第8話 崩れる余裕
10階層のボスを倒した俺達は、その後も順調に大迷宮を攻略していった。
20階層が近くなると、Cランク相当の魔物も現れ始めたが、俺が想像していたよりもスムーズに攻略が進んでいった。
その理由は――クラスメイト達の成長である。
別に、新しい魔法が使えるようになっただとか、そういったことではない。
簡単に言うと、単に魔物との戦闘に慣れただけだ。
目に見える力ではなく、経験や練度の面が成長してきている。
こういった技能は単なるランクでは測れない部分であり――逆に言えばランク差をひっくり返しうる要素でもある。
20階層で戦ったボスはウィンドオーガ。俺がこの前戦ったファイアオーガと同じ、オーガの特殊個体だ。
ランクはファイアオーガと同じB⁻ランク。物理攻撃と相性のいい風属性が使えるので、下手したらファイアオーガより強かったかもしれない。
だが、所詮は1体。成長したクラスメイト30人を相手取るのは厳しかったようだ。というか、そもそもA組でも上位陣はBランク相当の力がありそうだし。
結果として、A組は1人として死者を出すことなく20階層を攻略した。
今は、20階層のボス部屋の奥にある部屋で昼ご飯を食べている。
ここまで来るのに約10時間かかったが、実際に過ぎたのは3時間。
不思議なことに、迷宮内でのお腹の空き具合は地上の時間に依存している。そのため、今が丁度お腹の空いてくる時間なのだ。
お母さんが作ってくれたサンドイッチを美味しくいただく。あまり食べすぎると動けなくなるので、サンドイッチくらいが丁度良い。
もちろん、一人で食べている。一緒に食べる人がいないのもあるが、俺は元々一人で黙々と食べたい人間なので特に問題ない。
ここまで順調に攻略できているが、ここからはそう簡単には行かないだろう。
20階層のウィンドオーガも、数的有利が無ければ危うかっただろうし。
俺的には、ここでいったん地上に戻って後日に回す方がいいと思うが、見た感じ先生が方針を変えることはなさそうだ。
迷宮は、ボスを倒すとその階層と地上を転移で自由に行き来できるようになる。
ボスがいるのは10の倍数階層だけなので、ここで戻らないのなら30階層を攻略するまで地上に戻ることができない。歩いて戻ることのは時間や残存魔力、体力の問題もあり非現実的だ。
クラスメイト達も、雰囲気こそ余裕だが確実に疲れが溜まっているはずだ。
……そんな俺の予見は見事に的中した。
横浜大迷宮28階層。攻略ペースはそれまでに比べて大きく落ち、クラスメイト達の疲労が表面化し始めた。また、残存魔力も大分少なくなってきている。
それにも関わらず、出現する魔物はどんどん強くなってきている。
ゴブリンのような単調な魔物はもういなく、空を飛ぶ魔物や地面に潜る魔物など。戦闘への理解度がないと倒せない魔物も増えてきている。
そのため、俺のハメ技も通用しなくなっている。まあ、普通に倒すけど。
「先生、この調子だと30階層の攻略は厳しいですよ」
五十嵐さんもそう言う。唯一良かったのは、ほとんど戦闘に参加せず、クラスメイトへの指導に当たっていたため彼の体力がまだまだ残っていることだ
「だが、ボスを攻略しなければ地上に出れない。ここから20階層に戻るよりは、30階層を攻略する方が現実的だ」
「それはそうですが……」
「……最悪、30階層のボスは君が討伐してくれ。私も手伝う」
「分かりました」
「キイイィィィ!!」
「うるさっ……」
俺が今戦っているのはラウドバットというデカいコウモリの魔物。
名前の通り、うるさい超音波で冒険者の集中力を削ぐ害悪野郎だ。
地属性魔法で生成した耳栓で耳を塞ぐが、振動がジンジンと伝わってくる。
ランクこそC⁺ランクだが、空を飛んでいる上にすばしっこいので、正直面倒臭い魔物である。
こういうやつは大規模魔法で無理やり倒せれば楽なのだが、迷宮の中な上に周りにクラスメイトもいるのでそんなことはできない。
クラスメイトの何人かが魔力不足で前線からリタイアしたので、俺の立ち位置も自然と前線に近づいた。
そのせいで、コイツのような厄介な魔物をクラスの男子たちに擦り付けられるようになったのだ。はぁ、別にいいけどさ……
「『
光属性中級魔法の『聖光線』。魔法陣に光のエネルギーが集まる。
本来ならこのまま光線を放つのだが、あえて俺はそうしない。
「【融合】」
光を空気と融合する。
当然、特に何も起こらないが、問題ない。本当の目的は別になる。
「変形」
収束した光エネルギーを【融合】の権能の一つ、変形で圧縮する。こうすることで、エネルギーの密度が増す。
出来たのは銃弾ほどの大きさの光の玉。
「……ここ、バーン!」
発射した光球は、他の魔法とは比べ物にならないほどのスピードで飛んでいき、ラウドバットに命中する。
ラウドバットは地面に墜落し、魔石を残して霧散した。
我ながら中々のエイムだな。fpsとかやったことないけど。
その後も俺は、擦り付けられた魔物を出来るだけ魔力をケチケチしながら狩っていいった。
そのおかげか知らないが、攻略のペースは少し回復し、俺たちはなんとか30階層――ボス部屋の前にたどり着いた。
「ふうぅぅぅ……」
クラスメイト達は皆疲れを吐き出す。
なんか、ケチケチ戦っていたのが申し訳なくなってきたな……
「さぁ、いよいよこれが今日のラストだ。ここまでよく頑張った。最後の力を振り絞ってボスを倒すぞ!」
やめてくれ先生。その言葉はサボっていた俺に効く。
いや、俺は後ろの見張りを頑張ったから、決してサボってなんかいないぞ。
その言葉で、クラスメイトの士気が回復する。
最後って、その後のことを考えなくてもいいからなんか頑張れるんだよな。
重たい扉がゆっくり開く。
今までよりも一回り大きな部屋の真ん中に、そいつは佇んでいた。
4メートルは優に超えているであろう巨体。
全身は銀色の鎧に包まれていて、右手には巨大な鉈を持っている。
鎧の中に見える顔は、まさしく豚のソレ。
「オーク……あのデカさからするとオークキングか?」
誰かがそう言った。
オークキングはオークの最上位種であり、B⁺ランクの魔物だ。
だが、実際のオークキングはあんなにデカくないし、全身を鎧で纏っているなんてことは無い。
それに、オークキングと戦ったことのある俺には分かる。
あの魔力量と覇気は、オークキングなんかとは比べ物にならない。
オークキングは、オークの最上位種。つまり、その先の進化はないはずだ。
なら特殊個体かとも思ったが……その可能性は無い。特殊個体は、職業や属性を得た個体であって、体が大きくなるなんてことはないのだ。
つまり、目の前のオークは完全に未知の魔物。
可能性として高いのは、今まで発見されていなかったオークキングの上位種。
そうでもないと、あのバカげた魔力量の説明がつかない。
色々考えたが、一つだけ、明確に分かることがある。
それは――A組の生徒で対応できるレベルではないということだ。
「下がれ!!!」
次の瞬間、声の主である五十嵐さんは吹っ飛ばされていた。
俺たちの目の前には、さっきまで部屋の中央にいたはずのオークがいた。鉈を振り切った状態で。
「五十嵐さん!?」
クラスメイトが悲鳴を挙げる。
大丈夫だ。あの人はこんなんでくたばるタマじゃない。
五十嵐さんは上手く受け身を取り、こちらへ戻ってくる。
あの人はスピードのスペシャリストだ。速度の殺し方などいくらでも知っている。
「皆下がって!アレはオークキングじゃない!」
A組に向かってそう叫ぶ五十嵐さん。
「少なく見積もってもAランクはある!君たちに対応できるレベルじゃない!」
五十嵐さんの言葉に従い、クラスメイト達は入口の方へと下がっていく。
皆本能で理解したのだ。アレに近づいたら確実に死ぬと。
たった一人で、あのオークと高速戦闘を行う五十嵐さん。その姿は正しく『神速』そのものだった。
だが、本当におかしいのはオークの方だ。
オークは本来遅く、耐久性に優れた魔物。
そんな魔物が、トップクラスの速さを持つ五十嵐さんと高速戦闘を行えているというのは、ありえない光景だった。
五十嵐さんの戦闘スタイルは、圧倒的なスピードと手数で攻めるというものだ。
武器も、そのスタイルに合った双剣を使用している。
逆に、弱点は一撃の威力が低いこと。なので、オークのような耐久力が高い魔物との相性は最悪だ。
あのオークにはそれに加えてそれなりの速さもあるし。
傍から見ると、手数の多い五十嵐さんが押しているように見える。
だが実際は……オークにほとんどダメージを入れることができていない。
オークに剣を命中させることはできているのだが、硬い鎧に阻まれてダメージが入らないのだ。
一度、オークが大きく距離を取った。そのまま何やら魔法陣の構築を始める。
五十嵐さんは突然の後退に驚きつつも、魔法に備えた。
しかし、オークが行使したのは攻撃魔法ではなかった。
突如、床に魔法陣が現れる。
そこから出てきたのは――3体のオークキングだった。
「っ!?しまった!!」
使ったのは召喚魔法。
召喚されたオークキング達は、俺達のいる方へと歩いてくる。
五十嵐さんが対応しようとするが……例のオークに阻まれてこちらに来ることができない。
B⁺ランクが3体。先生と疲労の溜まったクラスメイトだけで対応できるはずがない。
「ふぅ」
ここまでか。
さすがの俺とて、こんな時にまで手を抜くほど馬鹿じゃない。
そもそも、ボスを倒さないと外には出れないのだ。遅かれ早かれ戦うことになっただろう。
ならば、より早く、誰かが死ぬ前に戦った方がいいに決まってる。
そこまで関わりのなかったクラスメイトだが……見殺しになんて出来るわけがない。
何より……綾音を死なせるわけにはいかない。あとついでに五十嵐さんも。
俺は立ち上がり、オークキングの方へと歩みを進めた。
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