15歳の奴隷
愛内那由多
15歳の奴隷
僕が
この時点で僕こと、
「センセは―恋人はいないの?」
9月のあるとき、そう聞かれた。言い方が、妙に色気を帯びていた。
「いなね。大学にあんまり女の子がいないから。理系キャンパスだし」
「なら、キスしたことは―ある?」
これもまた、妙にセクシャルな―返事だった。ここで、茶化されたり、バカにされたりした方が家庭教師としてまだ救いがあった。
「なら、センセ―してみたい?私と」
「無茶を言うな。―君は生徒で、僕は家庭教師だよ。教え子とはそんな関係になりたくない」
僕は当然―断った。彼女の言いなりになんてならない。それが、家庭教師として、いや―大人として、そうするべきなのだ。
「つまんないの。センセはもっと面白い人だと思ってたのに」
「だからって―中学生と付き合ったりしないよ」
「付き合うなんて―言った?」
自分から―墓穴を掘ってしまった。彼女はキスをすると言っただけで、付き合うとも、交際するとも言ってない。
「センセ―それは私と付き合いたいって、思ってくれてるってこと?無意識では―さ」
肯定するわけには―いかない。例え、本当に無意識下で―そう思っていたとしても、だ。僕は家庭教師で、彼女は教え子だ。
「そんなわけないよ―」
彼女は席から立ち上がり―僕の目の前に立つ。反射的に少しのけぞる。彼女の魅力は、僕を圧迫した。
15歳の教え子は―僕の両手を取って、指同士を絡める。僕はされるがままだった。彼女の熱を帯びた目を見るたしまうと―逆らえない。
「全く―抵抗しないですね」
「教え子に―手を上げることは無理だよ」
「そんなことしなくても―言えばいいじゃないですか?やめてって。それすらしてないじゃないですか」
ジッと、僕の目を見て―言う。
「嘘つき。私のこと好きなんでしょ?」
彼女のことが好きだと言っても、理性で押し殺すことができたし、付き合う想像をしたとしても、1、2回しかない。今までなら簡単にそれを心の奥底に沈めることができた。
しかし、現実に彼女に迫られると―欲が溢れ出す。彼女を手に入れられる。そんなシチュエーションが目の前にある。もう―歯止めがかからない。
「そうだよ」
彼女は僕の好意に気が付いていたのだろう。伊達に半年一緒に過ごしてないのだから。
「でも―君もそうなんでしょ?」
しかし、僕も同じように―彼女の好意に気が付かないわけがない。
いつからかは、覚えていない。けれど、彼女の視線が年上に向ける尊敬や、憧れから、恋と色欲に変っていた。僕に対してだとは思っていなかったけれど。そういう機微に気が付くくらいには、家庭教師の仕事をこなしている。
「だから―僕に迫ってる」
「自信過剰だね。もっと謙虚な人だと思ってた」
彼女は僕の太ももの上に座る。彼女の視線が僕より上になって向かい合う。お互いの鼻と鼻がぶつかりそうな距離。
「キス―しないの?」
しばらく―見つめ合う。心臓が荒々しく動き、思考が濁っていき、徐々に冷静さをなくす。ここから先は―踏み出してはいけない。理性は―そう主張する。
「―したい」
彼女の手が―僕の頬に触れる。唇同士が触れる。まだ幼さを残した唇の柔らかさと、大人びた情欲。
―キスって、こんな感じかのか…。
口づけを離す。少し息が上がる。
「変態」
15歳の教え子は―僕を罵る。ゾクゾクした。キスのときの、甘く柔らかい快感とは異なる。背徳感と被虐嗜好の刺激が僕を襲う。
僕は―とっくに引き下がれなくなった。
このあと、僕等は付き合うことになる。そして、愛莉の魅力にとりつかれて、家庭教師としてではなく外で会ったり、彼女の部屋のベッドで寝るまで―時間は掛からない。
彼女と僕は付き合っていいはずがない。それは分かっていた。お互いに―もっと似合う相手がいるだろう。
だからこそ―けじめをつけなくてはならない。そう思っていた。なので、
「ねぇ―七瀬先生ぇ。キスしたい」
そう言われると、罪悪感にさいなまれる。が、上目づかいでお願いされると―拒否するのに心が痛んでしまう。彼女と関係を持ってから、2ヶ月が経つ。彼女のお願いを聞くことが多くなってしまった。
「ダメ。まだ、問題を解いてる途中でしょ?藤村さん」
それに今はこの家にいるのは、僕等、2人きりではない。なので―僕は七瀬先生と呼ばれ、愛莉を藤村さんと呼ぶ。
「つまんない。いいじゃん―ちょっとくらい。ケチ」
目の前の数学の問題には手をつけず、僕に視線を向けている。彼女が退屈な勉強よりも、僕との関係を欲している。
「いいから解きなさい…。」
僕がそう言い切ると、愛莉は突如―表情がなくなった。感情が伴わない虚ろな目。いつもの、自由奔放さは―皆無だ。
コンコン、とノックの音がする。
「入るよ、愛莉」
「ママ」
愛莉の母が部屋の中に入って来る。
「あっ。お母さん」
「うちの愛莉は―どうですか」
「ええ。頑張っていますよ」
僕は限界ギリギリ嘘にならないようなセリフを言った。隣の教え子は今この瞬間は―数学の勉強をしている。
「それなら―安心です。愛莉、ママは―お仕事に行ってくるね」
彼女に向けて、そう言ったあと、
「じゃあ―愛莉をお願いします」
と僕に続けた。玄関のドアを丁寧に閉めて、家から出て行く。これで、この家にいるのは―2人だけだ。
「…さっきの続きだけど、できた?」
勉強の進捗状況を聞いた。彼女のノートを見ると、それなりにスラスラ進んでいるように見える。
「拓海センセ、これが終わったら―キスさせて」
彼女を断ることが―今度もできそうになかった。その言い訳の1つが、さっき外に出て行ったから。
「…いいよ」
僕は―彼女には勝てない。罪悪感と恋慕では―後者が勝つ。今は。
「ホント。すぐに終わらせるから」
彼女はスラスラとペンを進ませる。愛莉は自分の言葉を現実のものとした。5分後には問題のすべてを解き終わった。
「ねっ?ほらほら、すぐにできたでしょ?」
「数学苦手だったのに、できるようになってきたね。今、丸つけするから…」
当然、家庭教師として、彼女には勉強ができるようになってもらいたい。それが僕の願いだ。
しかし、僕が赤いボールペンを持った瞬間―愛莉はノートもろとも突き飛ばした。
「なにして…」
僕の頬を無理矢理、愛莉自身の方に向けて―唇同士を触れさせる。冷たくて、柔らかい感触が伝わる。それを離して、彼女は言った。
「そんなもの―どうでもいいから。私を見なさい」
そうなのだ―彼女は自分勝手なのだ。そこに僕の思いなど―関係がない。それはそれで、僕にとって―甘美だった。
しかし―このままでいいはずがない。何度目かの―決意を固める。
「愛莉―」
「なんですか?」
僕は彼女と一緒にいたい。そこに嘘はないのだ。けれど
「別れよう。僕等」
「なんでですか?」
とろけるような甘い表情から一転、拳銃のように怒りが火を噴いた。
「センセ、ねぇ、なんで?私なにか悪いことした?プリントと、ボールペンなら拾うから…」
「してないし、床に落としたものは、僕が拾ってもいい」
悪いことをしてるのは―僕だ。世間から見れば、15歳の女の子をたぶらかしている―悪人。それが―僕。
「けど―世間的にも、僕等が付き合うのはまずいし」
彼女の表情がさらに曇る。
「そんなの―関係ない。私達がどうしたいかじゃないの?」
「そうだけど―いつまでもこうしてられないでしょ?」
僕は就職のために、家庭教師は辞めてしまう。愛莉も高校生になれば、今のままの生活はできない。少なくとも、僕が家庭教師として愛莉の元に訪れることはない。そう説明して―続ける。
「お互い―次のステップに進むんだよ。それに今すぐにじゃない。もう少し後の話だ」
今現在、12月の上旬で、受験が終わるのは2月の終わり。
「3ヶ月くらいあとの話だよ」
「なにそれ…。勝手に決めないでよ!」
今まで彼女から聞いたことのない怒鳴り声で―叫ぶ。正直―ここまで言われるとは思っていなかった。
「いやだから―それまでに思い残すことが…」
お互い―思い残すことがないように、別れられるようにしよう。
そう言い切る前に―彼女はスマートフォンの画面を僕に見せつけた。それは動画が画面に映っている。場所はこの部屋にある―彼女のベッドの上らしい。
愛莉は動画を再生する。
『ねぇ…。今日はママもパパもいないから…』
映像の中にいるのは―愛莉だ。彼女はささやくように誘惑する。
そして、僕が画面に現れる。2人はキスをしている。舐めるように、むさぼるようにした―熱い口づけ。
『なら―いいのかな…。覚悟決めないとね…』
そこで彼女は動画を止めた。この先の展開はお互いに知っている。このあと―愛莉の魅力に負ける僕の姿が見られるはずだ。愛莉を抱いている僕が見られるはずだ。
「いつ撮った?」
冷静さを欠いた。
「消してもムダ。バックアップもちゃんと取ってるし。動画もこれだけじゃないの。今日のキスだってちゃんと撮影してある」
「お前…」
「私は―センセと別れたくない」
砂糖菓子のような甘いセリフに
「そのためなら―なんでもする。例え、脅しでも…ね」
復讐のスパイス。
「愛莉…。僕だって別れたくない」
いや―本当はこんな関係は良くないと分かっている。女子中学を相手に―恋愛なんて。しかし―彼女の魅力に耐えられなかった。勝てなかった。そんな恋愛に―先はない。そして、だからこそ―別れられないことも。
「別れたら―の映像をばらまいてやる」
少し冷静になるが、怒気をはらんだまま、彼女は言う。
「落ち着けって。そんなことしたら―愛莉だって…」
彼女の裸を全世界に晒すことになる。僕のはまだいいが―それは耐えられない。
「落ち着いてる。でも、私はそれでもいいくらいの―決心はある」
そう、冷静な彼女もそういう行動をするだろう。僕に捨てられた彼女は―そういう判断をするだろう。彼女も破滅するだろうが、僕も破滅し、警察に捕まるだろう。それが世に出ると―お互い終わってしまうのだ。
そして―動画を持っているのが彼女な時点で、僕に勝機は―ない。
「分かったよ…。で、どうすればいいーその動画を消してもらうには」
「まず―私と別れないこと」
「約束する」
「浮気しないこと。他の女とえっちしないこと」
「誓ってしないよ」
「私の言うことはなんでも聞くこと」
「可能な限りは―」
「だめ―全部」
彼女の視線が僕を射貫く。そこから、本気なのが伝わった。
「そうしたら―消してあげてもいい」
「分かった。努力する」
「だめ―結果を出して」
そうだっだ。この子は―自分勝手なのだ。
これは彼女に負けた自分への罰なのだ。そう思うことにした。愛莉と付き合うことは、とろけるくらいに甘い。それは地獄への一本道なのだ。
こうして―僕は先生から奴隷に身を落としたわけだ。少女の、15歳の奴隷に。
15歳の奴隷 愛内那由多 @gafeg
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