第14話 情報
きいい、とバーのドアが軽く軋む。
バーテンダーがため息を吐いてそちらに目を向けた。
「お客様、まだ……」
「準備中だろ、知ってるよ」
「……早かったな」
「色々あってな」
そこには、ボロ雑巾のようになったニコを肩に担いだバンダが立っていた。
テーブル席の椅子に寝かせ、カウンター席に座る。
「水をくれ」
「ニコちゃん大丈夫?」
「薬の副作用で気絶してるだけだ。もうしばらくすりゃ怪我ひとつ無い身体で起き上がってくるだろうよ」
「そう、ならいいけど」
がたん、と荒々しく水の入ったグラスが置かれる。
「怒ってる?」
「怒ってない」
「…………」
「色々っていうのは?」
「あー……手短に行くぞ」
そこからバンダはかいつまんで起きた出来事を説明した。
グリムは黙って聞いていたが、途中から顔に手を当てて『何をやってるんだこいつは』と言わんばかりの表情をしていた。
「……なんと言うか」
「てなわけで、戻って来たんだがバギーの揺れやら傷を治す為の薬の副作用やらでグロッキーになってな。家に荷物置いてから抱えて来た」
「バカじゃないのか?」
「……こないだも言われた気がするな」
「もっとやり方があったはず」
「俺はこういうやり方しか知らねえ」
「はぁ……」
「いい根性してた。基礎の基礎しか叩き込めてねえが……しがらみぶっ飛ばすには充分だ」
ニヤリと笑って、グラスを一気にあおる。
「楽しそう」
「久々に人間相手だからな。それに相手はろくでもない奴と来た。好きに暴れられる」
「にしても大物引いたな」
「んあ?」
「『騎士』、最近存在強度8に上がったらしいけど」
「うそお」
なんとも間抜けな声がバンダの口からこぼれる。
少し俯いた後に、考え込んだような顔をしてからタバコに火をつけた。
「灰皿くれ」
「……勝算あるのか?」
「なんとかなるだろ」
「いつかそう言ってくたばりそう」
「あーうるせえうるせえ。さっさと情報出せよ。終わってないって言わないってこたぁ終わってんだろ?」
「……はい」
グリムが手のひらサイズのタブレット端末を軽く放り投げる。
それを受け取り画面を見ると、びっしりと文字が書かれてあった。
少しスクロールすると、建物の見取り図のようなものまである。
「……いつも思うんだけどよ、お前どうやって調べてんの?」
「秘密」
グリムは少しふざけたように、唇に人差し指を当てた。
色気も何もねえな、と悪態をついてからバンダは資料に目を通し始める。
社名AJ製薬。30年前に設立された会社で、本社は米国にある。トウキョウエリアに支部があり、電磁フェンス周辺の廃墟エリアに使用用途の不明な土地を持っている。
どうやら見取り図は支部の建物らしい。そしてもうひとつ、地下施設のような見取り図。
さらに読み進めると、支部長の情報が記載されていた。
氏名ランドルフ・マリオン。年齢41歳。野心家で出世欲が強く、性格は粗暴かつ豪快。仕事の内容より速度を重視する。赴任したのは約1年前。
その辺りまで目を通したところでバンダはタブレット端末を置いた。
「……んー?」
「何か不満が?」
「いや、このランドルフとやらが赴任したのが1年前だとしたら、外のスナイパーなんかを連れて来たのが腑に落ちなくてな」
「子飼いだったらしい。それと、本人は社屋か研究所にしか行かず、探索者を見下すような発言も多々ある。彼が赴任してから職員の不満が増えたとも」
「現場の苦労を知らねえタイプか。嫌いだな」
けっ、と顔を唾を吐くような素振りを見せながら、2本目のタバコに火をつける。
「まあ、そいつもしっかり加担してたのさえ分かりゃ良いんだよ」
「そう」
「ランドルフに1発かますのはあいつの仕事」
そう言いながらくいっと親指で背後のニコを指した。
「それ以外を何とかすんのが俺の仕事だ」
「騎士は強い」
「俺は『測定不能』だ」
「はぁ……死なないように」
「心配してくれてんのかぁ?」
「死ぬならツケ払ってから死ね」
「……あ、はい」
タバコの煙を吐きながら、水をもう一杯くれとグラスを手渡した。
すぐに水道水を入れられたグラスが戻って来る。
不満げな顔をしながらバンダは一気にそれを飲み干した。
「あとの情報は……とりあえず貰っとく。見るか分かんねえけど」
「本気?」
「ここまで来たらただの喧嘩だろ」
「相変わらず変なところがイカれてる」
「師匠にガンガンガンガン殴られ続けた弊害だな!」
「……これ、サービス」
グリムは小さなカプセルケースを差し出した。
中には3つのカプセルが入っている。見た目はどれも同じだ。
「こりゃ何だ」
「超強力な鎮痛剤。止血効果もあるから、事前に飲んでおけば腕がもげても動けるし失血死も免れる」
「高ぇだろ」
「だから、サービスだって」
「ありがたく貰っとくよ。使うこたねーだろうがな」
タブレット端末と共に内ポケットに仕舞った。
ぐりぐりと灰皿にタバコを押し付けて火を消す。
ゆっくりと椅子から立ち上がってニコの近くまで歩み寄る。起きる気配は無く、幸せそうな顔で眠っている。
「起きねえなしかし。しゃあねえか、一旦帰るわ。起きたら少しして、仕掛ける」
そう言うや否や、ニコを肩に担ぎ上げた。それでも起きる気配は無い。
「裏口から出てって、目立つから」
「あーはいはい」
言われた通りにバンダはカウンターに入り、その先のキッチンを抜けて裏口の戸を開けた。
「んじゃ、ありがとよ」
「気を付けて。ニコちゃんに何かあったら殺す」
グリムが戸を閉め、バンダは自宅に向かって裏路地を歩き出した。
「…………本気で言ってたな」
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