第7話 予感

「存在強度?」

「個体の強さを表すものだ。1から10まであって、10まで行くともはや生物かどうかも怪しいくらいだ」

「そんなのがあるんですねぇ」

「と言っても、正確な測定は難しいとされている。大まかな指標程度に考えた方がいい」

「上がったりするんですか?」

「もちろん。自分より存在強度が高いか同じものを食うと上がりやすいと言われてるな」


 駅を離れてから1時間以上経ち、周囲は人工物が減り植物が生い茂るようになっていた。

 変わらず2人は楽しく話しながら歩みを進めていた。


「バンダさんはどのくらいなんですか?」

「知らねえ。測ったことねえからな。多分結構高いぞ」

「10とか?」

「それはねえ。公式に人間で10に到達した奴は今まで1人も存在しない。野生生物でも10を確認出来てるのはドラゴンぐらいだな」

「どらごん?」

「あー……でっけえトカゲだ」

「とかげ?」

「お前は妙な知識の偏りがあるな……」


 以前本人が言っていたように、常識や言い回しなどは知っている。

 しかし、そこから少し外れると分からなくなる。

 バンダはこれまでの会話から、多少の教育は与えられているが教養は与えられていない、と判断した。

 そして、それを踏まえて大した問題では無いとも。


「色々終わったら本でも買ってやるよ」

「本、読んでみたいです!」

「楽しみにしとけ……ん?」


 バンダが初めて足を止めた。

 ニコが不穏な空気を感じて周りを見渡すが、大きな木や根の隙間から見える瓦礫、それ以外の危なそうなものは見当たらない。


「正面から敵が来る。……おかしいな」

「何もありませんよ!?」

「まだな。俺の後ろに隠れとけ。あと、これ持っといてくれ」


 そう言うとバンダは背負っていた背嚢をニコに預け、数歩前に出た。

 ニコは言われた通り背嚢を抱えて後ろに下がった。

 一体何を感じ取ったのかと少し横にずれて前を見る。

 少し先に、ふたつの小さな灰色が見えた。

 それは凄まじい速度でこちらへと近付いてくる。先程まで乗っていたバギーなど比較にならない速度で。

 身体中を毛に包み、四足で駆ける獣。


「犬だ」

「いぬ?」

「弾丸を容易く避け、コンクリートを噛み砕く。血の匂いを辿り無尽蔵の体力でどこまでも追いかける。そら、来るぞ!」

「ガルルルル!」


 小さな塊にしか見えなかったそれは、気付けばその鋭い牙がはっきりと見えるまで肉薄していた。

 バンダは腰を下げ、右脚を前に出して構える。

 恐ろしい唸り声を上げながら、人の頭程度なら簡単に噛み砕けそうな程に大口を開け、2頭の獣はバンダへと飛びかかった。


「バンダさん!」

「ふん!」


 ぼっ、という風を切るような音と同時にバンダの腕が消えた。

 いや、そう見える程のスピードで拳が繰り出されたのだ。

 ほぼ同時に、ごちゃっ! という鈍い音が響く。

 見えないなにかにぶつかったかのように一頭が頭部を上に跳ね上げながら吹っ飛んだ。


「ギャウッ!?」

 

 もう一頭はそれに怯む素振りすら見せず、バンダの首にぎらりと牙をむいた。


「おう、じゃれるなじゃれるな」

「……え?」

「ヴーッ! ヴーッ!」


 犬は必死に顎に力を込めるが、牙が突き刺さる様子は全く見られない。

 ニコはその光景に口をぽかんと開けて尻もちをつき、身動きが取れなくなっていた。

 そして噛みつかれている当の本人はと言うと、なんと余裕の表情で犬の頭を撫でていた。


「おら、お前さんじゃ無理だ。お前ら食っても美味くねえし、殺しゃしねえからとっとと帰りな」

「クゥーン……」


 犬も勝てないと感じたのか、口を離して何とか立ち上がったもう一頭と共に来た道を戻って行った。

 完全に見えなくなるまでバンダは動かなかったが、少ししてから背嚢を担ぎ、ニコを立ち上がらせて再び歩き出した。


「何ぼーっとしてやがる」

「く、首噛まれましたよね!?」

「あの程度でどうこうならねーよ。さっさと歩け」

「あ、ちょ、置いてかないでください!」


 半分放心状態だったニコも慌てて歩き出す。


「……あいつら3ってとこだな」

「存在強度、でしたっけ?」

「ああ。……そういやお前、犬見てどうだった?」

「どうって、びっくりしましたよ」

「……そうか」


 存在強度に関しての研究は続けられているが未だ解明されていない部分も多い。

 分かっていることとして、存在強度が上がると文字通りその種族や生物としての存在そのものが変わるということ。

 新たな臓器が生成されたり、体の一部が異様な発達を遂げたり、五感が異常な程に鋭敏になったり。

 特に野生生物は相手との実力差や天候、災害の兆候など様々なものを敏感に感じ取るようになる。


「嫌な予感がするな」

「えっ?」

「俺はガキの頃から運が悪いんだ」


 バンダが妙に思った事はふたつある。

 ひとつは、ニコが一切怯えていなかった事。驚いてはいたが、犬に対して恐怖を抱いているようには見えなかった。

 存在強度3というのは決して弱くない。むしろ並の人間であれば束になっても全く敵わないだろう。そんなものを目の当たりにして怯えないというのは、精神的に強いというだけでは説明がつかない。

 もうひとつは、犬がバンダに躊躇無く襲いかかって来たこと。

 犬はエリアJの中でも生存本能が高く、群れでも無い限り格上に挑むことはない。実力の差を見せつけられて逃げては行ったが、本来襲われる事すら異常だと言える。

 前者はただの疑問だが、後者は明らかな異常事態だ。

 何かが起きている。

 バンダはすぐに対応出来るよう、より鋭く周囲に神経を尖らせた。

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