第10話 強襲

「おふぁようごじゃぁす……」

「顔洗ってこい」

「ふぁい……」


 王と出会った翌朝、ニコがテントの中から目を擦りながら起きて来た。

 川で顔を洗うように促し、バンダは朝食の準備を始める。

 準備と言っても、携帯食を出すだけだが。

 顔をビシャビシャにしたまますぐにニコは戻って来た。


「バンダさん、起きるの早いですね……」

「寝てねえよ俺は」

「えっ、大丈夫なんですか?」

「俺は5日までなら寝なくてもコンディションを落とさない。そういう体質なんだよ」

「凄いですね……」


 王と直面してすぐ爆睡できるお前の方が色々とすげえよ。

 バンダはそう思ったが、口には出さなかった。


「ほれ、メシだ」

「えぇ……これ嫌です……」

「文句言うな。ここでは何が起きるか分からねえ。昨日思い知っただろうが」

「それは、はい」

「王の気が変わって襲いかかって来たらどうする? メシどころじゃねえ。食える時に食える物を食え。エリアJを舐めてんじゃねえぞ」

「はい……」


 不満気な顔のまま、ニコはもそもそと携帯食を食べ始めた。

 バンダとて当然美味いものが食いたいし、携帯食のような不味いものは食いたくない。

 だがそれらの不満を弾き飛ばす程に携帯食の栄養価は高く、そして携帯食を食べる事に慣れきっていた。

 きちんと獲物を探して狩りをすれば、それなりに美味いものにはありつけるだろう。だが時間も手間もかかる上に王が周辺に居ることを考えると、下手に動く事は出来ない。


「まずいです……」


 今にも泣きそうな顔で食べるニコを見て、バンダは呆れたように頭に手を当てた。


「はぁ……3日我慢しろ。流石に3日後には神狼もこの辺りを離れるだろうから、狩りはそれからだ」

「ホントですか!?」

「それに、色々と事が済んだらもっと美味いものが沢山食えるだろうよ」

「色々ってなんですか?」

「そりゃあお前に人体実験してた組織から金を脅しとるんだよ」

「えっ?」

「お前、俺を善人だと勘違いしてねえだろうな?」


 ふざけたりはしていない。顔色も表情も変えず、かと言って真剣な顔ということも無く。

 ごく自然なまま、バンダはそう言い放った。


「俺はお前が助けを求めたから助けようとしてる。その過程でちっとばかし貰うだけだ」

「…………」

「善意だけで助けることなんてしねえよ」

「………………さい」

「あぁ?」

「私にも分けてください!」

「………………」


 全く想定していなかった返答に、バンダは大きく口を開けて間抜けな顔を晒した。

 人体実験をされていたという事は、それなりに辛い思いをしていたはず。そうでなければ逃げ出すような事は無かったはずだ。

 故にもう関わりたくない、逃げたいという思いが強いのだと思っていた。

 拒否反応を示すか、もっと酷い目にあわせてくれと言ってくるのではないかと予想していた。

 しかし出て来たのはまさかの分け前の要求だ。

 本当に人体実験をされて逃げてきた人間か? と聞きたくなるほど図太い返答だ。


「くっ、ははははは!」

「なんで笑うんですか!?」

「お前、うははははは! 一体どんな精神構造してんだよ!?」


 バンダはたまらず笑いだした。


「分かったよ、だが条件がある」

「なんですか?」

「お前にも手伝ってもらうぞ。生き証人だしな」

「それはもちろん」

「あと、逃げる事になった経緯を話せ」

「……はい」


 ニコは覚悟を決めたような表情で頷いた。

 バンダはその様子に満足気な顔をしていた。簡単に決めたわけではなく、ちゃんと考えて悩んだ上で覚悟を決めたことを感じたからだ。

 ここに来るまでの間にも話すかどうかをしっかりと悩んでいたのだろう。

 完全に横から首を突っ込んだような立場だが、手を差し伸べたからには最後まで味方してやろうと思った。


「よし! んじゃさっさとそれ食っちまえ」

「話はしないで良いんですか?」

「朝っぱらからする話でもねぇだろ。夜だ」

「わかりました!」

「よし、んじゃ俺は薪の追加を集めに行ってくる。すぐ戻る」


 そう言って立ち上がり、森に向かおうとした瞬間、バンダがバッと身体の向きを変えた。

 笑っていたのが一変、真剣な表情に変わっている。

 顔を向けている方向は、2人が歩いて来た東側の森の方向ではなく、川辺からも見える程建物の形が残っている南東に位置する廃墟群のエリアだ。


「ど、どうしたんですか?」

「……見られてる。人間だな」

「えっ!?」


 ニコの驚いた声と全く同時。

 がごぉん! という音と共に、バンダの頭が跳ね上がった。

 足元にひしゃげた弾丸が転がる。

 狙撃だ。


「バンダさんっ!」

「……あー、痛えなこんちくしょう」

「なんで生きてるんですか!?」

「腕もいい、銃もいい。だが弾がダメだな。ただの鉛玉じゃあエリアJの探索者は殺せねえよ」


 赤くなった額をさすりながらバンダはぺろりと舌なめずりした。

 ニコは驚き過ぎてどんなリアクションをとったらいいか分からない様子だ。


「居場所が割れてたか……甘く見すぎたな」

「ど、どうするんですか!?」

「落ち着け。俺は狙撃手を捕らえに行く。お前は逃げ……いや、こっちに来い」

「は、はい……うわっ!?」


 恐る恐る近付いてきたニコを掴み、一気に持ち上げて肩に担ぎ上げた。


「ちょ、ちょっと!?」

「よっし行くぞ!」

「いやだぁあああああ!」


 必死の叫びも通じず、バンダは全力で地を蹴った。

 周囲の景色が凄まじい速度で流れていく。

 ニコの人生の中で1番速かったバギーを遥かに超える速度でバンダは走る。


「ぎゃあああああ!」

「うるせぇえええ!」


 ニコは揺さぶられながらただ叫ぶことしか出来なかった。

 

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