15歳の奴隷

愛内那由多

15歳の奴隷

 僕が藤村愛莉ふじむらあいりと出会ったのは就活が終わった4月のこと。家庭教師のバイトとして高校受験の勉強を指導するため、彼女の家に行ったのが始まりだ。子犬のような無邪気さに、たまに見せる―艶やかさが融合して、混ざり合っている少女。そんな彼女を―魅力的な女の子だと思った。そう、―だ。

 この時点で僕こと、七瀬拓海ななせたくみの末路は―決まったようなものだった。


「センセは―恋人はいないの?」

 9月のあるとき、そう聞かれた。言い方が、妙に色気を帯びていた。

「いなね。大学にあんまり女の子がいないから。理系キャンパスだし」

「なら、キスしたことは―ある?」

 これもまた、妙にセクシャルな―返事だった。ここで、茶化されたり、バカにされたりした方が家庭教師としてまだ救いがあった。

「なら、センセ―してみたい?私と」

「無茶を言うな。―君は生徒で、僕は家庭教師だよ。教え子とはそんな関係になりたくない」

 僕は当然―断った。彼女の言いなりになんてならない。それが、家庭教師として、いや―大人として、そうするべきなのだ。

「つまんないの。センセはもっと面白い人だと思ってたのに」

「だからって―中学生と付き合ったりしないよ」

「付き合うなんて―言った?」

 自分から―墓穴を掘ってしまった。彼女はキスをすると言っただけで、付き合うとも、交際するとも言ってない。

「センセ―それは私と付き合いたいって、思ってくれてるってこと?無意識では―さ」

 肯定するわけには―いかない。例え、本当に無意識下で―そう思っていたとしても、だ。僕は家庭教師で、彼女は教え子だ。

「そんなわけないよ―」

 彼女は席から立ち上がり―僕の目の前に立つ。反射的に少しのけぞる。彼女の魅力は、僕を圧迫した。

 15歳の教え子は―僕の両手を取って、指同士を絡める。僕はされるがままだった。彼女の熱を帯びた目を見るたしまうと―逆らえない。

「全く―抵抗しないですね」

「教え子に―手を上げることは無理だよ」

「そんなことしなくても―言えばいいじゃないですか?やめてって。それすらしてないじゃないですか」

 ジッと、僕の目を見て―言う。

「嘘つき。私のこと好きなんでしょ?」

 彼女のことが好きだと言っても、理性で押し殺すことができたし、付き合う想像をしたとしても、1、2回しかない。今までなら簡単にそれを心の奥底に沈めることができた。

 しかし、現実に彼女に迫られると―欲が溢れ出す。彼女を手に入れられる。そんなシチュエーションが目の前にある。もう―歯止めがかからない。

「そうだよ」

 彼女は僕の好意に気が付いていたのだろう。伊達に半年一緒に過ごしてないのだから。

「でも―君もそうなんでしょ?」

 しかし、僕も同じように―彼女の好意に気が付かないわけがない。

 いつからかは、覚えていない。けれど、彼女の視線が年上に向ける尊敬や、憧れから、恋と色欲に変っていた。僕に対してだとは思っていなかったけれど。そういう機微に気が付くくらいには、家庭教師の仕事をこなしている。

「だから―僕に迫ってる」

「自信過剰だね。もっと謙虚な人だと思ってた」

 彼女は僕の太ももの上に座る。彼女の視線が僕より上になって向かい合う。お互いの鼻と鼻がぶつかりそうな距離。

「キス―しないの?」

 しばらく―見つめ合う。心臓が荒々しく動き、思考が濁っていき、徐々に冷静さをなくす。ここから先は―踏み出してはいけない。理性は―そう主張する。

「―したい」

 彼女の手が―僕の頬に触れる。唇同士が触れる。まだ幼さを残した唇の柔らかさと、大人びた情欲。

 ―キスって、こんな感じかのか…。

 口づけを離す。少し息が上がる。

「変態」

 15歳の教え子は―僕を罵る。ゾクゾクした。キスのときの、甘く柔らかい快感とは異なる。背徳感と被虐嗜好の刺激が僕を襲う。

 僕は―とっくに引き下がれなくなった。



 このあと、僕等は付き合うことになる。そして、愛莉の魅力にとりつかれて、家庭教師としてではなく外で会ったり、彼女の部屋のベッドで寝るまで―時間は掛からない。


 彼女と僕は付き合っていいはずがない。それは分かっていた。お互いに―もっと似合う相手がいるだろう。

 だからこそ―けじめをつけなくてはならない。そう思っていた。なので、

「ねぇ―。キスしたい」

 そう言われると、罪悪感にさいなまれる。が、上目づかいでお願いされると―拒否するのに心が痛んでしまう。彼女と関係を持ってから、2ヶ月が経つ。彼女のお願いを聞くことが多くなってしまった。

「ダメ。まだ、問題を解いてる途中でしょ?

 それに今はこの家にいるのは、僕等、2ではない。なので―僕は七瀬先生と呼ばれ、愛莉を藤村さんと呼ぶ。

「つまんない。いいじゃん―ちょっとくらい。ケチ」

 目の前の数学の問題には手をつけず、僕に視線を向けている。彼女が退屈な勉強よりも、僕との関係を欲している。

「いいから解きなさい…。」

 僕がそう言い切ると、愛莉は突如―表情がなくなった。感情が伴わない虚ろな目。いつもの、自由奔放さは―皆無だ。

 コンコン、とノックの音がする。

「入るよ、愛莉」

「ママ」

 愛莉の母が部屋の中に入って来る。

「あっ。お母さん」

「うちの愛莉は―どうですか」

「ええ。頑張っていますよ」

 僕は限界ギリギリ嘘にならないようなセリフを言った。隣の教え子は今この瞬間は―数学の勉強をしている。

「それなら―安心です。愛莉、ママは―お仕事に行ってくるね」

 彼女に向けて、そう言ったあと、

「じゃあ―愛莉をお願いします」

 と僕に続けた。玄関のドアを丁寧に閉めて、家から出て行く。これで、この家にいるのは―2だけだ。

「…さっきの続きだけど、できた?」

 勉強の進捗状況を聞いた。彼女のノートを見ると、それなりにスラスラ進んでいるように見える。

、これが終わったら―キスさせて」

 彼女を断ることが―今度もできそうになかった。その言い訳の1つが、さっき外に出て行ったから。

「…いいよ」

 僕は―彼女には勝てない。罪悪感と恋慕では―後者が勝つ。

「ホント。すぐに終わらせるから」

 彼女はスラスラとペンを進ませる。愛莉は自分の言葉を現実のものとした。5分後には問題のすべてを解き終わった。

「ねっ?ほらほら、すぐにできたでしょ?」

「数学苦手だったのに、できるようになってきたね。今、丸つけするから…」

 当然、家庭教師として、彼女には勉強ができるようになってもらいたい。それが僕の願いだ。

 しかし、僕が赤いボールペンを持った瞬間―愛莉はノートもろとも突き飛ばした。

「なにして…」

 僕の頬を無理矢理、愛莉自身の方に向けて―唇同士を触れさせる。冷たくて、柔らかい感触が伝わる。それを離して、彼女は言った。

「そんなもの―どうでもいいから。私を見なさい」

 そうなのだ―彼女は自分勝手なのだ。そこに僕の思いなど―関係がない。それはそれで、僕にとって―甘美だった。

 しかし―このままでいいはずがない。何度目かの―決意を固める。

「愛莉―」

「なんですか?」

 僕は彼女と一緒にいたい。そこに嘘はないのだ。けれど

「別れよう。僕等」

「なんでですか?」

 とろけるような甘い表情から一転、拳銃のように怒りが火を噴いた。

「センセ、ねぇ、なんで?私なにか悪いことした?プリントと、ボールペンなら拾うから…」

「してないし、床に落としたものは、僕が拾ってもいい」

 悪いことをしてるのは―。世間から見れば、15歳の女の子をたぶらかしている―悪人。それが―僕。

「けど―世間的にも、僕等が付き合うのはまずいし」

 彼女の表情がさらに曇る。

「そんなの―関係ない。私達がどうしたいかじゃないの?」

「そうだけど―いつまでもこうしてられないでしょ?」

 僕は就職のために、家庭教師は辞めてしまう。愛莉も高校生になれば、今のままの生活はできない。少なくとも、。そう説明して―続ける。

「お互い―次のステップに進むんだよ。それに今すぐにじゃない。もう少し後の話だ」

 今現在、12月の上旬で、受験が終わるのは2月の終わり。

「3ヶ月くらいあとの話だよ」

「なにそれ…。勝手に決めないでよ!」

 今まで彼女から聞いたことのない怒鳴り声で―叫ぶ。正直―ここまで言われるとは思っていなかった。

「いやだから―それまでに思い残すことが…」

 お互い―思い残すことがないように、別れられるようにしよう。

 そう言い切る前に―彼女はスマートフォンの画面を僕に見せつけた。それは動画が画面に映っている。場所はこの部屋にある―彼女のベッドの上らしい。

 愛莉は動画を再生する。

『ねぇ…。今日はママもパパもいないから…』

 映像の中にいるのは―愛莉だ。彼女はささやくように誘惑する。

 そして、僕が画面に現れる。2人はキスをしている。舐めるように、むさぼるようにした―熱い口づけ。

『なら―いいのかな…。覚悟決めないとね…』

 そこで彼女は動画を止めた。この先の展開はお互いに知っている。このあと―愛莉の魅力に負ける僕の姿が見られるはずだ。愛莉を抱いている僕が見られるはずだ。

「いつ撮った?」

 冷静さを欠いた。

「消してもムダ。バックアップもちゃんと取ってるし。動画もこれだけじゃないの。今日のキスだってちゃんと撮影してある」

「お前…」

「私は―センセと別れたくない」

 砂糖菓子のような甘いセリフに

「そのためなら―なんでもする。例え、でも…ね」

 復讐のスパイス。

「愛莉…。僕だって別れたくない」

 いや―本当はこんな関係は良くないと分かっている。女子中学を相手に―恋愛なんて。しかし―彼女の魅力に耐えられなかった。勝てなかった。そんな恋愛に―先はない。そして、だからこそ―別れられないことも。

「別れたら―の映像をばらまいてやる」

 少し冷静になるが、怒気をはらんだまま、彼女は言う。

「落ち着けって。そんなことしたら―愛莉だって…」

 彼女の裸を全世界に晒すことになる。僕のはまだいいが―それは耐えられない。

「落ち着いてる。でも、私はそれでもいいくらいの―決心はある」

 そう、冷静な彼女もそういう行動をするだろう。僕に捨てられた彼女は―そういう判断をするだろう。彼女も破滅するだろうが、僕も破滅し、警察に捕まるだろう。それが世に出ると―お互い終わってしまうのだ。

 そして―動画を持っているのが彼女な時点で、僕に勝機は―ない。

「分かったよ…。で、どうすればいいーその動画を消してもらうには」

「まず―私と別れないこと」

「約束する」

「浮気しないこと。他の女とえっちしないこと」

「誓ってしないよ」

「私の言うことはなんでも聞くこと」

「可能な限りは―」

「だめ―全部」

 彼女の視線が僕を射貫く。そこから、本気なのが伝わった。

「そうしたら―消してあげてもいい」

「分かった。努力する」

「だめ―結果を出して」

 そうだっだ。この子は―自分勝手なのだ。

 これは彼女に負けた自分への罰なのだ。そう思うことにした。愛莉と付き合うことは、とろけるくらいに甘い。それは地獄への一本道なのだ。

 こうして―僕は先生から奴隷に身を落としたわけだ。少女の、15歳の奴隷に。

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