第16話 敵襲
「何度も言っているでしょう!? これから来る男は災害のようなものだと!」
「やかましいぞ! 警備隊は20人も増やした! これ以上何をするというのだ!?」
部屋の中に怒声が響く。
1人は鎧を身にまとった男。騎士と呼ばれる男だ。
それに相対しているのは、ブラウンのスーツを着た恰幅の良い男性だ。体格や顔付きからは荒々しい印象を受ける。
「エリアJの開拓者を数名雇えと言ったでしょうが! 外部の傭兵など呼ぶ意味は無い!」
「黙れ! タダでさえ貴様に莫大な契約金を払っているのだぞ! 開拓者とやらを雇うのにいくらかかると思っとる!」
「金で安全を買えるのに高いと言っている場合ですか!」
「……出て行け。貴様はあくまで雇われの身。警備隊を増やし、言う通り研究所にこもってやってるんだぞ。これ以上の譲歩は出来ん。どれだけ仕事が滞っていると思ってる」
「……分かりました」
騎士はくるりと背を向けて、怒気を堪えながら部屋を出て行った。
まさか、ここまで無能だとは思っていなかった。
商売の才能や、この実験施設で成果を上げていた以上そういった研究の才能はあるのだろう。
だが、1年も暮らしていたというのにエリアJでの常識を理解していないとは。
恐らくは外部のコネか何かで傭兵を呼び寄せたのだろうが、どれだけ歴戦の傭兵だろうがそれは外での話。エリアJでの戦闘とはもっと原始的で、破滅的なものなのだ。
特に存在強度が高い者同士の戦闘は、その身ひとつで周囲を荒地に変えるほどに。
「クソ、まだ時間はあるか……?」
ポーターの前に姿を表してから数日、彼が全力を尽くしていれば容易くここに辿り着くだろう。
1度仕事をしただけだが、妙にウマが合ってそれなりに話をした事を覚えている。複数人の運び屋の護衛依頼だったか。
彼はほとんど戦闘をしていなかったが、たった1度の戦闘で彼の体術が非常に高い水準にあるのが分かった。
どういった成り行きであの少女と行動を共にしているのかは分からないが、彼が関わっている以上向こうからこちらに打撃を与えに来るのは間違い無い。
事を起こすなら慎重に、かつ大胆に。
私と彼に共通する考えだ。
廊下を進む足に力が入る。
研究員や警備兵が怪訝な顔でこちらを見ているが、説明する暇は無い。
裏の仕事を頼める人間を探す時間はあるだろうか。
そう思った瞬間、強い気配を感じた。
「……なんだ?」
明確な敵意のようなそれは、入り口付近からだ。
まさか。
「早すぎる……!」
向こうはとっくに手を打っていたらしい。
慌てて近くの警備兵を呼び止める。
「そこのあなた!」
「は、はい?」
「今すぐ警備隊を全員戦闘配備させなさい!」
「え、今ですか?」
「侵入者が来たら施設への被害を考えず持てる兵装を全て使用して迎撃しなさい! 急げ!」
「り、了解!」
騎士のただならぬ様子に警備兵は文句も言わずに走り去っていった。
騎士は踵を返して所長室へ向かう。
所長室へ飛び込んだ騎士の目に映ったのは、のんびりと葉巻を手にワインを飲んでいる男の姿だ。
「貴様、何度言ったら……」
「非常口から逃げなさい」
「な、何を言っとるか!?」
「そしてこの時点で契約は破棄させて頂きます。違約金もお支払い致します」
「おい!」
「では、ごきげんよう」
後ろで喚く醜い男の声はもはや聴こえていなかった。
ずうん、と施設全体が響くような衝撃が入口付近から届く。
警報が鳴り響き、それに混ざって凄まじい銃声や爆発音が続く。
騎士は音がする方へと駆け出した。
「もはや手遅れだ。付き合いきれない」
男達の罵声や銃声が近付いてくる。
この実験施設はそう大きくは無い。いくつかの研究室と、実験体の生活室が3つほど。それと別に実験室が2つ。
入り口から1番近いのは研究室と実験室。暴れやすく大きいのは実験室だ。
何とかそっちに誘導するしかない。
「私も難儀な性格をしている」
契約は破棄した。もうこの施設を、あの醜い男を守る義務は無い。
今走っているのは、自身の強い欲求の為だけ。
強い奴と戦いたい。
慎重な行動を信条にしているが、本能には逆らえない。そもそもここまで来れば衝突は避けられないだろう。
それならばせめてなんのしがらみも無く、ただ純粋な強さ比べをしたい。
兜の中で、男の口角は上がっていた。
「無事ですか!?」
廊下を抜けてロビーへと飛び込む。
施設の入り口付近は騎士の命令で戦闘がし易いようにある程度の障害物を残して物が置かれていない。
状況把握はしやすく、一目見て惨憺たる状況なのは理解出来た。
いつの間にか止まっていた銃声も、その光景を見て納得した。
ロビーの真ん中に1人、返り血を浴びて真っ赤になった男が立っていた。
周囲には凄惨な死体がいくつも転がっている。
そして何が起こったのか、入り口の壁が半壊しており、鋼鉄製の分厚いドアが血塗れで倒れていた。
生き残った者たちも戦意を喪失し、怯えて部屋の隅や壁に張り付いている。
入り口からロビーへと続く通路には例の少女が立っていた。この状況に引くこと無く、全てを見据えている。
「……まあ、こうなる事は分かりきっていました」
「……騎士か」
ポーターがこちらを向いて構えた。
呼応するように剣を抜く。
ここまで来たら、どうでもよかった。
考えていた事は全て吹っ飛んだ。
簡単に単純に行こうじゃないか。
「かかってこいやァ!」
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