第5話 出発

「よし、着いてこい。顔はしっかり隠しとけよ」

「どこに向かうんですか?」

「とりあえず街を離れてサイタマエリアに向かう。ゲートは通れねえから裏からだな。……はぁ、貯金が底尽きるな」


 ため息を吐いたバンダをチラチラと見ながら、ニコは申し訳無さそうな顔をしていた。


「……すみません」

「謝るくれえならメシの量抑えてくれ」

「…………」

「なんか言えよ! ったく、ほら行くぞ」


 人通りの少ない道をバンダはずんずんと進んでいく。

 ニコは離れないよう横にぴったりとくっついている。不安なのか、キョロキョロと周りを見渡しながら。


「あの、荷物持ちましょうか?」

「ああ? 持てるもんなら持ってみろよ」


 軽々と持っているが、背嚢はかなり大きく、中には水や食料、その他サバイバルグッズが多数入っているためかなり重い。30kg近い重量だ。

 自分が簡単に担いでいるから勘違いしたんだろう、と思ったバンダはからかってやろうと背嚢を地面に置いた。

 しかしその予想は裏切られ、ニコはヒョイッと片手で背嚢を担ぎ上げて背負った。

 せいぜい身長160cm程度の少女が自身の幅の倍程もある背嚢を担ぎ上げている光景はなんとも奇妙だった。

 バンダも目を見開いていた。


「え、おま……」

「ほら、いきましょうよ」

「……重くないのか?」

「え? ぜんぜんへいきです」


 その場で軽やかにぴょんぴょんと跳ねる姿を見るに、本当に無理をしたり強がっている訳ではなさそうだ。

 コイツは一体どんな実験を受けたんだ?

 喉元まで出かかった疑問を飲み込み歩くのを再開する。

 流石にここで問いただすわけにもいかないだろう。

 少しずつ歩みを早めてみるが、ニコは平然とそれに着いてくる。


「……キツくなったらすぐに言えよ」

「ぜんぜん大丈夫です」


 そのまま2時間程歩き続けたが、ニコは弱音を吐くどころかふんふんと鼻歌を歌いながら歩いていた。

 バンダには何が面白いのか分からないが、街中を見て上機嫌になっているようだ。

 周囲の風景は段々と寂れていき、廃墟が立ち並ぶようになった。

 裏路地を抜け、人気も感じなくなった街中を進む。

 着いたのはもう使われていない地下鉄への入り口だった。


「降りるぞ」

「電車とかいうのに乗るんですか!?」

「この辺りは電車は運行していない。ここから先の街には誰も住んでないからな」

「そうなんですか……」

「まあ、そういう事になってるだけだがな。実際には行き場を失った犯罪者や生活が立ち行かなくなった者たちが暮らしてる」


 コツ、コツ、と足音が響く。

 電気は通っているようで照明は付いているが、それ以外の設備はメンテナンスもされておらずボロボロだ。


「海沿いは煌びやかな街で電車も運行されてるし、車も走ってる。だが、ある程度離れたら廃墟群だ」

「なんでですか?」

「資金も資材も人も足りてないからだ。それにこの辺りを一気に整備しなくても海沿いだけで住む場所には困らないしな。寂れた街を整備する需要が無いってのが建前、そのリソースを未知の資源や生物の確保に使いたいってのが本音だ」

「もう少し分かりやすくお願いします」

「……誰も住んでない街綺麗にするより、その金で宝石探した方が得だろ?」

「なるほど!」

「……お前、学があるのか無いのか分からんな」

「常識のお勉強ならしてました」

「そうか。詳しく聞きたいが……着いちまったな」


 壊れた改札口を超え、階段を降り、2人はホームへと着いていた。

 人の気配など当然無く、椅子はボロボロで座れない程だ。

 ホーム柵も壊れていて閉まっていない所が大半だ。そのまま線路内に降りることが出来る。

 バンダは一切躊躇すること無く線路に飛び降りた。そのまま内側に潜り込み、何かを操作するとすぐにホームに戻った。


「よし、少し待てば迎えが来る」

「あの、これは……」

「ここが裏ルートだ。本来、トウキョウエリアを出るにはエリアをぐるっと取り囲んでいる電磁フェンスを超えないといけない。数箇所にゲートがあってそこで情報を照会すれば出れるんだが……お前が居るからな」

「出れないんですね……」

「だからここを使う。俺はよく使ってるから大丈夫だ……お、早かったな」


 構内に微かに振動音が聴こえてくる。

 それがエンジン音だと分かるほどになってすぐ、それは姿を表した。

 線路の上を、ガタガタと車体を大きく揺らしながら大型のバギーが向かってきたのだ。

 荒々しいブレーキ音と共にバギーは止まり、ガタイの良い初老程に見える男性が運転席から降りて顔を出した。ぎょろぎょろとした目が印象的だ。


「よう、サリバン」

「お前か、バンダ」

「サイタマまで頼む」

「金は」

「悪いが、持ち合わせが無くてな。ツケといてくれ」

「……しょうがねえな」


 サリバンと呼ばれた男はぎょろりとニコに目線を合わせたが、何も言わず運転席へと戻った。


「よし、乗るぞ」

「……」

「なんだ、緊張してんのか?」

「は、はい……」

「サリバンは見た目は悪いが良い奴だぞ」

「い、いえ、車に乗るのが初めてなんです……」

「あー……多分、吐くから覚悟しろ」


 そう言ってバンダはニコから荷物を受け取り、バギーに固定する作業を始めた。

 その間ニコは深呼吸したりバギーをじっと見つめたりと挙動不審だったが、バンダが荷物を固定し終える頃には覚悟を決めた顔でバギーに乗り込んでいた。


「よし、いいぞ」


 バンダの声をきっかけにバギーは進み出した。

 線路の上は当然最悪の走行性で、バギーはガタガタと酷く揺れる。

 ニコの顔はみるみるうちに真っ青になっていった。

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