第18話 激突

 階段を降りると長い通路が続いていた。

 2人はそこを一直線に駆けていく。


「やり過ぎだと思うか」

「……少しだけ」

「徹底的にやれ。二度と手を出そうと思わせるな。お前、自分の価値が分かってないだろ」

「…………」

「くだらねぇ問答してる暇はねえ。少し下がれ」


 あっという間に2人は鋼鉄製の分厚い扉に辿り着いた。研究施設への入り口で間違いないだろう。

 ニコを下がらせ、バンダは重心を低く構える。肩を前に出した構えで全身に力を込めた。


「うおおぉお!」


 数歩の加速を行い、その勢いのまま扉にタックルをぶちかました。

 ごがぁん! と人間と鋼鉄がぶつかったとは思えない音が、通路全体をも揺るがすような衝撃と共に響いた。

 しかしドア自体はハンドルがひしゃげた程度で到底壊れそうには見えない。


「う、おぁあア!」


 めきり、と何かがねじ曲がるような音が聴こえた。

 めし、めし、めきり。

 バンダはドアを全力で押し続けていた。

 音が聴こえるのはドアからでは無い。その周辺からだ。

 ぼごん。

 何か致命的な音が鳴った瞬間、バンダの身体は前に進み出した。

 ドアを壊したのではなく、周辺の壁ごとドアを取り除いてしまった。


「う、撃てぇ!」


 ドアごと中に飛び込んだバンダ。

 鳴り出した警報をBGMに出迎えたのは射撃の号令と、それに一瞬遅れてからの凄まじい射撃音。

 約5秒間の一斉射撃は、人間1人など軽くミンチにしてしまうだろう。存在強度3程度の人間であっても絶命、もしくは致命傷は免れない。

 だが相手が悪かった。

 それよりも遥かに上の強さを誇り、更には鋼鉄製の分厚いドアを携えた男。

 いかに自動小銃の一斉射撃であっても致命傷どころか傷を付けることすら難しい。

 弾丸の雨が崩れる壁をますます壊し、辺りにもうもうと粉塵が立ちこもる。警備兵からでは、アイシールド付きのヘルメットも相まって視界が悪く侵入者の様子が伺えない。


「撃ち方やめ!」

「……なんだよ、今の……」

「死んだだろ、流石に」


 一気に室内が静まり返った。

 異様な状況からの緊張のせいか、警報が遠く聴こえる。

 先程号令を出した男が確認しろと指令を出そうとした瞬間、微かに風を切る音がした。


「なんの――」


 音だ? と言おうとしたのだろう。

 しかしそれは叶わず、横薙ぎにされたドアにより数人の頭がぐちゃぐちゃに潰された。

 分厚いドアが振り回される音も、それにより人間の頭部がひしゃげていく光景も、心を砕くのには充分過ぎた。


「う、うわぁああ!?」

「ばけもっ、ばけものっ」

「投降する! 殺さないでくれ!」


 粉塵が巻き散らかされ、室内を埋めていく。

 それに反応した換気システムが粉塵を吸い込み清浄な空気へと循環させる。

 バンダは怪我ひとつ無くその場に立っていた。

 噴き出した血を浴びて血塗れになっている。


「……もういいか」


 ドアを投げ捨て、顔の血を拭う。


「無事ですか!?」


 騎士が室内に飛び込んで来る。

 即座に状況を把握したようで、すぐさま警備兵に下がるようにハンドサインを出しながらバンダへと意識を向ける。


「……まあ、こうなる事は分かりきっていました」

「……騎士か」


 互いに構え、強い敵意を顕にする。

 騎士は冷たく刺すような、バンダは重くのしかかるようなプレッシャーを放っている。


「かかってこいやァ!」


 騎士の怒号のような声を皮切りにバンダが踏み込んだ。

 前に跳ねるように距離を詰め、右腕を大きく振りかぶる。カウンターを喰らう可能性など一切考えていないような構え。

 騎士は咄嗟に剣を盾のように構えた。

 避けきれない。カウンターも難しい。そう判断したのだ。

 それほどにバンダの踏み込みは速く鋭かった。

 拳と剣がぶつかり合い、重い音が響く。

 続く左拳でのパンチを騎士が剣の腹で下からカチ上げた。


「おぉおおぉ!」


 そのまま上段から全力で頭部目掛けて剣を振り下ろす。

 バンダはそれに向かい、自ら頭を突き出した。

 それが振り下ろしがトップスピードまで加速するのを咎め、剣は額で止まった。


「何故斬れない!?」

「特別製なんだよ」


 そのままバンダは前蹴りを放ち、騎士を弾き飛ばす。

 頭突きで体が伸びているせいで強い力は込められなかったが、多少の距離を取るのには充分だ。


「お前、こうやって抗うタイプだと思わなかったよ」

「私にも色々あるんですよ」

「俺は斬れねえぞ」

「……これ、強度7のファット・クロコダイルっていうバケモノワニの骨で作ったんですよ」

「とんでもねえ代物だな」

「意地でも斬りますよ」


 ぐんっと騎士の身体が大きくなった。否、そう見えた。

 ほとんど体を動かさず、特殊な踏み込みで一気に距離を詰めた為身体がいきなり大きくなったように見えたのだ。

 繰り出されたのは突き。

 踏み込みと高速の突きを合わせる事で、距離感を狂わせ対処を難しくさせる技だ。

 避ければ剣を返し、そのまま薙ぐ。弾こうとしても、距離を見謝れば手遅れとなる。

 しかし騎士の想定とバンダの行動は全く異なっていた。

 腰を落とし、上半身に力を込めたのだ。


「おおぉおおおお!!」

「はぁあああああ!!」


 ずどん!

 衝撃が辺りの空気をビリビリと震わせる。

 驚く事に、切っ先はバンダの胸板に止められていた。

 微かに傷が付き血が付着している。皮膚が裂け筋肉には到達しているが、そこから先へは全く押し込めない。

 突きを止められた事よりも、騎士はその異様な硬さに驚いていた。

 コイツは超硬合金で出来ているのか!?

 一瞬の動揺が動きを鈍らせる。

 既にバンダは前に出て、騎士へと肉薄していた。

 確実に当てるため胴体を狙ったパンチが鎧にめり込み、僅かに凹ませた。

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