第12話 神との対面

 「……行こう」


 白宮神殿の光が完全に失われた。

 そして、同時に神の目の明かりも弱くなり、俺らシンスはそれを夜と呼ぶ。

 人通りはまだまだあるが白宮神殿に近づくごとに人の気配は無くなっていく。

 用が無ければ誰も立ち入らない場所だからだが、親からも近寄るなと教えられていたから気づけば夜の白宮神殿を近くで拝むことは今に至るまでなかった。

 そして、今日はその神に会える。


 「建物、左脇、扉」


 そこに向け、歩みを進める。

 ダンジョンに入る時とは別の鼓動の高鳴り。

 俺はこれ以上ここを進んでも良いのかとすら思う僅かな恐怖。


 「なあ、シン。

 万が一の時、やれると思うか?」

 

 「……わからない。

 最大限警戒はするけどな」


 まだ、俺たちは死ぬわけにはいかない。

 最悪の事態を考えておかなければならない。

 家にもすぐダンジョンに逃げれるように水と食糧の入ったリュックが置いてある。

 戦闘になった時の為に懐には一応、ナイフもあるがドッグの魔法と組み合わせて、神と渡り合い、行動不能にできるかはわからない。

 

 やつらの身体能力も魔法もわからない以上戦闘はなるべく避けたい。

 その為にもご機嫌を取り、穏便に事を運ばないといけないがこちらに交渉の手札などない。


 「ハニートラップじゃなきゃいいがな。

 それにあの手紙は俺達がマナメタルをくすねようとした直後だぜ」


 「いつでも逃げられるようにはしておけよ」


 「了解……。

 おっと、誰かいるな」


 目的の場所。

 そこには確かに扉はあったがその扉の前に一人の女性が立っていた。

 シンスがこんな場所に立っているとは考えにくい。


 「仮面は付けてないが。

 もしかして、仮面の下にある、あれが神の素顔か?」


 俺たちとなんら変わらない見た目をした人。

 年齢も同じくらいに見える。

 だが、決定的に艶やかで気品の溢れた高価なそうな服を見れば俺達とは違う存在だとわかる。

 

 そして、その女性が俺達に気づいた。


 「初めまして。

 シン・レコンドさん。ドッグ・アコンさん。

 私の名前、ソラナ・ギフトと申します。

 本日は御足労いただき、誠にありがとうございます」


 ……これが、神?


 俺にあったのはそんな疑問だ。

 目の前で頭を下げている女性が。

 常に高圧的で服従を強制するような奴らなのかと。


 「では、話し合いの場所に案内します」


 白宮神殿の中に入る扉が開かれる。


 その瞬間に鳥肌が立つほど気温が下がったような気がした。

 喉も唇もどうしようもなく乾いている。

 しかし、神の言った言葉には抗えず、俺とドッグは白宮神殿の中へと足を踏み入れた。


 中は白い壁と床と天井。

 暗い廊下ではあるが別次元の綺麗な廊下が続いていた。

 

 「すいません。分け合って明かりがつけられ無いので足下気をつけてください」

 

 とは言うが、気をつけるものもない。

 しかし、神は周りをキョロキョロとしながらおぼつかない足取りで廊下を歩いている。

 どこに向かってかと思ったが見えた扉のノブを掴んだ。


 「ここです」


 開けられた扉。

 そこから白い光が漏れ出している。

 入るとそこには白い机と椅子が四つ。

 天井には白い棒が光を放っており、他には扉がついた箱が複数置いてある。


 「どうぞ、おかけください」


 言われた通りに席についた。

 ありがたいことに俺達が扉側。

 敢えてそうしたのかはわからないが。


 「この度は私のお願いを聞いていただきありがとうございます」


 それに対してドッグが口を開く。


 「いえ、俺たちの環境を改善してくれるというなら感謝は俺達がするべきです。

 本当にありがとうございます。」


 俺とドッグは頭を下げた。


 「それで、環境の改善とは?」


 基本的には鍛冶場で目上の人とよく話すドッグが会話をするように決めてきた。

 ドッグ意外とあまり話さない俺は神の怒りを買ってしまう恐れがあるからだ。


 「私から提案させていただきますがそれは私達が客観的に見て、シンスの方々の不足していると感じたものです。

 間違った支援だと感じたなら遠慮なく言ってください」


 「わかりました」


 「では、最初に装備が不足しているのではと私は考えました。

 理由は省かせて頂きますが現状、十階層前後でほとんどの工員が停滞しているのが現状です。

 それを更に二十階層前後に引き上げるための支援としてまずは貴方達に必要な装備の材料を提供させてください」


 それを聞かされた時正直驚いた。

 目立つ、末端の一番ひどい冒険者の状況から水や食糧の提供をしてくるかと思っていたからだ。

 だが、それなら俺達にこの対話を持ちかけて来たのも納得がいった。

 明らかに食糧に困っていない俺とドッグ。

 神は更なる魔石の納品か他に何かを求めてる。


 「それで、俺達は何をしたらいい?」


 「今よりずっと多くの質の高い魔石の採掘をお願いします。

 この協力に貴方達には命を事実上賭けていただくことになります。強制はしません。

 ですが、もし協力していただけるのなら手付金としてコレをお渡しします」


 机の上に重々しい音を響かせて置かれたのは真っ黒な石だった。


 「……黒縄石こくじょうせき


 ドッグが驚いた顔でそう呟いた。


 「はい、鉱石の中では最も頑丈な鉱石です。

 私達の中でも最高級のナイフに使われる石となっています」


 「シン!」


 わかってる。

 ドッグがそんな感情剥き出しの顔をしている時なんてそう見たことない。

 余程、貴重な鉱石である事も今俺たちに必要な物だともわかっている。

 しかし、腑に落ちない点がある。

 神は今“私達の中でも最高級”であると言った点からそう何個も用意できる物じゃない。

 シンスの環境改善ならこんな高い物ではいけないはずだ。釣り合いが取れない。

 本当の狙いがわからない。

 俺たちにコレを渡すメリットはなんだ。


 神なのだから黒縄石を無限に用意できるのかもしれない。

 しかし、ドッグの反応から希少な石である事は間違いない。

 不明な点が多すぎて答えには辿り着けそうになかった。


 「神の貴女に聞きたい。

 本当の狙いはなんですか?

 これを俺達に渡すメリットが見当たらない」


 この質問で神が気分を害したら俺達はこれを手に入れる事ができない。

 しかし、それでも分からない状態でコレを受け取る方が恐怖に思えた。


 神は沈黙し、下を向いた。

 しかし、強張ってはいたが顔はすぐに上がった。


 「正直に申しますと貴方達、シンスの環境はこのまま変わる事がない可能性がとても高いです。この国は貴方達の待遇を変える気はない。

 私はそれが許せない。

 だから、私は待遇を変える為に貴方達に結果という数字を求めています。

 シンス達の装備や支給物資で潤沢であればこの国に沢山の利益があると証明してはいただけませんか?」


 「そう言う事でしたか」


 どうやら、神の国というのも大変らしい。

 目の前にいる神の国は魔石の採掘量を増やす事を求められている。

 しかし、国は装備の供給で採掘量が増えるかどうか疑問に思っているから大きな結果を見せ、踏み切らせたいと言ったところか。

 だから、この黒縄石。

 俺達が結果を示した以降は二十階層でもギリギリ戦える装備提供になる事が目に見える。

 今は高額なリアで買える鉱石も買えなくなる恐れもある。

 

 「少し、提案に変更をお願いします」


 「なんでしょうか?」


 「素材の提供はいりません。

 俺達が手に入れた素材を一部をそのまま渡してください。それだけで十分です。

 装備に使う素材以外は全て、魔石も貴女達にお渡しするつもりです。

 それでどうですか?」


 お互いに利益はあり、多くは神側にメリットがあるはずだ。


 「そんな事でいいんですか?」


 目の前の神は拍子抜けしたような顔をしていた。


 「はい」


 「わかりました。

 そうさせていただきます。

 また、決定しましたら同じように手紙で報告させていただきます。

 ですがそちらの鉱石は手付金として受け取ってください。

 私の手元にあっても仕方のない物ですから」


 「ありがとうございます。

 ありがたく受け取らせていただきます。

 よかったな。ドッグ」


 「……ぉ、おお!」


 ドッグが嬉しそうな顔でその石を見つめ、大事そうに両手で握りしめた。


 「では、これで」


 「はい! この度は本当にありがとうございました!」


 俺達は黒縄石を手にして、白宮神殿を後にした。


 「いい神だったな」


 「……だといいな。

 それで、それをナイフにできそうか?」


 「一本分はな。

 明日一日中こもって仕上げる」


 「頼んだ」


 あの神との協力内容がそのまま通ればかなりダンジョン攻略が進むはずだ。

 順調に進んでいく事を願って帰路についた。

 

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