第2話 邂逅

「ドラゴンの討伐だぁ?」


 薄暗いバーのカウンターにバンダは座っていた。

 他に客はなく、カウンターに立つバーテンダーと2人きりだ。


「正確に言えば、ドラゴンの肉が欲しいそう」

「変わんねえよ」


 吐き捨てるようにそう言い、グラスの中身を一気にあおる。

 バーテンダーはグラスを受け取り、直ぐに同じものを作ってグラスに注いで差し出した。

 真っ赤な髪を短く切った、つり目で男勝りな印象の美人である。

 バンダは小皿に乗せられたナッツをつまみながら頭に手を当てた。


「どこのどいつだ、そんな頭のおかしい依頼を出したのは」

「それは言えない」

「そいつに言ってやれ! ドラゴンってのは現在までに3頭しか確認されてない上に、討伐に成功したのはたったの1頭のみだってな!」

「オマケにその討伐作戦で100人以上死んだ、とも?」

「誰も受けねえだろ。お前が行ったらどうだ、グリム」


 バーテンダー――グリムはため息を吐いた。


「そういう訳にもいかない」

「もっとマトモな依頼主の仕事をくれ! 何の為に高い仲介料払ってると思ってんだ!」


 酒が入っているせいか、その強い言い方にグリムはムッとして眉間に少し皺を寄せた。


「じゃあ裏じゃなくて表の仕事を受けろ」

「安い仕事ばっかだから嫌だね」

「クズ」

「なんとでも言え」


 軽い掛け合いが、2人の付き合いの長さを感じさせる。

 そのまま数分2人は黙っていた。

 微かに聴こえる程度に流れているBGMが止まり、次の曲に切り替わろうとした時、微かに銃声が聴こえた。


「この街はいつになっても治安が悪いな」

「しょうがない」


 普通の街であれば銃声が聴こえたら大騒ぎだろうが、この街では大した事では無い。

 様々な国や組織が利益を求めてエリアJの開発へと出資している。

 トウキョウエリアの23区と呼ばれていた場所が現在人類の前線基地となっているが、利権や土地の所有権などの問題から街の大半が無法地帯だ。

 と言っても日常的に殺人や強盗などが起きている訳でもなく、自警団やマフィアのような組織がある程度の治安は保っている。

 あくまである程度、ではあるが。

 完全に安全だと言えるのは、各国の派遣部隊の拠点や企業の支部などが数多く立ち並ぶ港付近だけだ。

 そこから離れれば離れる程に治安は悪くなる。


「そういや、おやっさんは元気かよ」

「げんなりするくらい」

 

 このバーが位置するのは港から少し離れた、大きな犯罪組織が治めている地区になる。

 犯罪組織と言っても行っているのは資源の密輸等で、みかじめを払っていれば守ってもらえると住民からの信頼は厚い。

 バンダが言っているのはその組織の親玉だ。

 グリムは苦手なのか、苦々しい顔をしているが。


「……ん?」


 唐突に、2人が揃って入り口のドアを向いた。

 それとほぼ同時に、荒々しくドアが開かれた。

 そこには、スーツを着て妙な面を被った男が、隠す気もなく銃を持って立っていた。


「ここに小娘が来なかったか?」

「知らねえよ、物騒だな」

「お客様でなければ、お引き取り願う」

「……隠してねえだろうな?」


 男の強気な態度に2人は訝しんだ。

 犯罪組織の人間なら2人のどちらかは確実に知っているはず。

 銃など効きはしないという事も。

 余所者だ。


「本当に知らねえよ! 勘弁してくれ」

「……ちっ」


 少しふざけたように両手を上げる。

 すると、意外にもあっさりと男はドアを閉めて出て行った。

 足音が遠のいてから、バンダも席を立つ。

 

「ふん、三流だな」

「帰るのか?」

「ああ。妙な事に巻き込まれたくないんでな」

「一万円」

「……ツケでお願いします」


 返答を待たずに素早く店を出た。

 直ぐに店を出れるようにしてからツケと伝えるのがコツである。

 静かな怒気を感じた気がしたが、振り向きはしなかった。


「さて、さっさと帰るか」


 2人とも口には出さなかったが、分かっていた。

 あれは良くない事が起こる前兆だと。

 エリアJで生きていく為に必要なのは危機管理能力だ。

 どこに虎の尾が伸びているかは分からない。だからそれらしいものは全て避けて歩くのだ。

 家までの近道になっている裏路地に入り、足元に注意しながら進む。

 ぴたりと、バンダの足が止まった。


「……最悪だぜ」


 目線の先はゴミ捨て場の影。

 白い実験着のようなものを着た真っ白な髪をした少女がこちらを見ていた。

 頭の中でぐるぐると思考が巡る。

 この状況でさっきの男と結び付けないのは楽観的な猿でも無理がある。

 このまま少女に手を差し伸べたら厄介事に巻き込まれるのは確実だ。

 騒動の裏に何が潜んでいるのか分からない以上、手を出さないのが確実な正解だろう。


「……たすけて」

「……クソっ」


 そう頭では分かっていたが。

 助けを求められて見捨てる程、バンダは人でなしではなかった。

 身長の割りに軽い体を担ぎ、走りやすいように背負った。


「なんて良い奴なんだ俺は」


 くだらない軽口を叩きながら地面を強く踏みしめ、走り出した。

 面倒な事になるだろうという予感をひしひしと感じながら。

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