第8話 訓練

「ほら飲め」

「ングっ……美味しいです!」

「水分補給は大事だ」


 犬の襲撃を受けてから2時間、2人は未だ大自然の中を歩いていた。


「どこまで行くんですか?」

「大きな川がある。そこまで行けばあとはキャンプだ。のんびりできるぞ」

「キャンプ初めてです!」

「もうすぐ着く。走ってりゃもっと早かったんだが、お前が着いてこれるか分からなかったからな。着いてキャンプの準備が終わったらお前の身体能力のチェックもするからな」


 喋りながら2人は進んでいく。

 バンダは既にニコの身体能力がかなり高いであろうことを予想していた。

 この2時間道なき道を歩き通しだが、ニコは一切疲れた素振りを見せない。森の中を歩き慣れている様子も無い上で平然としているのは基礎体力の異常な高さを表している。

 勿論それはバンダにも言えることで、30kg近い荷物を持ちながら息すら乱れていないバンダも十分に化け物だ。

 それから10分もしないうちに、開けた川辺に出た。


「うわぁ……!」

「よし、テント張るぞ」


 背嚢からテントや骨組み、水、食料といった物をあらかた出し、2人は設置に取り掛かった。

 かなり小さく折りたたまれた状態からテントやテーブル、椅子などが組み上げられていく様をニコは手伝いつつ、とても楽しそうに見ていた。


「これらも発展した技術やエリアJで見つけられた新素材が使われててな、コンパクトだが頑丈な上に使い心地も良い」

「凄いですね!」

「たっけえから絶対壊すなよ」

「は、はい……」


 真顔で釘を刺すバンダにニコは若干引いていた。


「メシはある程度持ってきてはいるが、無くなったら現地調達だな」

「どのくらいここで過ごすんですか?」

「決めてねえが、最低5日だな。グリムの仕事が確実に終わってるであろう頃に戻る」


 そう言いながらタバコに火を付けた。

 どかっと椅子に腰掛け、のんびりと紫煙をくゆらせる。


「よし、ニコ」

「なんですか?」

「その場で思いっきりジャンプしてみろ」

「ジャンプ……ですか?」

「全力でだ」


 その妙な要求に少し首をかしげながらも、ニコはしゃがみこんで脚に力を込めた。


「あ、ちょっと待て」

「え?」

「石が飛んだら困るから少し離れてやれ」

「……」


 不満丸出しの顔でニコがテントから離れていく。

 その辺りでいいぞ、という声と共にピタリと止まり、再度大きく沈みこんだ。

 1秒程のタメの後、ぼんっ! という何かが爆発したかのような音と共に、周囲の石を弾き飛ばしながら大きく跳び上がった。


「ほら、言ったじゃねえか」


 飛んでくる石を叩き落としながらバンダは上に目線を向けた。

 ニコはなんと20m近い高さまで跳び上がっていた。


「うわ、高い!?」

「……俺と変わらねえくらい跳んでねえか?」

「うわわわっ!?」


 手をバタバタと動かしながら落下していき、両手をつきながらも何とか着地していた。

 バンダはゆっくりと立ち上がり、テーブルに置いていた灰皿にタバコを押し付けて火を消した。

 自分があんなに跳んだのが信じられなかったのか、ぼーっと上を見ていたニコの近くまで歩み寄る。


「よし、じゃあ次だ」

「…………」

「おい、聞いてるのか?」

「え、あ、はい!」

「……ほれ」


 バンダが手のひらを前にして右手を突き出した。


「思いっきり殴れ」

「えっ!?」

「お前のパンチなんかで怪我しねえよ。気にしねえで殴れ」

「い、行きますよ!」


 ニコが拳を構える。

 バンダの予想通り、フォームは滅茶苦茶だ。体重の乗っていない手打ちのパンチになるだろう。

 殴る瞬間には、目をつぶってしまっていた。

 ズレた拳にバンダが手のひらを合わせる。

 そのパンチはフォームなどとは裏腹に、ぶぉん、と凄まじい風切り音を出しながら、バンダの手に当たった瞬間にどぱぁん! とパンチとは思えない音を響かせた。


「……パンチはお粗末だな。身体能力を全く生かせてない」

「パンチなんか打ったこと無いですもん!」

「俺が犬に打ったパンチを思い出してフォームを考えるんだな」

「えぇ……こんな感じだったっけ……」


 生真面目な性格なのか、不満気な顔を見せながらも真似をしようと構え始めた。

 バンダはふん、と鼻を鳴らすとテント近くまで戻り、2本目に火を付けた。


「……インパクトの瞬間も、見えてたのか?」

「えいっ! えいっ! え、何か言いました?」

「なんでもねえ。とりあえずチェックは終わりだ」

「これだけで良いんですか?」

「ここまで平然と歩いてきた時点で持久力は申し分無い。身体能力も高い。あとは身体の動かし方を覚えりゃあそんじょそこらの野生生物も簡単にあしらえるようになるだろう」

「ホントですか!」

「ああ」


 バンダは出かかった言葉を飲み込んだ。

 なんでお前みたいな小娘が、そんな異様なまでの身体能力を持ってるんだ?

 ニコの身体能力は、高めに見積もって存在強度6前後はあるだろう。

 6以上の人間はそれなりに数が少ない。

 エリアJの人口が約10万人と言われているが、存在強度6の人間は3000人も居ないだろう。

 確認されている中では、人間の中で最高値は9だ。

 お前は何者だ?

 バンダの頭の中で、その言葉がぐるぐると回っていた。

 

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