第5話 一途彼女病む
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
ヒメカはいつしか俺をご主人様と呼ぶようになっていた。きっかけはほんの他愛ないメイドごっこだ。
俺が帰宅すると、電話口で毎日そう言って俺を労った。
「おう。」
いつものように俺は答える。俺のこんなぶっきらぼうなとこが好きだと彼女は口癖のように言っていた。冷たさの中に愛を感じると。
実際俺も愛しくて愛しくて堪らなかった。
簡単に会えない距離の2人には、毎日の通話が全てだった。互いに早々に食事や風呂を済ませ、すぐにまた電話をする。もちろん繋いだままだ。端末のトラブル以外は常に繋がっている。繋いだその回線が絆だった。
一緒にゲームをし、くだらない話から互いの過去等毎日飽きることなく語り合った。
「おやすみなさいませ、ご主人様♡」
「おう。じゃあな」
ヒメはそう言われるとニヤニヤし、言葉にならない言葉で悶えた。
じゃあな。とその一言が大好きだと言っていた。
ケンカ(大概がルールを守れなかったヒメカを俺が叱る一方的なケンカ)の間これを言わないと、本当に寂しそうに眠りについた。
俺に一生を捧げ、生涯をかけて尽くす。
その言葉の為に決めたルールがあった。
1つ 連絡は常に5分以内。
1つ それが出来ない時は事前連絡
1つ 常に俺が最優先
1つ 逆らわない。絶対服従
大きく分けるとこんな感じだ。
ヒメカは嬉々として受け入れた。
「え?こんな当たり前でいいんですか!?」
むしろこんな風に言っていた程だ。今にして思えば、ヒメカも若さと憧れから浮かれていたのだろう。完璧に出来ると言っていた。
そんな必要なかったのに。ただ、その気持ちがうれしかっただけのはずなのに。
毎日を過ごす内に、俺はその言葉に甘え切り、日に日に厳しく徹底してルールを守らせた。
「なんでこんな簡単なルールが守れねぇんだクズが!!てめぇなんざもういらねぇよ。消えろカス! 」
「なんでそんなこと言うの、、、お願い、捨てないで。ヒメカ、もっとちゃんとするから。ちゃんとたぁくんにふさわしい女になるから………」
ヒメカが俺から離れないとたかを括り、本心では離れたく無いくせに、ヒメカを何度も何度も突き放した。
その度にヒメカは泣いてすがり、俺に許しを求めた。その度に俺は許し、自尊心を満たし、代わりにヒメカを傷付けた。
そんなことが続けば、さすがに限界は来る。
「いい加減にしろ。もう連絡してくんな!なんで5分で返せないって事前に言わねぇんだ!もう無理要らない。死ね」
何回か続けて事前に5分以上返信出来ないと言わなかっただけで、俺は彼女を激しく責め立てた。
「………わかりました。ごめんなさい。ヒメカちゃんと出来なくて。たぁくんにはきっともっとふさわしい人がいるよね。ヒメカなんかが付きまとってごめんなさい。」
まさかの返事に俺は心臓が急激に鼓動するのを感じた。
(待て、そうじゃない。本心じゃないんだ!ただ、謝らせたいだけなんだ。待ってくれ!!)
「お、おう。わかったならいいわ。じゃ、2度と連絡すんなよ。全部ブロックすっからな。」
(ほら、ブロックしちゃうぞ?嫌だろ?嫌だよな?追いかけてくれ!許すから!次謝ったら許すから、頼む!!)
情けない限りだ。
「言い過ぎた、ごめん。」
その一言が言えない。俺を立て続け、尽くし続けるヒメカに甘えるしかもう出来なくなっていた。肥大した自尊心とヒメカへの甘えが冷静さを失わせていた。
「なんでそこまでするの?ブロックまでされたら、ヒメカ一人ぼっちだよ。別れても、頑張ってたぁくんにふさわしい女になったらまた彼女にしてくれるんじゃないの?だからヒメカ仕方なく諦めたのに……」
そこまで言わせて、ようやく許すと言えた。
次からはちゃんとするようにと。その度にヒメカは絶対にちゃんとすると誓い、ありがとうと泣きじゃくった。不安で仕方なかったと。
内心ホッとしたのは俺なのに。
ある時は、突き放し諦めたヒメカに思い出を語り、優しくし、ありがとうさようなら、なんて言って別れようとした。
心の内では食い下がってこいと祈りながら。
そして、ヒメカは毎回やっぱり嫌だと泣きついてきた。
そうして冷たく突き放し、傷付け、泣かせ、俺への依存を深める為に俺を最優先させ、ヒメカを完全に支配しようとした。
ヒメカもそう望んでいると思っていた。心からそう望んでいると。実際にそう望んでいたかもしれない。だが、本当はもう少し優しくして欲しかったかんじゃないか。
今となってはもうわからない。
◇◇◇◇◇◇
なぁヒメカ
もし俺がもう少しだけ君を想ってあげられたなら。
君はその涙を流すことなくいられただろうか。
君の涙をぬぐう資格なんて俺にはないけれど、せめて涙を流させないように俺は変わるから。
◇◇◇◇◇◇
こんなやりとりがありはしたが、普段は信じられない程仲が良く、毎日毎日話すことは尽きなかった。
24時間電話していても、まったく苦じゃなかった。
心から愛していた。いや、愛し合っていた。
それだけは今でも確かに言える。
付き合い始めておよそ1年が経ち、ヒメカが2年に進学してしばらくし、俺は投資に出会った。
とある動画で優雅な生活をしている人物を発見し、俺は憧れ、すぐに始めた。最初はうまくいかなかったが、やがて少し利益が出て、上手くいきはじめた。
ヒメカを迎えに行きたかった。投資で成功し、金持ちになって楽させてやりたかった。
だが、そんな甘い世界じゃない。3ヶ月程すると、まったく勝てなくなった。
俺は自分の給料の大半を費やし、失い、取り返す為にまた無茶な投資をした。
生活費すら失い、様子がおかしい俺にヒメカが気づかないはずがない。
「たぁくん、最近元気ないけど大丈夫?なんかヒメカに出来ることない?」
俺は全てを告げるか悩んだ。投資に失敗して1文無しなんて情けなくて言えない。
だが、ヒメカならそんなふうに思わないかもしれない。消え入るほどか細い声でポツポツと事情を語った。
すると、ヒメカは驚くほど明るい声で俺に告げた。
「そんなふうに思って、頑張ってくれてたの!?うれしい、、、ヒメカなんにも知らなくてごめんね。これからは、ヒメカも一緒にがんばるから、一人で悩まないで!ヒメ馬鹿だからよくわからないけど、いっぱいバイトしてたぁくんの投資のお金稼ぐ!!それ使って?何度失敗しても、またがんばろうよ!」
震えた。なぜお前はそんなに俺を信じられる?なぜそんなに前向きに頑張れる?馬鹿だよお前は。
大バカだよ。
「お前、なんでそんなに俺に尽くす?こんな情けない俺に。成功できるかもわからない俺に。なんで………」
そこまで言って俺は声を詰まらせた。
「だって、ヒメカ信じてるもん!たぁくんなら、きっといつか成功するって。いつか成功して、ヒメカを迎えに来てくれるって。だから、ヒメカたぁくんのためにがんばるのなんて、全然苦じゃないよ!むしろうれしい。今まで、たぁくんに頼ってばっかりだったから。お正月に会いに来てくれた時、たぁくんお金すごく使っちゃったでしょ?ヒメカ出してもらうばかりで、申し訳ないなって思ってたの。今度はヒメカがお返しする番だって。ヒメ、頑張るよ!明日からバイト探す!」
正月に会いに行った時、そんな風に思ってたのか。
遠距離とはいえ、さすがに高校生と付き合うなら覚悟がいる。俺は去年の正月の休みを使ってヒメカの親に挨拶に行っていた。近くにホテルを3泊取り挨拶にいった。
まさか娘が連れてくる彼氏が、自分とあまり年の変わらない男だと思っていなかった親御さんはさすがに驚いていたが、優しく迎えてくれた。
おかげで一生忘れられない3日間になった。
別れ際の彼女の涙が忘れられない。また会えるまでがんばろうとギリギリまで抱き合い、人目をはばからずキスをした。
「お前の為にがんばるなんて、当たり前だろ。俺はお前のご主人様だぞ?守る義務がある。」
ヒメカがいつものように悶える。
「んふふ〜。うれしい。大好き。本当に本当に大好き、ご主人様♡じゃあ明日からバイト探して、全部貢がせて頂きます♡うれしい、たぁくんの為になれて。たぁくん、昔ホストしてたでしょ?ヒメカもたぁくんに貢ぎたかったの♡」
「バァカ。お前は客じゃないんだから貢がなくていいんだよ。」
「嫌!ヒメカ、負けたくないもん!たぁくんの過去の女誰にも負けたくない!だから、一生かけて貢ぐの!」
なんて愛しいんだ。お前はもう十分過去の全ての女に勝ってるよ。
「わかった。じゃあ、2人でがんばろう。頼りにしてるぞ。」
「うん!今日はゆっくり寝よ?おやすみなさいませ、ご主人様♡」
「じゃあな。」
そう言って彼女が寝息を立てるまで待ち、愛しい寝息を聞いて俺も眠りに落ちた。
次の日からさっそくヒメカはバイトを探し、飲食店でバイトを始めた。本人は毎日働くと言ったが、さすがに勉強に影響が出るし、なにより二人の時間が欲しかった俺は極力週末だけにさせた。
やがて、毎月4万程稼ぐようになったヒメカは、そのほとんどを俺に渡すようになっていた。自分は欲しいものも買わず、毎月毎日必死に働き俺に貢いだ。
「たったこれだけでごめんね。足りないよね、、、」
いつもそう言って申し訳なさそうにしていた。
「バカか。十分だわ。ありがとうな。頑張るからな、俺」
「本当!?うれしい♡頑張ってね♡でも、無理しないで?何度だってヒメカが支えるから!」
こんなやついるはずがない。誰もがそう思うだろう。だが、これがヒメカだ。本当に一途に、一生懸命に俺に尽くしてくれた。
いつになっても結果が出ない俺を何度も何度も支える続けた。出会ってから、いままでずっと。
だが、こんなにまでしてくれるヒメカに対して、俺というクズは、それすらも当たり前に思い、感謝は薄れ、金額に満足しなくなっていく。
「ごめんね、今月土日学校があって、休んじゃってちょっと少ないの………」
謝ることなんてない。十分なはずだ。だが、俺はもはや当たり前になったことを出来ないヒメカを激しく責め立てた。
「はぁ?お前ふざけんなよ。2人で頑張るっておめぇが言ったんだろ。口だけかよクソが!死ねよボケが!!」
有り得ない罵倒だ。ヒメカは十分に頑張っている。
毎朝朝の早い俺より早く起き、俺を起こし、ルールを健気に守り、友達とも遊ばず休みは働き、これ以上俺は何を望むのか。
「ごめんなさい。ごめんなさい。捨てないで。嫌いにならないで。お願いします。許してください。」
「いいわもう。別にいらねぇし。お前が勝手にやってることだろ。好きにしろよ。あーあ。別な役に立つ女でも探すかな。」
心にもない言葉で彼女を追い詰め、責める。
「嫌だ!そんなことしないで!ヒメカがんばるから!もっと頑張る!ちゃんとするから!」
「だったら最初からちゃんとやれやクソがよ!」
教育のつもりだった。ヒメカも、怠けがちな自分には厳しくして欲しいと言っていたから。
愛情のつもりだった。それはお互いにわかっていた。だけど、ヒメカはまだ子供。頭では望んでいても、心が追いつかない時がある。
この日から1ヶ月後、浅くではあるが、ヒメカは手首を切り自分を傷付けた。
今にして思えば、ヒメカは限界だったのかもしれない。仲が良い時はそんな素振りはなかったが、ケンカの度に泣きわめき、すがるよりも騒ぎ立てるようになっていた。
そして、遂にヒメカは俺の想像だにしなかったやり方で自分を傷付け、尽くし、愛されようとした。
◇◇◇◇◇◇
なぁヒメカ
お前は俺を恨んでいるか?
あんなになるまで、俺から愛される為に尽くし続けた日々を悔いているか?
たった一言の愛してるの言葉の為に、何度もごめんなさいと言わせた。
今なら簡単に言ってあげるのに。愛してる。
◇◇◇◇◇◇
ダメ男と一途彼女の一生 ハタノマサテル @081
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