第6話 冒険

「うぷっ……」

「ほら、吐いちまえ吐いちまえ」

「俺は帰るぞ」

「おええぇ……」


 到着したホームはバギーに乗ったホームよりもさらに寂れ、チラホラと植物の侵食も見られる。

 照明もほとんど無く、誰かが設置したらしいライトがいくつか置いてある程度だ。

 ボロボロの椅子の支柱の根元に縋りながら、ニコは顔面蒼白なまま身動きが取れなくなっていた。

 

「ありがとよサリバン!」

「戻りはどうする」

「多分頼むよ」

「わかった」


 そう言うとサリバンはバギーの正面に立ち、フレームに手をかけた。

 ふんっ、という声と共にバギーを持ち上げ、その場で向きを反転させる。

 とんでもない事をしているが、バンダは慣れているようで見向きもせず、ニコはもちろんそれどころでは無い。

 当の本人も平然としている。

 そのままサリバンは来た時と同じようにエンジン音を響かせながらその場を離れていった。


「慣れてるから忘れてたぜ、あいつの運転めちゃくちゃ荒いの」

「し、しにます……」

「死なねえよ。まあ、ここまで来りゃ下手な追っ手は来れねえだろ。ゆっくりしていいぞ」

「あい……」


 2人が駅を出たのはそれから20分以上経ってからだった。


「死ぬかと思いました……」

「帰りもあれだからな、覚悟しとけ」

「……考えただけで吐き気がします」


 コツ、コツ、と構内に足音が響く。

 バンダの持つライトが無ければ足元も見えづらい程暗く、ニコはぴったりとくっついている。

 すぐに出入口から差し込む光で周辺も明るくなり、バンダはライトをしまった。

 ニコは待ちきれないと言わんばかりに出入口に向かって走り出した。


「おい、はしゃぐな」

「だって! こんなの初めて見ます!」

「……そういや、街でも興奮気味だったな」


 駆け足で出て行ったニコを追うようにバンダも階段を上がり外に出た。

 そこには、一目見て人間が住むことは難しいだろうという、植物に侵食された街が広がっていた。

 ほとんどの建物が崩れかけており、残っている建物も植物に覆われている。

 どこか神秘さすら感じられる光景だ。

 出入口の少し先でニコは目を輝かせながら周りを見渡していた。


「なんでこうなってるんですか!? 向こうの街と全然違います!」

「歩きながら教えてやる。ほれ、行くぞ」

 

 かつては大通りであったのだろう道を進み出す。

 ニコも慌ててそれについて行く。


「まず、説明するにはお前がどのくらい知ってるかだが……」

「読み方とか常識は教えてもらいましたけど、それ以外は全くです」

「じゃあ1からだな。まず俺たちがいるここは島国で、元はジャパンという国だった。50年以上前に隕石が落ち、そこに付着していた微生物だかの影響で様々なものが異様な変貌を遂げ、国は崩壊した」

「これらの建物はその名残ですか?」

「そうだ。そしてジャパンの頭文字を取って今はエリアJと呼ばれている。そこから更に47の小エリアと8つの大エリアに区分される。サイタマエリアは小エリアのひとつで、カントウエリアという大エリアの一部分になる」


 ニコは難しい顔をして頭を捻らせた。


「お、覚えきれません……」

「今すぐ覚えなくてもいい」

「何となくは理解しました」

「続けるぞ。その変貌を遂げた動植物達は非常に危険で、人間の兵器などものともしなかった。そいつらが未知の資源そのものである事は明白だったが、太刀打ち出来ないから採取もできない。人類は1度ここを放棄した。そして10数年をかけて対抗策を見出した」

「どうやったんですか?」

「食ったんだ」


 バンダはそこらに生えている草を指さして食べるような素振りをした。


「そこらの草を食べ、動植物達を変異させた何かを自分たちも取り込んだ。すると、兵器を遥かに超える力を身に付けることが出来た」

「……その人がまたお肉や草を取ってきて他の人に食べさせた!」

「その通り!」


 バンダは嬉しそうに跳ねるニコを見て口角が上がっていた。

 少し気が緩んでいるな。

 そう自分でも理解していたが、まだ危険なエリアでもないし問題ないかと考えた。

 普段なら絶対にそのような判断はしない。

 ニコの無邪気さに自分の毒気が抜かれていくような気がした。


「そして今、人類は未知の資源を求めてエリアJの開拓に勤しんでるって訳だ」

「凄いですね!」

「トウキョウエリアの1部、フクオカエリアの1部、オオサカエリアの1部、そしてホッカイドウエリアのごく1部。その4箇所に人類の生存圏がある。オオサカエリアとホッカイドウエリアは一万人も住んでないがな」

「私たちが居たのはトウキョウエリアですか?」

「そうだ。エリアJ最大の街だな」


 バンダがちらっとニコの顔を見ると、聞くこと全てが面白いようで、口を半開きにしたまま話の内容に集中している。

 楽しそうで何よりだな、とバンダは話続ける。

 自分はこんなに面倒見が良い人間だったのかと、新たな一面に気付きながら。

 出会ってほんの数日の、気まぐれのようなもので拾った少女は、僅かだが確実にバンダに影響を与えていた。

 それが良い方向に進むかどうかはまだ分からないが。

 

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