第2話 予告

 教室に入り、黒板の右上にかけてある時計を確認すると、始業の5分前。

 焦りすぎてつい『身体強化』を使って全力疾走してしまったが、意外と余裕があったようだ。焦って損した。


 少し乱れた息を整えながら、窓際の最前列にある自分の席に座る。

 一番前の席というと外れのイメージがあるが、ここは意外と先生の死角になっているので悪くない席だと思う。日当たりもいいし。


 荷物を机に詰めていると、俺の右隣の席の椅子を引く音がした。どうやら隣人も登校してきたようだ。


「おはよっ。随分お疲れのようだね~」

「おはよう。運悪く魔力溜まりがあってな」

「避けなかったの?」

「にゃんこが発動させちゃった」

「そりゃドンマイ」


 コイツは藤川綾音ふじかわあやね。俺の隣の席の住人であり、同中の友達だ。

 腰まで伸びた長い黒髪の一部を真ん中で結んでいる。パッチリと輝く目は純日本人なのになぜか青い。

 見た目は完全に清楚系美少女なのだが、性格は結構気軽で話しやすい。


「そういえば、例のアレ、ついに完成したよ」

「マジか!」


 綾音のユニークスキルは【エンチャント】。魔法を物質に付与することができる。

 そのため、魔法について研究熱心で、俺と話がよく合い友達になった。

 最近は俺の前世の知識をもとに魔道具マジックアイテムを一緒に作ったりしているような仲だ。


「重くて学校には持ってこれなかったから、放課後うちに来て。そこで渡すから」

「楽しみにしとくわ」


 俺はこの前、新しく作った武器の【エンチャント】を綾音に頼んでいた。今朝手ぶらだったのはそれが理由だ。学校の授業では模擬刀を使うので特に問題はなかったが。

 アレを受け取ったら、また迷宮にでも籠るとするかな。


「そういえば、今朝のニュース見た?」

「魔王の話か?」

「そうそう。記録上ではS⁺ランクだったらしいけど、どう?戦いたいと思う?」

「……まあ、本音を言うと少し興味はある」

「へぇ」


 現状S⁺ランクの魔物は魔王以外には存在しない。俺が戦ったことのある中で最も強かった奴でもS⁻ランク。それもタイマンを張ったわけではなく、とあるレイドの一員として戦ったことがあるだけだ。

 勝てる自信は全くないが、実際どれだけ強いのかとか、どんな魔法を使うのかには興味がある。


「とはいえ、それで死んでもなんだしな」

「睦月が簡単にくたばるとは思えないけどね」

「一体俺の事をなんだと思ってるんだ……」

「え?戦闘狂」


 戦闘狂って……確かに転生してから戦うことにハマっているのは事実だが、戦闘狂って言われるのはなんか嫌だな。


「お前らそろそろ席に着け。HR始めるぞ」


 担任の水上みなかみ先生が教室に入ってきた。彼のメリハリのある声は、騒がしい教室の中でもはっきりと聞こえる。

 彼の担当科目は魔法学。水上先生に限らず、この学校の戦闘科目の先生は皆若い。


 そこから前世と同じような無駄に長いHRが始まる。

 俺はボーっとしながらも話はしっかり聞く。友達が少ない俺は、先生からの情報を聞き逃すわけにはいかないのだ。

 綾音に聞けばいいのでは?と思うかもしれないが、コイツは俺よりも話を聞いてない。むしろ俺が後から教えることの方が多いくらいだ。


「それと、一つ連絡事項がある。来週の月曜日は実践訓練として横浜大迷宮に行くぞ」


 先生がそういうと、それまで静かだったクラスが急に騒がしくなる。


 魔王の出現と同時に世界各地に現れた迷宮。

 そこでは地上よりも多くの魔物が出現し、それぞれが地上の魔物よりも強力だ。

 その中でも特に大きな迷宮は大迷宮と呼ばれ、日本にも約十か所ほど存在する。その中の一つが横浜大迷宮だ。

 大迷宮は通常の迷宮よりも階層数が多く、通常の迷宮が50階層なのに対し、大迷宮は100階層と2倍もの差がある。そのため攻略難度も通常の迷宮とは桁違い。


 そんな危険な迷宮になぜ人々は潜るのか……その理由は迷宮の魔物のドロップアイテムにある。

 迷宮の魔物は、地上の魔物と違って倒すと魔石をドロップする。

 魔石は、魔力伝導率が良く、武器や魔道具の作成によく使われる。

 また、魔石は魔力をため込むことができるので、スマホのモバイルバッテリーのような用途で使われることも多い。

 つまり、魔石は結構いい値段で売れるのだ。

 魔物が強ければ強いほど、ドロップする魔石の質も高くなり、より高く売れる。


 また魔物は、魔石以外にも稀にレアドロップアイテムをドロップすることがある。それは素材だったり武器だったり様々だ。


 これらのことから、迷宮に潜って生計を立てている人も結構いるらしい。

 ただ、一般人が金目当てで潜っても結構あっさり死んでしまうことがあるらしく、稼ぐためにはやはりそれなりに戦闘能力が必要だ。


「行くのはお前たちA組30人と俺、そしてもう一人Aランク冒険者が助っ人としてついてくれることになっている。誰が来るのかは当日のお楽しみだ」

 

 先生がそういうと、再びクラスが騒がしくなる。

 この世界では、冒険者にも魔物と同じようにランク分けが存在する。

 SランクからFランクが存在し、魔物とは違って±はない。


 Aランクは、一流冒険者のレベルだ。頼もしい限りである。

 Aランクより上のSランク冒険者は、日本にたった4人しかいないらしい。

 しかもそれぞれがソロで活動しているので、Aランク冒険者よりも表舞台に出て来ないため、あまり認知されていない。


 ちなみに、この学校のクラス分けは塾のように成績順で決まっていて、A組は一番上。実は中々のエリートぞろいなのだ。


「当日は大迷宮の前に集合。それぞれ自分の武器や装備を持ってくるように」


 お、じゃあ新しい武器の試運転はその日にするか。ふふふ、楽しみだな。


 ただ、一つ俺が懸念していることがある。

 それは、魔王の復活によって迷宮内の魔物も活性化しているかもしれない、ということだ。

 一応備えておいた方がいいな。俺の嫌な予感は結構当たるし。


「何もないといいが……」

 

 

 


 



 



 



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