第7話 影響
その圧倒的なスピードを生かした近接戦闘は、Aランク冒険者の中でも正しくトップクラス。
そんな戦闘スタイルに似つかない穏やかな性格から、知名度も高くファンも多い。
クラスメイトの中でも大半が彼のことを知っているようで、皆興奮を抑えきれていない。
――ふと、五十嵐さんと目が合う。
(話しかけんな話しかけんな話しかけんな)
話しかけるなオーラ全開で彼を睨み付ける。もし彼と知り合いなことがバレたら、俺への嫉妬の視線が今よりも倍増するに違いない。
俺の視線の意図に気づいたのか、彼は俺から目を逸らした。元々、彼は公私混同するような人ではなかったのでそこまで心配はしていなかったが、良かった良かった。
とはいえ、五十嵐さんが助っ人なのは非常に頼もしいな。何か非常事態があった時も対応しやすいし。
「よし、じゃあ迷宮に入るぞ。今日は30階層まで攻略することを目標にする」
「待ってください。すでにご存じでしょうが、魔王の復活の影響で迷宮の魔物も全体的に以前より強力になっています。目標を少し下げたほうがいいのでは?」
五十嵐さんがそう提案する。正直、俺もそう思う。
従来の30階層なら、現在のA組でも十分攻略できると思うが、魔物が凶暴化している今はもう少し慎重に攻略するべきだろう。
「大丈夫だ。元々余裕を持って目標を設定しているからな」
「そうですか……」
五十嵐さんはそれ以上何も言わないが、納得はしていない様子。
俺も、魔王によって強化された迷宮を攻略するのはこれが初めてだ。少し注意を払っておいた方がいいな。
それから、A組は迷宮の1階層に侵入した。やはり、以前の攻略した東京大迷宮と比較しても、魔力濃度が濃くなっている。
実は、迷宮の中はかなり広く、30人が入っても全然余裕がある。
クラスメイトは皆、4~5人のグループで集まって迷宮を進んでいく。
俺?もちろん最後尾を一人でノロノロと歩いている。ほら、俺には背後から襲ってくる魔物に対処する役割があってだな……
前列の奴らは既に魔物と戦闘中の様子。やはりいつもより湧くのが早い。俺の中に不安が募っていく。
ボーっと歩いていると、ふと俺の後ろの魔力が動くのを感じる。
「グギャアア!」
「ホブゴブリンか」
ホブゴブリン。ゴブリンの上位種で、Dランクの魔物だ。ゴブリンのステータスを全体的に底上げしたような魔物。
戦闘スタイルは持っている武器によって異なる。今回はナイフを持っているので、近接戦闘タイプだろう。
それにしても、1階層からDランクか。しかも上位種。
Dランクというと、一般人では成すすべなく瞬殺されるレベルだ。とは言っても、この世界では戦闘に携わっている人が多いので、そこまでの脅威ではないが。
適当に『水刃』を飛ばすが、ホブゴブリンは素早い動きで魔法を避ける。
ナイフを持っているし、多分五十嵐さんのようなスピードタイプだな。
「『
面倒臭いのでゴブリンの足元を凍らせ、ちょこまかと動けないようにする。
「『
氷系統の魔法は、ほとんどが中級魔法以上で、水系統の魔法よりも全体的に強い。
もしかしたら、俺が使える魔法で一番攻撃力が高いのは氷系統の魔法かもな。地属性は防御寄りだし、光属性は回復に使うことがほとんどだ。
氷の刃でゴブリンの首を撥ねる。うん、やはり魔物の方が戦いやすいな。
「ハメ技が過ぎるな……」
「薬師寺か。前線はどうしたんだ?」
「大分余裕があるみたいだったからね。後続の方を確認してくるといって抜けてきたよ」
薬師寺はそう言うが、実際は面倒臭いから抜けてきただけだろう。
「まあ、この戦い方が一番楽だからな」
素早い魔物は、氷や土で固定してしまえばただの雑魚でしかない。こういう魔物は大抵防御力はカスだし。
その後も、A組は順調に迷宮を攻略していく。A組の生徒たちは平均してCランクくらいの強さはあるので、Dランク前後の魔物に苦戦することは無かった。
魔物の強さは21段階に分けられているが、実質的にはほとんど7段階のようなものだ。
Aランクよりもちょっと強ければA⁺、ちょっと弱ければA⁻といった具合である。
逆にアルファベットが変わると、結構はっきりと魔物の強さが変わる。
例えば、C⁺ランクとB⁻ランクはランクだけで見れば一つ差だが、実際はB⁺ランクの方が遥かに強い。
先日戦ったオーガの特殊個体は、それだけの脅威だったのだ。
最も、これは一対一の戦闘での話だが。
こまめに休憩を取りつつ、約5時間かけて10階層の最深部に到達。まあ、地上ではまだ1時間半くらいしか経っていないのだが。
クラスメイト達は……まだまだ余裕の様子。流石はエリート軍団だ。
迷宮の10の倍数階層の最深部には、それぞれボス部屋が存在する。
ボスはその辺の魔物よりもかなり強く、複数人数での攻略を推奨されている。
また、ボス部屋は一度はいるとボスを倒すまで外に出ることができない。なので、攻略には入念な準備が必要だ。
まあ、流石に10階層のボスくらいなら大丈夫だとは思うが。
「さて、いよいよ最初のボス部屋だな。まあお前らなら大丈夫だろう」
そう言う先生。ちょっと俺らを信用しすぎじゃないか?まだ10階層だからいいが……この先もこんな感じだと少し不安だな。
ボス部屋の前の巨大な扉がゆっくりと開く。その先にいたのは……
「ゴブリンロードか」
ゴブリンロード。ホブゴブリンの上位種であり、Cランクの魔物。
持っている武器は……両手剣か。パワータイプだな。
一対一ならまだしも、Cランククラスが30人もいるA組なら負けることはないだろう。
クラスメイト達が一斉に中級魔法を放つ。
パワータイプのゴブリンロードが全部避けれるはずもなく、ほとんどが命中した。
「うわぁ……」
正直、いじめにしか見えないな。数の暴力とはまさしくこのことだ。
まあ、戦いにおいて数は大事だからな。多分魔王もかなり大人数で戦わないと倒せないだろうし。
「グガッ……」
土煙が晴れる。
傷だらけになりながらも、ゴブリンロードは生きていた。
残る力を振り絞って、大剣を構えながらこちらに向かってくる。全ての力を込めているので、かなりの威力が乗っているだろう。
ゴブリンロードの剣は――薬師寺の剣によって受け止められた。
薬師寺はあれだけの威力が乗っていた一撃をあっさりと受け止め、そのまま跳ね返す。
ゴブリンロードは大きくノックバックする。ボロボロの体で受け身を取れるわけもなく、バタンと地面に倒れた。
「今だ!!」
薬師寺がそう叫ぶと、呆然としていたクラスメイト達が魔法を詠唱し始める。
あ、ちょっと、そんなにいらないって……
一斉に魔法が放たれ、ゴブリンロードに命中する。
魔法による土煙が無くなると、そこにゴブリンロードの姿は既になく、少し大きな魔石が落ちていた。
あらら、今の魔法は明らかにオーバーキルだな。多分残り2、3発で十分だっただろう。
クラスメイト達はそんなことも気にせずに諸手を挙げて喜んでいる。綾音はちょっと呆れた目で見てるが。
それにしても、俺は薬師寺のことを過小評価していたかもしれないな。あの一撃を片手剣で受け止められるとは思っていなかった。
ただ、俺が何よりも気にしていたのは――ゴブリンロードが約30発の中級魔法を受けてなお生きていたことだ。
――あれは本当にCランクのゴブリンロードだったのか?
そんな懸念が、俺の頭にこびりついて離れなかった。
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