ダメ男と一途彼女の一生

ハタノマサテル

第1話 クズ男の結婚生活



「ごめんなさい。お金の事は我慢出来たの。でも、浮気で心が折れてしまいました。信じてたから。ずっとずっと信じてたから。」


22歳の蒸し暑い季節だった。タバコのヤニで黄ばみがかったクーラーの静かな風がやけにうるさかった。

一人娘を抱えた嫁の顔が酷くやつれていた。


(ああ、もう終わったんだな………)


俺はこの関係がもう修復不可能なことを悟った。

それはそうだ。なんせ、1年もかけて浮気していただけでなく、その愛人に子供まで出来たのだ。堕胎費用に関してのいざこざから嫁にバレ、3日で事態は今に至った。


嫁はずっと我慢していた。少ない給料から毎月5万のお小遣いをせびった。遊ぶ為だけじゃない。毎月の返済に追われていたからだ。毎月毎月多額の利息にタバコにパチンコ。同僚と毎晩のように遊び歩いた。

それでも嫁は甲斐甲斐しく毎月黙って渡してくれた。自分は毎日卵かけご飯で我慢しながら。夜はダイエットと称し食べなかった。

俺と子供にはちゃんとした食事を用意して。


「痩せて美人になったらたぁくんは嬉しいでしょ?」


いつもそう言って真っ直ぐな瞳で俺を見つめ、19歳の頃から変わらぬ純粋な笑顔で俺を癒してくれた。

空っぽの冷蔵庫を見て、近くに住む俺の母が哀れんで買い物に連れていったこともあったそうだ。

そんな日々にも笑顔を欠かさず、嫁は俺に尽くし続けてくれた。


そんな嫁が限界だと言うのだ。もう無理なんだろう。付き合って3年で結婚して1年強、たった2年にも満たない結婚生活だった。


「今までありがとう。親権は主張しない。俺にはそんな資格もないし。養育費は毎月しっかり払うから。」

養育費なんて払えるわけがない。それでも口先だけ立派であろうとする。最後の最後まで救えない男だ。


「ううん。大丈夫だよ。この子を連れていけるなら、それだけでいいから。たぁくんも大変でしょ?」

「そうか。わかった。でも、極力毎月お金送るから。それぐらいはやらなきゃ。幸せにしてあげられなくてごめん。本当にごめん。」


俺は泣いた。それまでの人生で一番泣いた。

嘘だからけの人生で、その涙だけが真実だった。


「うん。じゃあ頼りにさせてもらうね。それに、、、」


嫁は1度言葉を詰まらせ、やがてやつれたその顔を上げ、出会ったばかりのあの頃のように変わらぬ笑顔で言った。


「私、幸せだったよ。たぁくんと出会って、この子が産まれて。出会ってからずっと幸せだった。借金だって、いつか話してくれて2人で解決していきたかった。ずっとずっと待ってた。大好きだったから。でも……」


そこまで言うと、嫁は嗚咽混じりに泣きじゃくった。そこからの2人は、言葉にならない言葉と泣き声をあげるだけだった。


5分程たっただろうか。2人の泣き声が聞こえたのか、その時が来たのか、外で待っていた義父と義母が嫁と娘を迎えにきた。


「行くぞ。」


義父が一言だけ放った。重ねたキャリアと威厳が混じり合う、風格のある姿が苦手だった。自分とはあまりに違う、立派な人物が妬ましかったのかもしれない。


義母に肩を抱かれながら、歩く嫁と娘の後ろ姿を見送った。


俺の結婚生活は終わった。

次の日には仕事を辞めた。

無責任に唐突に。クズだから、仲間の迷惑なんか考えない。

退去や諸々の手続きを数日で済ませ、俺は嫁と子供との思い出から逃げるように地元を出た。


そして、宛もなく様々な土地を彷徨い続け、辿り着いた先、大都会福岡で俺はホストになった。

日払い、寮付き、それならなんでも良かった。








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