現実世界に転生したら魔法があったので、やりたいことやって好きに生きることにした。

周防

第1話 復活

 冷たい雨が、静かに俺の体を濡らす。

 自分が憂鬱な気分の時に雨が降るのは小説の中だけだと思っていたが、その日の雨は俺の気分を忠実に表していた。


 残業を終え、家に帰ろうとしていた俺の気分は、一言で言うならどんよりである。

 傘を盗まれ、終電は過ぎ、タクシーを呼べるほどの金は残っていない。体がびしょ濡れのままコンビニに入って傘を買えるほどの強メンタルは俺にはない。


 最早、雨の中歩いて帰る以外の選択肢は無かった。

 終電とタクシー、メンタル、お前らはまだいい。完全に俺の自業自得だからな。

 ただし傘、お前はダメだ。いや、傘は攫われただけなので悪くないか。悪いのは傘を盗んだ誘拐犯だけだ。

 誘拐犯と聞くと、真っ先にロリコンという単語が思い浮かぶ。あ、別に俺はロリコンじゃないよ。


 そんな下らないことを考えていたから、俺は道路から俺の歩いている歩道に突っ込んでくるトラックに気づかなかったのかもしれない。


「あっ」


 俺が突っ込んでくるトラックに気づいたときには、俺とトラックの距離はおよそ5メートルほど。

 運転手は……目を閉じている。夜中だから眠くなるのは分かるが、まさか運転しながら寝ているとは。

 いや、あれはもう運転しているとは言わないか。ご丁寧にアクセルだけは踏みっぱなしだ。


 ボーっとしていた意識が覚醒したその時の俺は、恐らく人生で最も頭が回っていたと思う。一瞬にしてこの状況における結論を導き出す。


 コレは多分間に合わないっぽい。

 

 時間の経過がやけに遅く感じる。走馬灯のようなものは流れてこない。


 このトラックは、もしや転生トラックなのではないか?


 その思考を最後に、俺の意識は途切れた。





 

 朝6時半。どこからか軽快な音楽が流れ始める。

 体を捻り、ベッドの脇にあるテーブルに手を伸ばす。


「んっ、あれ……?」


 スマホが、無い。

 床に落ちたのかと思いテーブルの下を覗いてみるが、そこにもスマホは無かった。


 体を起こし、軽く伸びをしてまだ半分閉じている目をこする。

 それによって頭と体が目覚たからか、音楽が部屋の天井あたりから聞こえてくることに気づけた。そしてすぐに状況を理解した。


「『解除キャンセル』」


 手をかざしながらそう呟くと、空中に魔法陣が現れ、やがて音楽は止まった。


「寝ぼけてるのか俺?……いや、前世の夢を見たからか」


 俺、今野睦月こんのむつきは転生者である。

 訳あって前世で死亡し、なぜか異世界ではなく現実世界に転生した。


 ただこの世界、前世とは違い魔法が存在する。

 さっきのアラームもどきも、それを解除したのも魔法だ。 

 魔法が存在するからか、この世界の科学技術の発達は前世よりも遅れている。テレビの普及時期から逆算するに約20年ほど。

 そのため、まだスマートフォンはこの世に存在しないのだ。


 というか……


「あんな死に方したのか、俺」


 今まで死んだときのことだけは全く思い出せなかったが、つい先程夢を見たことでで思い出した。

 ボーっとしていたのが原因で死ぬとは、我ながら情けないとしか言いようがない。まあ、トラックが歩道に突っ込んでくるとはふつう思わないが。

 良かったことと言えば、一瞬で死んだので痛みを覚えていないところぐらいだろう。トラックのとっしんは俺の急所にヒットしたようだ。

 というか、あのトラックはやはり転生トラックだったことになるな。転生先は定番の異世界ではなかったが。


 もう転生して15年ほど経つが、突然記憶が戻ってきたのは初めてだ。何か悪い事の前触れじゃないといいが……。

 

 

 ルーティンである朝シャワーを浴び、朝ごはんを食べようとリビングに行くと、お母さんがソファに座りながらテレビとにらめっこしていた。

 ちなみに、なんの因果か両親と自分の名前は前世と全く同じである。


 テレビを覗き込むと、緑一つない島の様子が生中継されていた。

 左上には赤い文字で「魔王復活!?」と大きく書かれていた。


「ん、おはよう睦月。なんか凄いことになってるよ」

「おはよう母さん、どうやらそうみたいだね」


 画面の中では島の中心部で爆発が起こっている。


 この島は魔王の島と呼ばれている。

 約80年前に、この世界に魔王が出現したと同時に誕生した島だ。太平洋の丁度真ん中らへんに魔王が滅んだ今もなお存在している。

 島には他とは比べ物にならないほど強力な魔物が生息しているため、近づく人はほとんどいない。

 島の真ん中には魔王城があり、誕生して80年たった今も残骸が残っている。

 最も、テレビに映る魔王城は復活した魔王の手によって今綺麗に修復されたみたいだが。今の魔法早いなぁ。


「被害が来ないといいけどねえ」

「どうだろうね」

「魔物が凶暴化するかもしれないから、睦月も気を付けるんだよ」

「ほーい」


 食パンをトースターに突っ込みながらそう言った。

 冷蔵庫から紙パックの野菜ジュースを一本取り出し、飲みながら食パンが焼けるのを待つ。

 ちなみにこの冷蔵庫も魔法で動いている、魔道具マジックアイテムの一つだ。

 

 それにしても魔王か。あんまり知らないから恐怖心もいまいち湧いてこないな。多分中学の歴史の授業でしか聞いたことない。

 曰く、第二次世界大戦中に出現し、核兵器を何十発も打ち込んでやっと倒せたとか。まるでゴキブリのような生存力。案外、あの島に緑がないのは魔王ではなく人間のせいかもしれない。

 あまりの強さに、戦争真っ最中の世界各国が協力せざるをえなかったらしい。今も昔も、人は共通の敵がいると団結するんだなあ。


 その時は、世界中に強力な魔物がたくさん現れ、甚大な被害を及ぼしたという。

 その後、魔王が滅ぶと魔物が弱体化したことから、魔王には魔物の力を活性化させる能力があると言われている。


 焼けたパンにイチゴジャムとマーガリンを塗る。軽く手を合わせて「いただきます」といってからパンを口に入れる。うん、上手い。


 そういや、記憶はやっぱり悪い事の前触れだったな。思い出したから何かあるような記憶でもないが。


 パンを食べ終わったら、少量の歯磨き粉を口に入れ、水属性魔法で口の中に水を入れてシャッフルする。

 所々水の圧縮度を調整して上手く歯を磨いていく。意外と難しいんだよね、コレ。


 こういう日常的な作業を魔法で楽にするのは、俺が前世からやりたかったことの一つだ。実際手を使わなくていいのは結構楽だ。

ただ、やりたかったのことの中には、魔法でできないこともある。

例えば、学校までテレポートで登校とか、アイテムボックスに荷物を入れて手ぶらで登校とかだ。

 魔法がある世界でも、自分の足で登校するのは変わっていない。


「じゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」





 現在俺は、異世界で言う冒険者養成学校のような高校に通っている。

 そこでは、前世と同じ国語や数学のような授業の他に、戦闘訓練のような授業が行われている。

 なぜそんなところに入ったかというと、やはり魔法が使えるなら戦いたい!と思ったからだ。


 この世界には、冒険者などの魔物と戦う職業がいくつか存在するが、どれも命を懸けた危険なものであり、本来は俺のような短絡的な考えでなろうとするべきではないものだ。

 しかし俺は一度命を落とした身。今世は言ってしまえばボーナスタイム。自分のやりたいことをやると決めたのだ。

 そして、やるからには本気でやる。ボーナスタイムとは言ったが、だからといって簡単にくたばる気はない。


 住宅街を抜け、町の中心部を歩いていく。

 町は商業施設で賑わっているが、前世と比べると見劣りする。


 恐らくその理由は魔物による破壊活動だ。

 魔物は魔力溜まりがあればどこでも発生するので、市街地でも魔力が蓄積することで定期的に魔物が発生する。

 魔物が暴れることで建物が倒壊することなんて日常茶飯事といっていい。

 そんな所に高層ビルなんて建てたらどうなるかなんてお察しの通りだ。


 そんな市街地を抜けて、再び住宅街に入る。前世でも今世でも、俺の通う学校は住宅地の近くにある。


「あ」


 気づいてしまった。目の前には濃厚な魔力溜まり。それも魔力感知のレベルが低くても分かるレベルで濃厚な。

 しかもちょうどその道は、俺が学校に行くのに通らなければならない道。


「えー、どうしよ」


 一応別の道を通っても学校へは行けるが、かなり遠回りになる。

 腕時計で時間を確認する。うん、多分そっちから行ったら遅刻するな。


 魔物は、他の生き物が魔力溜まりに入ったのを感知して湧くようになっている。なので、通らなければ魔物が現れることは無い。


 ん-、でも、いつか誰かが通るだろうし、それで誰かに死なれても嫌だなぁ。


「ん?猫?」


 いつの間にか俺の前に猫がいた。そいつは魔力溜まりの方に歩いていく。

 魔物は他の生き物を感知して出現する。それは別に人間に限ったことではない。


「ちょ!おい待て!」


 もちろん猫に日本語が通じるわけがない。

 猫は俺に気づくと、走って逃げていった。魔力溜まりの方へ……

 やべっ、逆効果じゃねぇか。

 俺は猫の方へ急いで走る。


 地面に魔法陣が発生する。死んだときと言い、なんでこう毎回手遅れになるんだろうか。

 地面から現れたのは、赤い体をした人型の魔物。頭には鬼のような角が一本。腰には一本の刀がぶら下がっている。


「オーガ……確か通常個体はC⁺だっけ」


 この世界の魔物にはランクというものがが存在する。SランクからFランクの7段階とそれらに±を付けた計21ランクに区別されている。

 C⁺は……確か駆け出しの冒険者が4人で戦って互角のレベルだったか。

 一般人に対応できるレベルは大体Eランクまでなので、それを2ランク上回っている。

 こりゃ倒すしかないみたいだな。


 オーガは周囲を見渡し、俺を発見すると刀を抜いて切りかかってくる。見た感じ、猫は眼中になさそうなので心配しなくてもいいだろう。


 俺は腰に手を伸ばすが……そういえば今剣持ってないじゃん……。

 

「『氷盾アイスシールド』」


 この世界の魔法は火、水、風、地、光、闇の六属性と、無属性魔法の七つからなる。

 無属性以外の六属性魔法は、人によって適性が存在する。ちなみに俺の適正は水と地と光の三属性。

 それに対して無属性魔法は適性を必要とせずだれでも使うことができる。

 ちなみに、俺が今使った『氷盾アイスシールド』な氷に準ずる魔法はすべて水属性魔法に分類される


 オーガの刀は宙に浮く氷の盾によって防がれる。が、いつのまにかオーガの刀には炎が纏っており、盾が溶けていく。


「へ?通常個体じゃないの?」


 ファイアオーガ。火属性魔法を扱うことができるオーガの特殊個体だ。ランクはB⁻。


「なんで地上に特殊個体がいるんだよ」


 特殊個体は通常個体よりも戦闘力が高く、通常個体にはない能力を持っている。

 本来なら魔王と同時に世界に出現した迷宮にしか出現しないはずの魔物。魔王復活の影響だろうか。

 

 氷が解けてしまったので、すぐさま地属性中級魔法の『大地盾アースシールド』を展開する。

 同じ属性の魔法にもそれぞれ階級があり、初級、中級、上級と上がっていくにつれて魔法が強力になっていく。

 オーガの特殊個体となると、初級魔法はほとんど通用しない。


 半径1メートルほどの盾でオーガの攻撃を防ぐ。

 ファイアオーガは連続攻撃で盾を切り裂こうとするが、中々壊れない。限りなく岩に近い土でできているので、炎対策もバッチリだ。


 そうしている間に、俺は逆の手で水属性魔法を使って水を用意する。

 そして、ファイアオーガの刀が盾にあたる瞬間に言葉を呟く。


「【融合ゆうごう】」


 ファイアオーガの刀が盾にめり込む。ファイアオーガは突然手ごたえが無くなって驚いている。


「リバース」


 俺がそう言うと、盾が元の硬さに戻る。

 ただし、ファイアオーガの刀は盾にめり込んだままだ。

 俺は刀が刺さった盾を投げ捨てる。


 今のはユニークスキルといって、生まれつき誰もが持っている固有のスキルだ。

 魔王が出現したと同時に人々に発現し、魔法が発見される前から魔物との戦いに大いに役立っていたらしい。


 俺のユニークスキルは【融合】。モノを自由に混ぜ合わせることができる。合金を作るのを想像すると分かりやすい。

 自分で融合したものに限り、リバースでもとに戻すこともできるので、結構使い勝手がいい。


「これでお互い素手だな」


 ファイアオーガの表情が怒りに染まる。刀が使えなくても戦いをやめる気はないみたいだ。まあいいけど。


「『水刃ウォーターカッター』」


 水の刃をファイアオーガに向かって飛ばす。火属性を操る魔物は水が苦手なので、ファイアオーガは必死で避けた。


 が、それだけでは終わらない。俺は避けられた『水刃ウォーターカッター』を操作し、再びファイアオーガの方へ飛ばす。これぞ手動追尾システム。

 とはいえ、ファイアオーガは避け続ける。ま、同じこと繰り返してるだけだしね。


 俺は目の前に魔法陣を四つ展開する。それを見たファイアオーガは俺のやることを理解したのか焦った様子で俺に襲い掛かってくるが、もう遅い。


「『水刃ウォーターカッター』」


 最初の一つ加え、四つの『水刃ウォーターカッター』がファイアオーガを襲う。


 最初はなんとか避け続けていたが、スタミナの消耗により動きが鈍っていく。

 やがて、一つがファイアオーガの足を切り裂くと、ファイアオーガの足が止まり、残りの四つがファイアオーガの体を切り裂いた。

 ファイアオーガの体は霧散し、それに伴って刀も霧散した。


「ふー、水属性が使えてよかったな」


 我ながら鬼畜な倒し方だったけどな。

 水属性魔法を持っていなかったら、割とメンドクサイ戦いになっただろう。

 火属性の上級魔法を使える魔物は、普通に水を蒸発させてきたりするが、ファイアオーガレベルなら水属性魔法が使れば楽に倒せる。


 そういえば、最初にいた猫はいなくなっていた。

 魔物を発生させるだけさせて逃げるとは……悪い猫ちゃんだ。


「っと、やべ!遅刻する!」

 

 俺は全力ダッシュで学校へ向かった。


 




 


 

 



 



 

 



 

 


 




 






 



 












 

 

 


 

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