第13話 理由
「おはようございます!」
「おう、寝れたかよ」
「はい!」
「飯にするぞ」
そう言うと、バンダは真空パックされた肉の塊を取り出した。
ニコの目がまんまるに見開かれる。
「それはなんですか!?」
「肉だ」
「見たら分かります!」
「1パックだけ持って来てたんだ。厳しい修行の前の飴だな。焼いてやるから顔洗ってこい」
聞いた瞬間にニコは川に向かって走っていった。
バンダはそれを見て笑いながら、手際良く枝をナイフで削り、串の形にして取り出した肉を突き刺した。
既に調理はされているものなので、くるくると回しながら全体を軽く炙っていく。
顔をびしゃびしゃにしながらニコが走って戻ってくる。
「はええよ。少し待ってろ」
「丸ごと食べて良いんですか!?」
「良いから少し落ち着け」
それから数分後、焼けたぞ、と肉を手渡された瞬間獣のように一心不乱にかぶりついた。
笑いながらバンダはタバコに火をつける。
「いいか、食いながらで良いから聞け」
「美味しいです! ううぅ……」
「泣くな! はぁ……」
「す、すみません、つい! ちゃんと聴いてます!」
「……修行に使える時間は長くて2日だ。もう少し長くいる予定だったんだがな、騎士に見つかった以上ここに長く留まるのは良くない」
口元に肉の欠片をつけながらも、表情は真剣なままニコは話を聞いている。
「あいつは慎重な男だ。1人で夜襲なんてことは絶対にしてこない。来るとしても、それなりの実力のある奴を揃えてからだろう」
「…………」
「だが、あんなスナイパーを使ってる所を見るにエリアJの裏稼業とのコネは無いようだ。何故騎士が雇われてるかは謎だが……それは今考えても仕方ない。それらを考慮して、他の人間を雇うにしても2日から3日はかかるはず。だから俺たちは2日で切り上げる」
「わかりました。けど、たった2日なんですね……」
「かなり厳しく行くぞ。死ぬなよ。俺は女子供でも差別せずぶん殴るからな」
「……怖いです……」
話している間にニコは綺麗に肉を食べ終えていた。
タバコもフィルター根元まで吸いきり、吸殻を焚き火の中に放り込む。
テントから離れるようにゆっくりと歩き出す。何も言われずともニコもそれに付随した。
ただならぬ空気が漂い始める。
「修行を始める前に、お前の脱走した理由を話せ」
「……はい」
立ち止まったバンダのその一言に渋い顔をしたが、ゆっくりとニコは口を開いた。
「私、数年前より以前の記憶が無いんです。気付いた時にはもう施設に居て、いろんな注射をされたり、血を抜かれたりしてました。日常的に暴力も振るわれてました。痛くは無かったですけど……」
「…………」
「他の子も居ましたけど、いきなりいなくなったりして、私が脱走する寸前にはもう殆ど見かけませんでした。どうなったのかは、分かりません。私への暴力は日に日に過激になっていって、強い電気を流されたりもしました。…………1人だけ、凄く優しい職員さんがいて、その人からいろんな事を教えてもらってたんです。凄く、凄く優しい人でした……」
次第に肩が震え出す。こぼれそうになる涙を必死に抑えていた。
「ある日。殺されたんです。私の目の前で」
「そりゃ…………辛いな」
「実験対象にどうのって……所長とかいう、偉そうな人に撃たれて……」
「…………」
「それで……気づいたら、あの路地裏に居ました。何でなのかは分かりませんけど……」
「よし、分かった」
ぽん、と肩を優しく叩いた。そしてそのまましゃがみこみ、ニコの目線に合わせてバンダは優しく微笑んだ。
「そいつに復讐しようぜ」
「…………」
「敵討ちだ。その恨み晴らそうじゃねえか」
「……はい!」
強い表情でニコは頷いた。昨夜言っていた覚悟を決めるというのは、彼女の心にしっかりと残っている。
その反面、バンダは胸中で僅かに葛藤していた。
本当に彼女を思うのであれば、さっさとエリアJから逃がしてやるのが正解ではないか、と。
しかし直ぐにそれを飲み込んだ。
それは復讐をした方が楽になるだろうという個人的な考えと、金が欲しいというなんとも人間らしい理由だ。
そんなもんだろ、人間誰しも。
「よし、じゃあ修行するか」
「お願いします!」
「と言っても、教えるのは2つだけだ。防御と、殴り方」
「はい!」
「いいか、目を閉じるな。軌道をよく見ろ。避けきれないと感じた瞬間に防御しろ」
もっと具体的な内容を教えて貰えると思っていたのか、ニコは呆気に取られたような顔をしていた。
「……それだけですか?」
「身を守れりゃ、なんだっていいんだよ。俺達は軍人じゃねえんだ。見苦しくても生きてりゃいい」
「そ、そう言われましても……」
「こうやって、腕や脚を間に挟め。構えは半身、避ける時は出来るだけ最小限だ。大きく動けば隙が出来たり、体勢が崩れる。そうなると二撃目が避けられねえ」
そう言ってバンダは実際に構えを取って見せた。
ニコは真剣にそれを見つめている。
「よし、見たな」
「はい!」
「死ぬなよ」
「え?」
次の瞬間、右足の蹴りがニコの脇腹にめり込んだ。
めきっ、という音が体の中から響く。
何が起きたかも理解出来ないまま、ニコは河原を転がっていく。
「うぐ、うぅ……」
「一日二日の反復練習なんか意味ねえよ。死にかけて本能で覚えろ。攻撃は怖い、守らないと死ぬってよ」
「こ、のくらい、で……うあああああっ!」
「いい根性だ」
ニコは脇腹を抑えながら何とか立ち上がる。
手心を加えるような様子など一切なく、バンダは拳を振りかぶった。
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