第2話 クズ男ホストになる



「ごっつぁん!!ごっつぁあん!!!ごちそうさまでした、ワッショーーイ!」


なにが美味いんだこんなもん。いつまでたってもこの味には慣れない。

だが、売上の為には美味かろうがなんだろうが頼ませなきゃいけない。

口は上手かったから、割と向いていたと思う。昔の営業の仕事の経験も後押ししたのかもしれない。

じゃなきゃ背も低い上に顔も並の俺が半年でナンバーなんか入れるわけがない。


「ねぇ、今日終わったら買い物付き合ってよ?」


バカかお前は?こんなベロベロの俺が買い物なんて行けるか。高級ブランド店でこの世で一番汚いものぶちまけちまうぞ。


「いや、今日は終わってから後輩に飯食わせる約束あるから、ごめんな。」


酒臭い口を、やたらとキラキラした唇に重ね黙らせた。我ながらチープな手だ。だが、酒と男と貢ぐ自分に酔った客には効果があるもんだ。


「わかった。じゃあ、ご飯作って待ってるね。その後は・・・」


もじもじしながらべったりと擦り寄ってくる。


「ジンさん、お願いします。」


ビシッとスーツを決めたボーイさんが呼びに来た。

売れない新人時代から何かと良くしてくれた、大好きな一言だ。


(あなたは神か?)


正直めんどくさかったからナイスタイミングだ。

ヘルプに後を頼み、そそくさと離席した。


「ジン、ちょっと飲み過ぎだから休め。お前潰れたらめんどくさいから(笑)」


本当によく周りを見ている人だ。俺よりよっぽどホストに向いてるんじゃないか。まぁ潰れたら6時間は起きない俺への予防線でもあるんだろうが。


「いやぁ、さっきのシャンパンがきつかったっす。あ、星矢さん!今日この後どうっすか?」


俺はボタンを3回押す仕草をすると、星矢さんはニヤっと笑って答えた。


「お前ホントパチスロ好きだな。いいよ、いこうか。勝った方が飯な。」


仕事終わりの朝から並んでパチスロ行くのが何より好きだった。後輩は金がないから誘えば軍資金出さなきゃいけない。だから毎日は誘えない。その点星矢さんは対等だから気が楽だった。


当たり前のように大負けした2人は遅めの昼飯を割り勘で食べそれぞれ帰宅した。


俺は自宅があったが、自宅にはめんどくさい彼女がいる。

それに、今日シャンパンいれさせた客のケアしなきゃいけない。客の家に向かい、飯と風呂を済ませ、疲れた体を奮い立たせて抱いた。


「大好き、大好きジン。もっと、お願い、チューして。」


若くて綺麗な顔立ち、羨ましいと思われることもある。この子の客達からしたら、こうなりたくて何百万も費やしているんだろう。だが、こんなに虚しいと感じるセックスは無い。多少の優越感と大きな罪悪感。


(俺、何やってんだろ)


お金を稼ぎ、思い通りになる女が増える度その思いが強くなった。


「私、ピル飲み始めたから、いいよ、そのまま。好きにして」


俺は避妊しないから抱かれたいならお前が避妊しろ


抱いてやる条件に言った言葉を忠実に守ってる。こんなクズになんの価値があってそこまでする?理解が出来ない。


込み上げる疑問と苛立ちと共に吐き出した白い絶望が彼女の中から溢れ出る。濁り淀んだその液体がまさに俺だった。



夢を見た。

嫁と娘がいた。

顔は見えない。

泣いている?笑っている?怒っている?

何も見えない。何か喋っている気がする。

聞かせてくれ。お前は、お前達は今の俺をどう思っているんだ?



ピピッ、ピッ、ピピッ、ピッ、ピピッ、ピッーーー



疲れ果て、抱いた直後に眠りに落ちた俺の耳元で目覚ましが騒ぎ立てる。

いまだ頭に残る酒と夢の残像。

タバコに火をつけ、満足気に隣で眠る女を起こさぬよう着替えを始めた。


(起こすとめんどくせぇからな。)


いつものように逃げ出した。いつしか嫁に養育費も払わなくなり、連絡先も無くした。振り込む度に送られてるくる子供と嫁の画像に耐えられなかったから。誰が撮っているんだ?新しいいい人がいるのか?くだらない妄想と、成長していく娘の姿、変わらず綺麗な元嫁は今はもうやつれていなかった。



そんな日々がしばらく続いたある日、店宛に荷物が届いた。元は医薬品が入っていたであろう大きなダンボールは、なにかが大量に詰められているのがわかる重量感。そのダンボールの正体は、綺麗な文字で書いてある送り主と宛名の筆跡ですぐに分かった。


「おい、この店にタカヤタイチなんていたか?」


店長が周囲のキャストに投げかけた。


「それ、グスッ……ひぐっっ……俺です…うぐ……」


急に泣き出す俺にドン引きしているのか、店内に異様な静けさが漂う。

そんなことは気にもかけず、急いで店内の端の席にダンボールを運び、慣れない手つきで貼ったであろう雑な張り方のガムテープを剥がした。


ダンボールの中には一杯の食料。何着かの服に、茶封筒。そして、一番最初に目に入った手紙。



-タイチへ-


元気にしていますか?病気はしていませんか?ご飯は食べられていますか?何か困ったことはありませんか?もし、辛かったならいつでも帰ってきなさい。お母さん、迎えにいくから。みんな心配しています。どうか、無事で。お願いだから、1度連絡を下さい。


-母より-



短いが、気持ちが目一杯に詰まった手紙は、間違いなく母の字だった。どうやって俺がここにいることがわかったのかはわからないが、どれほど心配し、どれほど必死に探し出したのか想像にかたくない。


手紙は所々水滴の跡があり、シワになっていた。瞬く間にその手紙は俺の涙でしわくちゃになった。


(母ちゃんに会いたい。家族に会いたい。)


俺はその日の内に今月一杯で辞めると店に告げ、人間関係を整理し、母に連絡した。


母は泣いていた。俺が無事だったことを心から喜んでいた。俺が友人に福岡にいることをチラッと話したことから、福岡を毎日寝る間を惜しんで探したらしい。その中で、藁にもすがる思いで見た店のホームページの仲から、俺の姿を見て俺だと気付いたそうだ。それからすぐに俺がちゃんと食べているか心配になり、手紙と生活必需品、手紙と茶封筒に数万円を入れて送ったんだそうだ。


「母ちゃん、俺そっちで一からやり直すよ。今度こそ立ち直ってみせる。」


何度口にしたかわからないセリフを母は何度も信じてきた。そして、また信じてくれた。



そして、俺は帰った地元で、また裏切る。最悪のカタチで。






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