第3話 保護
「……マジかよ」
「ごちそうさまでした……けぷッ」
「俺の1週間分の食料、全部食いやがった……」
2人はバンダの家まで何事も無く辿り着けていた。
それまでによく腹が鳴っていたのでとりあえず何か食わせてやるか、と腕を振るっていたのだが。
その体のどこに入るのだと叫びたくなるほどの食いっぷりで、ものの1時間足らずで保管していた非常食まで食い尽くしてしまった。
本人は非常に満足気だが、バンダは立ったまま上を向いて呆けている。
「……あの」
「……買い出ししたばっかなのに……」
「あ、あの!」
「……なんだ?」
先程まで貪るように料理に向かっていた時とはまるで別人のようにしおらしくなっている。
両手を合わせてもじもじとしていたが、呆けているバンダにしびれを切らしたのか大きな声を出した。
「助けてくれて、ありがとうございました。この御恩は忘れません! それでは!」
「おい、ちょっと待て」
捲し立てるようにそう言うと、少女は出入口に向かおうとした。
だが、その前にバンダが立ち塞がる。
「このまま帰すわけねえだろ」
「……物好きですね」
「おいバカ何してんだ!?」
少女が着ていた服を脱ごうとする。
当然そんなつもりは一切無く、それを慌てて止めた。
「馬鹿野郎! 俺にそんな趣味はねぇよ!」
「だって、今日は帰さないって……」
「随分耳が悪いみてぇだな。ったく、それだけ軽口叩けるなら怪我とかの心配は要らねえか。……あー、ちょっと待ってろ」
その場を離れ、すぐに服を持って戻って来る。
かなり大きいが少女の体格に合うような服などこの家には無い。
着替えるように伝えると、少女はその場で服を脱ぎだしたので慌てて後ろを向いた。
音がしなくなってからゆっくりと振り向くと、少女はちゃんと服を着て椅子に座っていた。
「さて、これでゆっくり話ができるな」
「……話す気はありません」
「いいじゃねえか、ちっとくらい。名前と歳くらいは教えてくれよ。ガキんちょって呼ばれたいなら別に良いけどよ」
「……被検体25号。歳は分かりません」
ぴたりとバンダの動きが止まった。
嫌な予感はバッチリと当たった。
被検体、という事は違法な実験の検体である可能性が非常に高い。
そしてこのエリアJで人体実験を行える程の力があるのは、国際的な大企業か国の組織だ。
歳が分からないという事はかなり幼い頃に買われた可能性が高い。体格的には15歳前後だろう。
10年以上少女実験を続けていると予想すると、資金力もそれなりに潤沢だということが伺える。
だが、そこまで考えた所で一つ違和感を覚えた。
「……お前、逃げてきたのか」
「…………言いたくないです」
肯定しているようなものだ。
そうなると、ろくに外に出た事が無いであろう少女を確保出来ない程度の相手という事になる。
バーに入って来た男の事を思い出した。
エリアJでの事をろくに知らなそうな、そこらのチンピラと変わらない男。
あのレベルを追っ手として差し向けたとしたら、かなりレベルが低い。
エリアJに実験施設を持てそうな企業や国を思い浮かべるが、そのどれもがあの程度の追っ手を差し向けるとは思えなかった。
「んん……よく分からんな」
「………………」
「まあいいや。お前しばらくこの家から出るな」
「えっ!?」
「どうせ自分が今までどこに居たかとか、誰に実験されてたとか分からねえだろ? 色々ときなくせえし、お前を匿った以上俺にも危険が及ぶ可能性がある。お前が元の生活に戻りたいってんなら別だがな」
25号はぶんぶんと首を横に振った。
「よし、なら俺としばらく暮らせ。メシ食った分家事も手伝ってもらうぞ」
「そ、それだけでいいんですか……?」
「もう少し細かく話して欲しいんだがな。今日はもういいから、その気になったら話してくれ」
ゆっくりと立ち上がり、キッチンへ向かう。
換気扇をつけてタバコに火を付けた。
「風呂でも入って寝ろ」
「……なんで」
「あん?」
「なんでこんなに良くしてくれるんですか?」
「チッ……気まぐれだ」
25号は下を向いてぶるぶると震えていた。
その声からも、見ずとも彼女が泣いていることは容易に分かった。
「俺もガキの頃に見ず知らずのお人好しに救われた事があんだよ。……どーでもいいからさっさと風呂に行け。そっちのドアだ」
「ありがどうございまず……」
25号はゴシゴシと目を擦り風呂へと向かった。
バンダはタバコを吸いながら、ぼーっと回る換気扇を見つめている。
「……どーすっかなぁ」
ほぼほぼこうなる事は分かっていた。
それでも彼女を拾い上げたのは、助けを求められたから。そして、暗い路地でゴミ捨て場にいる姿がかつての自分に被ったから。
軽率な行動だったのは理解している。
だからと言って今更元いた場所に帰す、なんて訳にもいかないだろう。
まずは情報収集をしなければ。
面倒な事になった、と思う反面に。
久しぶりに仕事以外で刺激的な事になりそうだと胸が踊っているのも、否定しきれなかった。
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