第12話 決壊
「……なんなんですか、あの人」
焚き火の前で、ずっと黙っていたニコがボソリと呟いた。
「騎士か。トウキョウエリアでも五本の指に入るバケモノだ。昔一緒に仕事をした事があるが、礼儀正しい変人ってとこか」
「………………」
「1回の仕事でハッキリ分かるくらいには強えぞ」
「あの人、死にましたよね」
「ああ」
「殺してました……よね」
「そうだな」
「なんでそんなに平然としていられるんですか!?」
憤りを露わにし、勢い良く立ち上がった。
バンダに言ってもしょうがないのは分かっている。それでも言い表しようのない感情をどうにかしたかった。
焚き火を眺めながら、表情を変えずにバンダは口を開く。
「そういう場所だからだ」
「そういう場所って……」
「エリアJでの年間死傷者数は5000人を超える。病死や事故死は殆ど無く、不審死や探索中の死亡が大半だ」
「………………」
「トウキョウエリアのような人類の生存圏を出た瞬間に無法地帯となる。素材の奪い合いで仲間を殺す奴も多い」
「…………」
「人の生き死にに無関心になるなとは言わねえ。だが、倫理観なんてクソの役にも立たねえ。それは覚えとけ」
「……私のせいで死んだ……」
「殺したのは騎士で、間接的に殺したのは俺だ。だいたいお前、理解してんのか? 俺に連れてかれなかったら、今頃騎士が雇い主にお前を引き渡してるとこだ」
ニコは下を向いて黙り込んだ。
彼女は同年代の人間と比べたら、比較にならない程の強靭な精神を持っている。
だがそれはあくまで子供のメンタルで、の話だ。
そして気丈に振舞ってはいたが、実験施設からの脱走や王との遭遇は確実に彼女の心をすり減らしていた。
トドメに目の前で人が死んだ。
決壊するには充分すぎる出来事だろう。
「……ないですか」
「あん?」
「バンダさんなら、助けられたんじゃないですか!? 見殺しにしたんじゃないですか!?」
「……救えたかもしんねえな」
「ほら!」
「その場合、俺か騎士が死んだだろうな」
「えっ」
「相手を殺さず無力化出来るのは、実力差がかけ離れてる時だけだ。それをよく理解してるから、俺も騎士も手を出さなかった。甘っちょろい事言ってんじゃねえぞ。今俺もお前も五体満足でここに居るのは最前の結果だって事を理解しろ」
「…………」
バンダに慰めてやろう、ケアしてやろうというつもりは一切無かった。
それは悪意的な行為でも何でもなく、本人が自力で乗り越えなければこの先生き延びるのは不可能だと思っているからだ。
バンダ自身も、今まで何人も殺してきた。身を守る為、自らの利益の為、人を助ける為。
当然それを正当化するつもりは無い。殺さずに何とかなったかもしれないと考えた事も無い。
その場で自分が取れる最善の手段が敵を殺す事。殺伐としたこの地で生き抜くための術だ。
「……立て」
「え……?」
「そんな生温い考えを通すなら、てめえが強くなるしかねえんだ」
「……そんなこと言ったって、私は戦えません……」
痺れを切らしたかのようにバンダが立ち上がった。
出会ってから今まで見せなかった、明確な憤怒が見えた。
「敵に死んで欲しく無いけど、自分も死にたくない、戦いたくないってか!? ふざけんじゃねぇぞ!」
「そ、んな、つもりじゃ……」
「そういうことだろうが! お前、考えなかったのか!? 銃持って追われてんのに、誰も死なず平和に事が済むなんて本気で考えてた訳じゃねえだろうな!」
「……わ、分からないですよ! どうすればいいかなんて! 必死に逃げて、拾ってもらって! お勉強だってマトモに出来ないのに! 死んで欲しくないって思う事の何が悪いんですか!?」
ニコはボロボロと泣きながら、顔をぐしゃぐしゃにしながらバンダに掴みかかる。
要領を得ない言葉は、ニコの心情をそのまま表しているかのようだ。
「私が何か悪い事しましたか!? こういう時にどうしたらいいのか、どうすれば良かったのか、誰も教えてくれなかった! ずっと閉じ込められてたのに戦えるわけないじゃないですか!」
「バカか、てめえ」
ニコの頭上で、カチン、とライターの音がした。
「親切なおじさんが拾ってくれたんだから、分からねえなら聞けばいいじゃねーか」
「え……」
「敵に死んで欲しくないとか舐めたこと言ってんだ、俺にこれ以上迷惑かけられないとか思ってたんじゃねーだろうな?」
「…………」
「今の状態以上に迷惑になる事なんかある訳ねーだろうが。それに、俺は勝手にお前を助けたんだぞ? 覚悟の上だよ」
ニコは俯いたまま震えている。
「ガキは大人に頼るもんだ。お前、俺にもグリムにも遠慮してただろ」
「……だって」
「黙れ。だってじゃねえ。プライドも何もかもかなぐり捨てて、お前を実験体にしてた奴らをぶっ殺してでも、自由になりたいって言うんだよ。それとも何だ? まだ俺は信用出来ねえか?」
「…………」
「人を殺したくないだの死んで欲しくないだの、そんな事言ってる場合じゃねえんだよ。覚悟決めろ!」
ゆっくりとバンダの胸元を離れ、袖でごしごしと顔を擦った。
そして赤くなった目でバンダの目をしっかりと見据えた。
覚悟を決めた瞳だ。
「私に、戦い方を教えてください」
「……ふん」
バンダはぺちんとニコの額を軽く叩いて、くるりと背を向けた。
「明日からだ。きたねえ面拭いてとっとと寝ろ」
「はい!」
勢い良く返事をすると、ニコはテントに入っていった。
バンダは椅子に座り、焚き火の前を陣取る。
「……嫌な大人になっちまったな」
ボソリと呟いたその言葉は、まるで自分を責めているかのようだった。
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