることだな」
「でも、資格試験はだいぶ先なんですよね?」
「しょうがねーだろ。……あ」
そこでバンダが何かを思いついたような顔をした。
一瞬で誰も見ていなかったがなんとも悪い、悪い顔だ。
「サムライ、今回の報酬に1つ追加していいか?」
「拙者にできる範疇であれば構わないでござる」
「確か推薦試験って制度あったよな?」
「あるでござるが、あれは普通の試験より合格基準がかなり高いでござるよ?」
「構わねえ。それくらい合格してもらわねえとな」
二人の視線がニコに向かう。
話の流れで本人も分かった。
「仕事はいつになる?」
「年内に済ませてほしいと言われているから、待ててひと月でござるな! 基本報酬の取り分は先払いにしておくでござるよ」
「いいのか? それは助かる。さて、短い時間だが……やれるか?」
その言葉にニコは少しだけ不安な表情を見せたが、きゅっと目をつぶって気合を入れるような素振りを見せた。
「やります!」
「よし、頑張れよ」
「拙者もそれまでは暇でござるから、言ってくれればお手伝いするでござるよ」
「お前、本当にいい奴だよな」
「野郎にはこんなサービスしないでござる」
バーに笑い声が響き渡る。
かくして、ニコの修行の1か月が始まった。
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