第3話 クズ男捕まる
地元に帰った俺は、飲食店で働きながら少しづつ借金を返していくことにした。実家から離れた場所で一人暮らしをしながら、必死に働いた。
クズは最初は頑張れる。
いや、むしろ最初に頑張りすぎて息切れする。
無計画に高い目標を掲げるもんだから、長続きしない。これまでがそうだった。
20歳の時に祖父に借金を精算してもらった時も、泣いて祖父に誓った。もう借金はしないと。
3ヶ月後にはもう借金を始めた。まだ大丈夫、まだ大丈夫。計画的に返済すれば………と。
何一つ積み上げることが出来ず、何一つ続かない。それを悟られたくないから口八丁でごまかす。
そんな俺を祖父は亡くなるその瞬間まで信じ、案じてくれた。何一つ返せないまま、祖父は亡くなった。これから起きる最悪の事件の直後に。
そうして地元で暮らすうちに俺は一人の少女と知り合った。
名前はさき。高校三年生のスレンダーな美少女だ。
当時流行りのsnsで知り合った2人は意気投合し、すぐに男女の関係になった。真剣だった。親とも仲良くなり、家族公認の彼氏となった。
元嫁や娘の夢を見ることはなくなっていた。俺なんかと離れて幸せになっているだろう。そう目を背け続けた結果、気にならなくなるまでに至った。
さきと付き合う内に、さきが時折様子がおかしいことに気がつき始めた。
「なぁ、お前時々全然連絡とれなくなるけど、なんか隠し事してないか?」
我慢出来ずに問い詰めた俺に、さきは不自然な程明るく早口で説明し始めた。
「え?いや、うちよく寝落ちしちゃうんだよね(笑)親もあんまり部屋に入ってこないから、ほったらかしで気付かれないんだ。」
「ふーん。」
そんな説明で合点がいく程の頻度じゃない。それに、どう考えてもおかしい点がある。
明らかに持ち物が高価なのだ。バイトもしていない。新型の携帯に、高い化粧品、高いバッグ。
ごく普通の家庭のさきの状況では有り得ない。
愛し合ったばかりで裸の体を起こし、俺は意を決して聞いた。
「まさかとは思うけど、援交とかしてないよな?」
さきは明らかに顔が引きつっている。
古いアパートの古い蛇口から、ポタポタと水が滴る音が聞こえる。
「してないよ……」
決定的だった。さきは嘘が下手だ。まったく嫌なもんだが、嘘つきの俺には、それがよくわかった。
「嘘つくならもう会えない。俺は嘘が嫌いだ。裏切りだけは許せない。」
どの口が言うんだと、俺に関わった人なら口を揃えて言うだろう。人には平気で嘘をつくクセに、自分はされたくない。クズの典型だ。
長い沈黙の末、さきはシクシクと泣きながら真実を話し始めた。
「ごめんなさい。お小遣い欲しくて、去年くらいからずっとやってた。嫌われたくないから言えなかった。」
胸のあたりがざわつくのを感じた。予想はしていても、やはりショックだった。
さきが続けた。
「お願い!お父さんには言わないで!もうやらないから!」
俺に嫌われたくないと言いながら、第一声が親に言わないでって部分に俺は失望した。
もちろん言うわけない。いや、言えない。親父さんはさきを溺愛している。
「わかった。正直に話してくれてありがと。じゃあ、俺と2つ約束してくれ。」
「……2つ?」
訝しげにさきが俺の顔を覗き込む。
「ああ。2つ。1つはもう絶対にやらないこと。もう1つは相手と関係を精算したら、俺と別れること。」
さきは泣き崩れた。嫌だと泣きながら1時間程は話が出来ないほど泣いていた。だが、どうしても引かない俺に、諦めた様子で口を開いた。
「わかった。約束する。」
そうして俺の短い恋愛は終わった。
かのように見えた。だが、そうはいかなかった。
別れてからしばらくしたある日、唐突にさきから連絡があり、助けて欲しいと言われた。
3ヶ月ぶりくらいだろうか?いきなり連絡してきて助けてってことは普通じゃない。さすがに俺は心配になり、彼女を迎えにいった。
さきは俺に会うなり涙ながらに話し始めた。
「ごめんね。急に。実は、援交してた相手が凄くしつこくて、連絡しまくってくるの。怖くてどうしたらいいかわからなくて。私、あれからずっと断ってるんだけど、最後に1回だけって………」
そういうことか。俺は泣きじゃくるさきをなだめ、とにかく落ち着かせた。
「事情はわかった。俺に任せろ。お前が立ち直る為なら協力する。」
さきはさらに大泣きし、ありがとうと何度もつぶやいた。
後日、相手を呼び出し、ウキウキとさきに歩み寄ってくる男に後ろから俺が声をかけた。
「すいません。この子の知人です。〇〇さんですよね?少しお話いいですか?」
「え?いや、は?な、なんですかあなた。」
慌てふためく男に、危害を加えるつもりはないと伝え、場所を人気のない場所に移し、話を始めた。
「この子はもうこんなことをやめたいと思ってるんです。もう連絡しないでください。怖がっています。」
他にも話したが、ざっくりとこんな感じで話した。男はただ会いたかっただけだと言っていたが、後ろめたさからか、最後には了承した。
しかし、ここでさきが意外な一言を口にした。
「私、警察にこの人のこと言う。」
わけがわからなかった。急な言葉に真意が読めなかった。
「言ってどうするんだ?言えば問題になって、当然お父さんにもバレる。学校にだって。それが嫌だから俺に頼ったんじゃないなのか!?」
「こいつ許せないもん。」
なにかがおかしい。こんなこと言うような子には思えない。だが、男はすっかり怯え、ついには
「お願いします。それだけは勘弁してください。お金でもなんでも払いますから!!それだけは、、、」
「いや、そうゆうことを言っているわけじゃ………」
そう言おうとした俺を遮り、さきが捲し立てた。
「じゃあ30万払って。それで無しにするから。」
俺は開いた口が塞がらなかった。と、同時になんとなく読めた気がした。
おそろく誰かが入れ知恵をしたのだろう。ただ切るだけじゃもったいないと。
男は礼を言いながら近くのコンビニに向かい、さきが逃げないよう付いていった。
帰ってきたのはさきだけだった。さきは俺にいくらか渡そうとしてきたが、俺は断固拒否した。こんな薄汚れた金、反吐が出る。
「最初からそのつもりだったのか?」
さきは冷たい表情で返す
「そうだよ。私、変わったから。」
別れてからなにがあったのか、知る由もない。が、あまりの豹変にショックを隠せない俺をよそ目に、さきはありがとうとだけ言い去っていった。
もやもやしたものを抱えながら、俺は帰路についた。
それからしばらく経ち、そんなことがあったことも忘れたころ、仕事中の俺の元に刑事だと名乗る男が現れた。
ざわめく店内では場所が悪いと、車に連れられた俺に刑事は無表情で告げる。
「なんのことかわかるか?」
わかるわけがない。まったく検討もつかない。
「わかるわけないでしょ。なんの冗談ですか?」
「冗談で警察は動かないよ」
鼻で笑う刑事の顔はまったく笑っていなかった。
そのまま自宅に連れていかれ、いわゆるガサが始まった。支払いの明細、相変わらず減っていない借金の督促状。まるで俺が金に困っているのを確認するようだった。
「今から署で話を聞くから、着替えて」
なんとなく想像がついてしまった。きっと俺は逮捕される。
「荷物いいですか?」
着替えを何着か用意し、財布をカバンに詰めた。
「長くなりますもんね?」
全てを悟った俺に刑事は頷いてみせる。
「お待たせしました。」
諦めた俺は刑事に連れられ、言われるがままに警察署に向かった。
そこからは地獄だった。
突きつけられた罪状は、児童福祉法違反と恐喝罪。
どちらもまったく身に覚えがない。
ざっくりとした内容はこうだ。
俺がさきに援交をさせ、その相手を脅し、現金を奪った。
男からの告発で事件が明るみになったらしい。
真実とはまったく違う内容に、俺は必死に釈明した。だが、いくら話しても取り合ってくれない。
弁護士にも、分が悪いから、示談して認めて執行猶予を狙うべきだとさじを投げられた。
毎日続く取り調べに、心が折れそうになった。そして、親から届いた手紙が決定打になった。
見苦しくあがかずに、全てを認めて償いなさいと。
なにかが崩れる音がした。こうしてクズは、ただのクズ男から犯罪歴ありのエリートクズになった。
全てを認め、言われるがままに供述し、迎えた判決は執行猶予5年。たしか5年だったと思う。正直ここら辺の記憶はあまりない。ただただ、毎日が地獄。それだけが確かだった。
判決を受け、迎えにきた両親の背中が酷く小さく見えた。まるで世間から隠れたいというように。
そして、数日後最愛の祖父が亡くなった。
最後まで俺を呼んでいたそうだ。死に目に会えた。それだけが救いだった。だが、俺は救われちゃいけない。
死のう。
毎日そう思った。
そんな勇気もないくせに。
そして、みっともなく生き続け、執行猶予も終わり、32歳の夏。
俺は出会った。最高の彼女に。一途で、純粋で、真っ直ぐに俺だけを愛し続けてくれた最後の最愛の人に。
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