第26話 最強

「……で、ASSFに通うことにしたのか」

「はい!」


 翌日、グリムのバーでは制服を着たニコが忙しなく動いていた。

 このバーでは昼間はランチを提供しているが、そもそも立地が非常に悪い為客は滅多に来ない。

 だがこの日はどこから聞きつけたのか店が一杯になるほど客が入っていた。

 バンダは行列を無視して席に着いたため喧嘩を売られたが、十秒も経たずに店内に戻ってきてからは文句を付けられなくなった。


「いいんじゃねえか? 筋力はどうとでもなるから、基礎的な格闘術をしっかり学ぶのは大事だ」

「頑張りますよ! あ、いらっしゃいませ!」


 新たに入ってきた客の対応にニコが向かう。

 バンダは笑みを浮かべながら、忙しなく動きながらも汗1つかいていないグリムに目を向けた。


「商売上手だな」

「まあね。注文は?」

「つまみと酒。今日はちゃんと金持ってきたぞ」

「なら出してあげる」


 それからすぐにナッツとウイスキーのロックが目の前に置かれた。

 それを嬉しそうにつまみ、ウイスキーを一口含む。

 横の席の男が席を立ち、別の男が座った。


「日替わり定食を1つお願いするでござる!」

「ござ……?」


 なんとも珍妙な喋り口調にバンダが横を向くと、作務衣を着たスキンヘッドで細目の男が座っていた。


「サムライじゃねえか!」

「おお、ポーター殿! 久々でござるな!」

「お前、なんでこんなところに?」

「かわいい子がウェイターをしていると聞いたので一目見に来たでござる! いやあ、眼福にござるなぁ。保養でござる保養でござる」

「相変わらずだな」

「こんなところで悪かったな」

「聴こえてたのか……」


 他の客に料理を提供しに行ったグリムに小言を言われ、バンダはポリポリと頭を掻いた。

 サムライと呼ばれた男はそのやり取りを楽しそうに見ていた。


「しかし、いつぶりだ?」

「ちょうど一年ほどは経つでござるな」

「フクオカまでの運搬依頼の護衛だったよな。まさかあんな仕事で一緒になるとは思ってなかったのを覚えてる」

「あの時は暇でしたから、ポーター殿がいるとの噂を聞いて顔を出しておこうかと」

「そりゃ光栄だ」

「お知り合いですか?」


 バンダが親し気に話しているのが気になったのか、ニコがひょっこりと顔を出した。

 その瞬間、サムライは顔をでれでれと崩れさせる。


「いやあ、かわいいでござるなぁ!」

「お前……」

「いやいや、その気はないでござるよ! あくまでこう、アイドル的な……」

「はぁ……」

「あの、バンダさん、この方は?」

「コイツはサムライ。エリアJ最強って言われてる」

「……えっ!?」


 最初は黙って聞いていたニコだったが、それを聞いた瞬間驚愕に顔が染まる。

 周辺の客もざわつき始めた。

 ニコにとって今まで見た中で一番強いのは騎士だ。それよりわずかに下にバンダがいる。

 そのバンダが最強という男。どれだけ強いのかも想像がつかない。

 見た目だけでは、スキンヘッドが少しだけ威圧的ではあるが、顔つきはなんとも優しいものだ。


「あー、ちょっと、騒ぎにしたくないでござるよ」

「すまん」

「まあいいでござる。拙者サムライと呼ばれている、本名はアルバート・ロカリー。以後よしなに」

「ニ、ニコです! アルバートさん!」

「サムライでいいでござる。それより、お客さんが待ってるでござるよ」

「あっ! ごめんなさーい!」


 そう言うとニコはバタバタと給仕に戻っていった。


「今日が初めてのはずなんだが、仕事出来てるんだな」

「ニコちゃん、すごく優秀」


 かたりとサムライの前に定食が置かれた。

 美味そうなハンバーグに付け合わせの野菜、それにスープとライス。ここは本当にバーなのかと言いたくなるような出来栄えだ。


「やあ、これは美味そうだ!」

「……定食屋に変わったらどうだ?」

「やだ」


 一言だけでグリムはまた厨房に戻っていった。

 ニコは献身的に働いているが、初めてにしてはなんとか頑張っている程度。

 グリムが接客に調理、給仕と並外れた働きをしているからこそ成立している。その気になれば一人でも店を回せるんじゃないかと思わせるほどだ。

 そもそもバーであるため、テーブル席が少なく店内に入る客が限られているというのもあるが。


「そういえば、ポーター殿、あの横入はよくないでござるよ」

「うるせえ。女目当てより純粋な客の俺が優先だ」

「意外とそういうのは恨みを買うでござるよー?」

「ふん、それが怖い奴はこんな生き方しねえよ」

「それもそうでござるな」


 サムライはフォークとナイフを手に取り食事を始めた。

 美味そうに頬を緩ませながら食べる姿に覇気は一切なく、本当に最強と言われているのかと疑いたくなる。

 口に頬張りながらも溢したり口元を汚すようなことも無く、実に綺麗に食べきっていた。

 水を飲み干すと、十分に足る金額を席に置いてサムライは立ち上がった。


「いやあ満足! 美味しかったでござる」

「またな」

「ええ、また……ではなかった。忘れるところでござった。ポーター殿は今、何か仕事が入ってるでござるか?」

「いや、入れようとは思ってたけどよ」

「ならば丁度いい! 仕事を頼みたいんでござるよ!」

「ええー?」


 ぱん、と手を合わせたサムライに、バンダはなんとも嫌そうな顔をした。

 サムライほどの人物の仕事だ、難易度の高いものなのだろう。そう思ったからだ。


「そんな顔しないでほしいでござる」

「だってよお」

「簡単な仕事でござるから! 詳しくは夜また来るので、その時に話すでござる。頼むでござるよ!」

「あ、おい!」


 サムライはバンダの返答を聞かずにそそくさと店を出て行った。


「……あの野郎、断らせない為にさっさと出ていったな」


 しょうがねえな、とバンダの口から言葉が漏れる。

 バンダの知る限り、彼は信用と信頼に値する人間だ。悪と善をきっちりと線引きして、自らの中に揺ぎ無い価値観を持っている。

 話だけでも聞いてみるか。

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