第19話 激戦
「う、ぐ……!」
剣から手を離すことは無かったが、騎士はその場で僅かにぐらついた。
当然それを見逃す訳もなく、バンダの左拳が襲いかかる。
「舐めるなァ!」
騎士はぐらついた体勢を立て直すのではなく、それを利用して更に沈み込み拳を兜の額で受けた。
そしてその衝撃で身体を持ち上げ、体勢を建て直した。
だが2人の距離は依然拳の距離。剣では近過ぎて取り回しが非常に難しいだろう。
「もう距離は取らせねぇ」
「私が対応出来ないとでも?」
言っている間にも2人の攻防は続いている。
バンダが手を出そうとして騎士が先に腕を抑える。騎士が足を引いた瞬間にバンダが身体を前に出す。
細かく地味だが、主導権を握る為の激しい戦いが繰り広げられていた。
そして互いに同じ事を思っていた。
コイツ、効いてるな。
2人の予想は当たっている。
騎士は胸に喰らったパンチが、バンダは胸に喰らった突きが。
バンダは平然としているように見えたが、表面上の傷が浅いというだけ。突きの衝撃はしっかりと浸透しており、胸部の痛みが左肩の動きと呼吸に影響を与えていた。
「ぐ、う……!」
「どうした、動きが鈍いぞ」
だが既にそのダメージを回復しつつあった。
一方騎士は未だダメージを引きずっている。
実は鎧も強度7の金属生命体の素材を使用した物であり、尋常ではない程の防御力を誇る。僅かとはいえそれを凹ませたパンチの威力は尋常ではない。
騎士も同じように、左肩と呼吸に支障が生じていた。
しかしそれでもバンダの攻撃を何とか捌いている。
彼もまたバケモノの1人だ。
「ふっ、は、ハァッ……」
「ぬ、うぉおッ!」
5秒。
騎士が呼吸を整えて本来の調子を取り戻すが、防戦一方である事は変わらない。
10秒。
徐々にペースが上がる。少しずつ互いの呼吸が少なくなっていく。
騎士の反撃が増えていく。互いに攻撃が相手の身体を掠め出す。
激しい攻防を繰り返しながらも、攻めきれない状態が続いている。
どちらも分かっていた。このまま続ければ、恐らく騎士が先に音を上げると。最初の一撃の違いが現れると。
無呼吸での乱打が続く。
20秒。
賭けに出たのは騎士だった。
盾替わりになっていた剣をバンダの目の前に投げ出したのだ。
「なっ!?」
得物を奪い取るべきか、そのまま攻撃すべきか、攻撃を警戒するべきか。
一瞬の迷いの後、バンダは右腕を大きく振りかぶった。
こちらに深読みさせて下がらせるための奇策だと読んだのだ。
自らの防御力に自信を持つが故の判断だとも言える。
だがそれも全て織り込み済みで剣は投げられたのだ。
バンダが判断を下すコンマ数秒間、騎士は横に回り込む――などせず。
「おおァァァアアア!!」
全力で剣に拳を突き出していた。
剣ごと力の込められた拳がバンダの顔面をぶっ叩く。
バンダの右ストレートは空を切り、クロスカウンター気味になった一撃はとても重い。
ずり落ちる剣を拾う事もせず、騎士は一心不乱に拳を突き出し続ける。
身にまとった鎧もこうなれば立派な凶器だ。
「倒れろぉぉぉおァァア!」
ごちゃっ!
渾身の一撃を最後にぶち込んだ。
乱打を耐えていたバンダだが、その一撃で遂に身体が宙に浮き、頭が大きく仰け反った。
次の瞬間、ごっ、という音と同時に騎士の頭部を凄まじい衝撃が襲う。
倒れながら身体を捻ったバンダの蹴りが側頭部に命中したのだ。
とても高い威力とは言い難いが、意識的にも物理的にも死角から放たれたそれは意識を混濁させるのには充分だった。
「痛え、な、ちくしょう」
流石のバンダも、何十発もの乱打と渾身の一撃をモロに喰らって無事とはいかず、鼻が潰れて歯が欠け、口や目元の複数箇所が切れている。
殴打のダメージと倒れかけている体勢から無理矢理蹴りを放ったことが重なり、バンダは床に倒れるが、受け身を取って即座に立ち上がる。
その視界に映ったのは、倒れかけた上半身を跳ね上がらせるように戻した騎士の姿。
「……本気のラッシュですよ。もう少し効いて欲しかったですね」
「てめえこそ、倒れるくらいしろよ」
バンダが血を含んだ唾を吐き出して口を腕で拭う。
騎士は呼吸を整えようと、周囲にハッキリ聴こえるほど大きく深呼吸した。
どちらも敵の戦力は分析出来ている。
防御力は鎧込みでもバンダの方が高く、体力勝負でもバンダに軍配が上がる。だが攻撃力、瞬発力、そして戦闘技術においては騎士の方が僅かに上回っていた。
どちらも一撃で仕留めきる手段に欠けている。
不利なのは騎士だ。バンダは消耗を狙えば堅実に勝てるのだから。
「博打は嫌いですが」
騎士が脇の隙間から手を差し込む。
何かを弄ると、ひとりでに鎧がガチャガチャと外れていった。腕、足、胸部。
兜を残して騎士は黒いインナーのみの姿になった。
鎧を脱いだという事はつまり、防御力を捨て速度を手に入れたということ。速度だけでなく、可動域がより増えて変則的な動きも可能になる。
剣速も上がりそれに応じて威力も向上する。
「喰らったら終わりだぞ」
「一撃なら、耐えてみせますよ」
2人とも分かっていた。
決着が、近い。
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