第11話 騎士
「いいか、俺の見立てだとお前はかなり存在強度が高い」
「え!?」
「だからライフル弾ぐらいじゃ死なねぇ」
「聴こえません!」
「このぐらいでビビってんじゃねえ!」
「無理ですぅうううう!」
びゅんびゅんと、凄まじい速度でバンダは街中を駆けていく。
とても人間1人担いでいるとは思えない速度だ。
家の上を飛び跳ねながら一直線に崩れかけたマンションへと向かっていく。
「弾丸が飛んできた角度とここらであの位置まで狙撃出来る建物を考えると、あの辺りだろ」
「うぷっ、は、吐きそ……」
「ん!?」
キラッと、マンションの下層階で光が反射したのをバンダは見逃さなかった。
それがスコープの反射だと確信したのか、更に速度を上げる。
「800m以上離れてるな……かなり腕が良いぞ」
「と、止まって……」
「だがエリアJの常識は知らなかったようだなぁ!」
マンションが目前に迫る。
エンジン音が響いた。
音がした方向に目を向けると、慌ててバイクにエンジンをかけて逃げようとしている男の姿が目に入る。
その瞬間、バンダはビタっと立ち止まり、ニコを右腕だけで持ち上げた。
「よし」
「え、いや、ちょっと、嘘でしょ!?」
ジタバタと暴れるが、下ろそうとする気配は一切無い。
ニコに顔を向け、にっこりと笑った。
「行ってこい!」
「ふざけんなーーー!!」
身体が少しだけ引かれ、次の瞬間。
信じられない速度でニコは空を飛んだ。
「!?」
「どうにでもなれーーー!!」
水平に飛んでくる少女を見て、スナイパーの動きが露骨に泊まる。
ニコはなんと空中で身体の向きを反転させ、両足からスナイパーの頭部に突っ込んだ。
ごきゃっ、という音が響き、そのまま2人とバイクは激しく衝突し、地面に転がった。
スナイパーはピクリとも動かない。ニコは着地に失敗して頭部を強かに地面に打ち、頭を抱えてゴロゴロと転げ回っていた。
バンダがタバコに火を付けながらその場に歩み寄ってくる。
「完璧だな」
「死ぬかと思いましたよ!」
「意外と人間頑丈なもんだ」
「ばか! ばーか!」
「しょうがねえだろ、俺が殴ったら殺しちまうかもしれねえし」
スナイパーの男を担ぎ上げようとして、バンダが動きを止める。
それと同時に、拍手をしながらマンションから鎧姿の人物が顔を表した。
「いやいや、素晴らしい」
声から男だと分かる。体格は鎧を纏っているため少し大きく見えるが、実際には中肉中背だろう。
姿を確認した瞬間、バンダは大きく飛び退いた。
「……あん?」
「そのボサボサの頭に無精髭……変わってませんね」
「お前、もしかして『騎士』か?」
怪訝な顔をしながらバンダがそう聞くと、男はこくんと頷いた。
「久々ですね、ポーターさん」
「ポーター?」
「俺の2つ名だ」
「エリアJにポーターをやっている方は複数居ますが、ポーター、とだけ言うと彼の事を指します」
「鎧変えたんだな」
「身を守る重要なものですから、こだわりますよ」
2人は既知の中のようで、妙な状況にも関わらず口調は穏やかだ。
互いに今にも飛びかかろう、というような気配は無い。
どうしたらいいか分からず、ニコは2人の顔に視線を行ったり来たりさせていた。
「あなたも相変わらず、面倒事がお好きなようで」
「……てめえが居るならこう簡単に見つかったのも納得が行くな」
「雇われでして。ただ運が良いことに少女の奪還は命じられていません。私はね」
そう言うと、騎士はするりと腰に携えていた剣を抜いた。
ひと目でその剣が鋼で出来たものでは無いことが分かる。真っ白な背骨をそのまま剣の形にしたようなものだった。
「言ってることと行動が伴ってねえぞ」
ニコが慌ててバンダの後ろに隠れる。
騎士はそれを一瞥もせず、バイクの方へ向かっていった。
「そちらには向けませんよ」
そう言って、バイクの影で何かに剣を振り下ろした。
勢い良く血が飛び散り、騎士の鎧に付着する。
数秒経たずにバイクの影から血が地面を流れた。
「この人、『外』で雇われたらしくて。やりづらくてしょうがなかったんですよね」
「いや、口封じだろ」
「いーい腕だったんですがね。当たったんでしょう?」
「眉間ど真ん中だ」
「……惜しいものです。出来れば、彼を連れて全力で逃げたかったんですが」
「……確かにお前はそういう男だったな」
何が起きたのか理解し切れなかったのかニコは一瞬固まったあと、プルプルと震えながらバンダの背中に顔を埋めた。
騎士は丁寧に剣を拭き鞘に収める。
そしてくるりと向き直った。
「正面からあなたと戦うのはお断りです。負ける気はありませんが、怪我もしたくない。予定がありますから」
「嘘つけ。王が寄ってくるのにビビってんだろ」
「そうですよ」
「……てめえは嫌いじゃねえが、その飄々としてるところだけはいけ好かねえな」
「別にいいんですよ、やっても」
騎士が剣に手をかける。
一気に纏う空気が変わった。
背後に青白い炎を纏うドクロが浮かぶ。そんな幻覚が見えそうな、冷たい威圧感。
だがそれは一瞬で、直ぐに手を離した。
やれやれ、と言わんばかりに両手を上げて首を振る。
「でもね、怪我したくないのは本心です。臆病だから私はこんな鎧を着てるんですしね」
「じゃあとっとと帰れ」
「近いうちにぶつかる事になるかもしれませんが、その時はお手柔らかにお願いしますね。死にたくもないですから」
「俺だって死にたかねえよ!」
ふっふっふ、とくぐもった笑い声を響かせながら、騎士はバイクと死体を引きずってその場を離れていった。
ニコは未だに動こうとはしない。
「……ほれ、戻るぞ」
バンダは複雑な表情のまま、ニコの手を引いて川辺へと戻って行った。
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