エリアJ

柳澤

第1話 エリアJ

「入島の目的は? ……探索業ね、はいはい、んじゃお気を付けて」


 入島審査官は、ひらひらと手を振って男を見送った。


「今日もバカばっかりだ」


 はぁ、とため息を吐いた。

 横に居るもう1人の男の方を向く。


「ここを一攫千金の島か何かだと思ってやがる」

「……別にいいじゃねえか。俺らにゃ関係ねえ」

「死体回収班のヤツらに文句言われんだよ」

「知るか」

「どうせあいつらもグンマあたりでおっ死ぬだろうな」

「だろうな。カントウの壁は超えられねえよ」


 がちゃり、と部屋のドアが開いた。

 ぞろぞろと屈強な見た目の男達が入って来る。

 筋骨隆々の大男に、銃を身に付けた細身の男など、様々だ。

 こいつらもダメそうだな、と審査官は小さく鼻を鳴らした。


「はい、じゃあそっちからIDと名前を言ってくれ」


 ここから始まる質疑応答や確認には大きな意味は無い。

 密航などを防ぐ為に行っているだけだ。

 正式な手続きを踏めば誰でも入る事が出来る。

 入島管理所や港があるトウキョウから少し離れれば、見た事も無いバケモノや恐ろしい植物が跋扈する。

 人類が淘汰された土地であり、かつては日本と呼ばれる国であった。

 今となっては、未知の生物と資源の楽園となっている。

 探索する人間にとっては地獄と大差無いだろうが。

 数分後、部屋にはまた2人だけとなっていた。


「アイツらが少し羨ましいね」

「どうしてだ?」

「まだこの場所に対して夢を見られるんだからな」

「すぐ気付くだろうよ、地獄だってな。分をわきまえてりゃあ、楽しく暮らせるが……」

「あの感じじゃ無理だろ」


 ここは魔境だ。

 生物や植物といった括りから著しく逸脱したなにかがひしめいている。

 それに匹敵する者でなければ、この地はただ生きる事さえ困難だろう。

 人間を辞めた者か、どこかのネジが外れているような者でなければ。

 今日何度目か分からないため息と同時に、チャイムが鳴った。


「ほら、メシ行くぞ」

「唯一の楽しみだぜ、マジで」


 部屋を出て、ドアノブに休憩中の札をかける。

 そのまま建物の中を通り外に出ると、刺すような日差しが2人を出迎えた。

 少し周りに目を向けると、先程入島審査を受けた者たちが居た。

 どうやら街の様子を伺っているようだ。

 獣の毛皮を着たり、骨から削り出したような剣を持っている者たちを見て嘲笑している。

 入島審査官はつい口を挟みそうになった。

 お前らの持ってる銃なんかより、アイツらの装備の方がよっぽど強力だと。

 だが当然それを本当に口に出したりはしない。

 それを知る事も、受け入れる事も実力だ。

 ひと月持つといいな、と思いながらその場を後にした。


「今日はどうする?」

「いつものとこでいいだろ」


 2人が向かった先は変哲も無い定食屋。

 中に入ると、カウンターに数人の客が座っていた。

 テーブル席には異様な雰囲気を醸し出す男が1人。

 ボサボサの頭、無精髭がだらしなく見えるが、その目は鋭くだらしなさを吹き飛ばすかのようだ。


「珍しいのがいるじゃねえか!」

「おう、久しぶりだな」


 男は酒を片手に2人に手を振った。


「バンダ! 何ヶ月ぶりだ!? 生きてたんだな!」

「お前ら相変わらずこのボロっちい店で昼飯食ってんのか」

「ボロっちくて悪かったな!」


 カウンターの奥から店主の声が響く。

 笑いながら2人はテーブルに座った。


「カラアゲ定食!」

「俺はショウガヤキで頼む」

「あいよ!」


 バンダと呼ばれた男は酒も頼むと言わんばかりに徳利を振った。


「どこまで行ってたんだ?」

「オオサカの先遣基地まで物資を運びに」

「オオサカ!? ……流石は随一と名高い運び屋だな」

「よしてくれ、悪運が強いだけだ」

「しばらくはこっちに居るのか?」

「……面倒な仕事が入ってな」


 バンダが苦々しく顔を歪める。

 この男をしてそう言わしめるとは、どんな仕事なんだと2人は好奇心を顕にした。

 それを口に出そうとした瞬間、外からぱぁん! と銃声が鳴り響く。

 店内の全員が咄嗟に立ち上がる。

 数秒して、店内に影響が無いと判断したのか、全員が座って食事に戻った。


「教えてくれよ!」

「守秘義務がある」


 まるで何も無かったかのように。

 これがこの街の日常なのだ。

 欲望が、好奇心が、そして人ならざる者達が蠢く場所。

 かつてここにあった国の頭文字を取ってこう呼ばれている。

 エリアJ、と。

 

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