第21話 所長
「バンダさん!」
「……おう、いいパンチだ」
ニコが慌ててバンダに駆け寄る。
どこからどう見ても重傷だが、当の本人はそれほど深刻な様子ではない。
「腕が斬れてるんですよ!?」
「めちゃくちゃいてえよ。けど、それだけだ」
そう言いながら懐からカプセルを取り出した。
グリムからもらったものだ。
それを呑み込むとバンダは立ち上がり、施設の奥へ向かおうと踏み出した。
「ちょ、ちょっと!? 死んじゃいますよ!」
「死なねえって。強がりでもなんでもねえ……本当に死なねえからついてこい」
「……あの人は……」
「……ああ、騎士か」
二人の視線が壁際で倒れている騎士に向く。
ピクリともしていない。
「大丈夫だ、死んじゃいねえだろ」
「でも……」
「自分でやっといて心配するのか?」
「無我夢中だったんです!」
「あのくらいで死ぬタマじゃねえ」
そう言うと、バンダはもう取り合うつもりは無いと言わんばかりに歩き出した。
ニコはギリギリまで心配そうな目を向けていたが、最後には倒れている騎士にぺこりと頭を下げてからバンダの後を追った。
内部構造は頭に入っているようで、バンダはすたすたと迷うことない足取りで進んでいく。
少し遅れてニコが追いついた。
「お前のおかげで命拾いしたぜ。助かった」
「いえ、私は……途中まで動けなかっただけです」
「動かなかったからこそ、騎士の意識から外れてたんだ。結果オーライだな」
二人はすたすたと廊下を進んでいく。
時々部屋の中に白衣を着た研究者らしき人物たちが怯えて縮こまっていた。
ニコは極力そちらを見ない様にしており、バンダもそれに気付いて何も話さない。
施設はアリの巣状になっていて長い通路が続いている。
時折腕の様子を見る以外に視線を動かすことも無く、二人は真っ直ぐに所長室へと辿り着いた。
タッチパネル式のドアは閉まっていて入ることが出来ない。
だがここまで侵入されることを想定されていないのか、施設入り口のドアに比べれば耐久性は紙同然だ。
躊躇うことなくドアを蹴破ってバンダは中に侵入した。
「こっちだな」
随分と慌てていたのか、棚が横にスライドしたまま隠し通路が剝き出しになっている。
「停電時も考えての手動か、ケチったのか」
「どうでもいいです、そんなこと」
「……そうだな」
保身のための脱出路を目の当たりにしたからか、復讐が目前に近づいたからか。
ニコは明らかに怒りに満ちていた。
静かに全身を満たすような怒りを感じ取れる。
これほどの激昂を少女が携えられるものかとバンダは関心していた。
コツコツと通路に足音が響く。
通路は長く、五分ほど歩いた先でようやく人影が見えた。
「ひっ、ひいぃ!?」
「おっ、いたいた」
男は狼狽した様子で出口であろうドアに縋りついている。
「なんで!? なんで開かない!?」
「外側からぶっ壊しといたからな」
二人は施設に突入する前に寄り道をしていた。
グリムから貰った情報にあった隠し通路。
彼女はどこから入手したのか、その出口の位置までも完璧に把握していた。
バンダは所長を確実に捕えるために前もって外部から開かないように破壊工作を施していた。
理由は2つある。
1つは当然、逃げられて事が大きくなるのを恐れた為。
もうひとつは騎士との戦闘に勝てる自信が無かったからだ。
バンダはポーターとしては一流だが、戦闘においてはエリアJの一流クラスには及ばない。防御力が高いため善戦は出来るが、タイマンで勝つことは困難に近い。
今回それでも騎士との戦闘を避けなかったのは自ら首を突っ込んだ責任があるから。そして騎士を倒さずとも解決できる可能性が高かったからだ。
もう少し時間を稼げそうであればバンダはニコを単独で進ませるつもりだった。だがそれが不可能だったため、ニコの手助けを要したわけである。
「コイツが……」
ニコがゆっくりと前に出る。
バンダはそれを止める気など全くなく、器用に右手だけで煙草とライターを取り出して火をつけた。
「来るなッ! 来るなぁああ!」
「お前のせいで!」
拳が大きく振り上げられる。
所長は無様に泣きわめきながら縮こまって頭を抱えていた。
「ああああぁあ!」
どごん、と拳が振り下ろされる。
所長の真横の床が大きく砕けていた。
「二度と! 二度とこんな事しないで!」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながらニコはそう叫び、振り返って走り出した。
様々な感情がぐちゃぐちゃになって、このままここに居たら爆発してしまいそうだ。
そんな思いが彼女の胸中を駆け巡っていた。
「……良かったな」
「はっ、はひっ?」
「殺されなくてよ」
放心状態の所長にバンダがゆっくりと歩み寄る。
「会社の方針じゃ逆らえねーよな。人体実験」
「そ、そうだ! 私は悪くない!」
「……あんたが所長になってから、ここの職員の失踪やら身元不明の遺体が増加してんだよ」
「し、知らん!」
「そういうとこケチっちゃいけねえ。……ため込んでる分出せよ」
しゃがみ込み、間近で目を睨みつける。
「携帯端末から俺の口座に振り込め。そしたらここから先、俺はお前に関与しねえ」
「ほ、本当ですか……?」
「私情で動いてるわけじゃねえんだ。そうだったらとっくに殺してる」
それを聞いた途端に所長は携帯端末を取り出して震えながらバンダに縋りついた。
バンダはにっこりと笑って金を受け取った。
「よし! じゃあな」
立ち上がって背中を向けたバンダに安堵したのか、所長は大きく深呼吸した。
「ああ、そうだ」
バンダがぴたりと立ち止まる。
「ここ来る前に特殊治安部隊に通報してんだわ」
「なッ……!?」
所長の顔が絶望に染まる。
吸い切った煙草を捨てて二本目に火を付けながら歩き出す。
「私情では動かねえし、善人でもねえよ。……でもよ、人の道外れる奴はだいっきれえなんだよ」
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