第20話 決着
ニコは崩れた壁の横で止まっていた。
動かず2人の戦いを見つめていた。
いや、動けなかったのだ。
目で追う事は出来るがそのいずれにも反応出来ないだろう。戦いとはこれ程までに凄まじいものなのか。
サイタマエリアで何故あのスナイパーを救えなかったのかと憤っていた自分を恥じた。
今目の前で起こっている全てが自分から始まったのだ。
目を逸らしてはいけない。
そして、ただ傍観しているだけではいけないというのも理解していた。
自らの願いから始まったというのに、すべてをバンダに任せるなんて虫が良すぎる。
数日前までの自分を吹っ切るために、彼女はただじっとそれを狙っていた。
「……楽しいですね」
おもむろに騎士が口を開いた。
「ああ?」
「ここ1年、私はろくに探索に出ていなかったので。醜い人間の相手ばかりでした」
「…………」
「あなたとの戦闘は、野生生物達との戦闘に近い。ただ自らの命の為に戦っているような」
「命の奪い合いを楽しむのか?」
「悪いことでしょうか?」
「……いや、否定はしねえよ」
急に口数が増えた騎士も、それに応じたバンダも感情が昂っている。
彼らはどちらも、戦闘を手段ではなく目的として捉えられる人間なのだろう。
互いが決着を予感している今、常人であれば息をする事すらはばかられるような空気が場を支配していた。
「…………」
「…………」
ぴたりと口を閉じ、構える。
バンダは半身で腕を胸の前に出し、手を軽く開いている。攻める事よりも敵の攻撃をいなす事を意識した構えだ。
対する騎士は大上段に構えた。剣を高々と上げ、防御する気など一切無いと言わんばかりだ。
先手を取ったのは当然、騎士である。
「ウォオオオオッ!」
雄叫びを上げ、力強い踏み込みと共に腕に力を込める。
反撃できるものならやってみろ。
兜の奥の眼光がそう言わんばかりにぎらついている。
剣が振り下ろされる瞬間にバンダは直感した。
ああ、これは避けたりいなしたりは出来ないと。
そう感じた瞬間、体は既に動いていた。
両腕を頭の上でクロスさせ、重心を落として衝撃を受け止める。
只、上からの攻撃だけを防ぐための体勢。
「倒れろおおぉぉお!!」
剣が振り下ろされる。
もはやその剣速はバンダの目でも追うのがやっとだった。
ごきぃん!
尋常ではない音が響き、凄まじい衝撃に体を沈ませる。
ぼたぼたと鮮血が流れ落ちる。
騎士の剣はバンダの左手を切り落とし、右手の半ばまで食い込んでいた。
「ぐおあぁぁああああ!」
「ぬうううぅうう!」
左手の切断面から流れる血がバンダの顔を赤く染めていく。
顔は苦痛に染まっているが、それでも倒れることなく押し込まれようとしている剣にあらがっていた。
どれだけタフネスがあるといえど左手が切り落とされた状態で本来の力が出せるはずもなく。
ゆっくりと、だが確実にバンダの腕は押されていく。
押し込んでいる騎士は内心では焦っていた。バンダの異様な回復力を知っているからだ。
現に切断された腕からの出血は明らかに少ない。斬られた瞬間から傷口が塞がり始めているような、恐ろしい何かを感じていた。
今を逃せばチャンスを与えてしまうかもしれない。
人間のものとは思えない感触に手は僅かに痺れていた。それゆえか一気に押し切ることが出来なかったが、このまま押し切ることはできる。
このまま力を緩めなければ勝てるのだ。
それは希望的観測でもなんでもない。紛れもない事実だ。
「いい加減、倒れやがれええええぇ!」
より一層力を込める。
もはや騎士の目には押し込む剣とバンダの表情しか映っていなかった。
そこから目を離しさえしなければ、勝てるのだから。
「……へ、へ、へへへ……」
そこで騎士は信じられないものを見た。
顔を血に塗れさせながらも、僅かに口角を上げてにやりと笑うバンダの顔を。
ありえない。
左手を切り落とされ、右腕も切られかけている。顔は血と苦痛で染まっていた。上から押し込められる力で足を上げることも困難なはず。
絶体絶命の絶望的な状況で、不敵に笑ったのだ。
「いい、構えだ……」
その言葉で気が付いた。
この男は自分を見ていない、と。
「俺達の勝ち、だ」
騎士は剣から力を抜いた。
甘んじて敗北を受け入れたのだ。
「そういえば、主役は貴方でしたね」
めきり、と騎士の脇腹に拳がめり込んだ。
それは騎士が予想していたよりも遥かに力強く。
くの字に折れる体の中から、ぼきごきと骨が砕ける音が響く。
僅かに傾けた兜の隙間から見えたのは、地を踏みしめて腕を前に突き出した少女の姿だった。
「あああああぁぁあああ!!!」
拳が振り抜かれる。
騎士の体はまるで紙切れのように吹き飛ばされ、壁に激突した。
ずるずるとゆっくり倒れ、地に伏せて動かなくなる。
緊迫した空気と緊張から一気に解き放たれたニコは、拳を振り切った姿勢のまま息を荒くしていた。
バンダはふらふらとした足取りで自身の左手を拾い上げ、切断面を押し付ける。
そしてそのまま地面に座り込んだ。
「…………ちょっと強すぎだぜ、騎士さんよ」
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