第11話 交渉準備

 私は制服に着替え、勤務前に一息吐こうとお茶を入れて、椅子に座った。

 昨日、手紙を渡して良かったのだろうかと胸の内で不安が渦巻いている。


 もっと、彼らの情報を集めてから渡した方が良かったはず。

 あの場の情報だけでするべき行動じゃなかった。


 お茶の水面に僅かに映る不安そうな表情。

 なんて表情をしているのだろうとため息が溢れた。


 「昨日の例の二人の納品物見たわよ。

 黒粘土にマナメタル。大きめの魔石が一つ。

 凄すぎ、止まる気配ないよ」


 「本当にね。台の上に置いてあるもの見て私もビックリしちゃった」


 シン・レコンドとドッグ・アコンが台に黒い土の塊を置いた時は正直焦った。

 すぐに簡易成分検査キットで検査すると本物の黒粘土。

 高級住宅に使われるような貴重な素材。

 更にマナメタルまで。

 到達階層は七階層に更新。

 功績を見比べたらレベル二相当。

 稼ぎ出している金額もそこと同等だ。

 しかし、初めての負傷が見受けられた。

 腕には焼けた傷跡が痛々しくあり、服の袖がなくなっていた。

 更に武器の破損から見ても相当無理をした可能性がある。

 

 「それでね。私、交渉の申し出の手紙を彼らに渡した」


 「手紙を渡した!?」


 「本当にごめん!

 相談なく渡しちゃって!!」


 彼らに手紙を渡した事を伝えるとエリーは驚いた表情をしていた。


 「なんで、昨日?」


 「うん。昨日、二人が鉱石を渡したがらなかったのとナイフが壊れてたから。

 タイミング的にこの日かなって思って」


 鉱石を渡したがらなかったのは装備の不足が原因だと勝手に予想付けた。


 「はぁー。それで交渉はいつ?」


 「明後日」

 

 「はや!」


 「早い方がいいと思ったの。

 日を空けてはいけないと思ったから」

 

 装備が不足していても、日を開ければ彼等ならすぐに揃えてしまうだろう。

 それに、こちらの交渉の手札も決して多くはない。

 こちらが取れる交渉の手札は武器となる素材を段階的に供給する事。

 まとめて、大量に渡して逃げられては話にならない。

 金銭もある程度なら供給可能。

 心許ないが手札はこの二枚。


 「わかった、交渉の準備は?」

 「……大丈夫、だと思う」


 内心は不安だ。

 二人が来るかもわからない。

 来ても断られるかもしれない。

 これまで、私達のしてきた事に対して怒りをぶつけられるかもしれない。

 ナイフを突きつけられ、最悪なことが起きる事だって考えられる。

 考えれば考えるほどに不安は募っていく。

 しかし、その不安は彼らが受けてきた痛みからすれば比べるだけ失礼だ。


 「身を守る手段は?」


 「いらない。

 それは彼らに失礼だから。

 下手に刺激も与えたくないしね」


 「マジで言ってる?

 国の上層部からしたら凶悪犯罪者より危険な部類に指定されてる人達よ」


 「それは彼らも一緒よ。

 私たちは幼少期から痛みを与えてきた危険な存在として思われているはず。

 立場は同じ、だからね、エリー。

 交渉の場に貴女は来なくていいわ。

 ここからは私とお父さんの戦いだから」


 最悪な事態になっても、私だけで済むと口では言っても内心は一緒にいて欲しい。

 勇気を持って発した言葉だった。


 「はいはい、わかった。

 私は彼らに恐怖の目を向けてしまうだろうし、交渉の場には邪魔よね。

 出入り口付近で他の人が来ないように見張ってるわ」


 だから、彼女がすんなりと私の意見を受け入れてしまったことに胸の内が鈍く傷んだ。

 同時に納得してくれて良かったとも思った。

 私の思考と感情は統一感を持って動いてはくれない。


 あーあ、本当に情けないな。


 「それで、必要なのは明後日の白宮神殿のスケジュールよね。

 まあ、変わり映えは何もしないでしょうけど」


 プリンターが動き出す。

 弾き出された紙には全体のシフトが書かれていた。

 いつも通りの勤務時間と別々に入る休憩時間が記載されている。

 それで問題の終業時間も変更は無し。

 特に施設のメンテナンスといった通達も受けていないから問題は無いはずだ。


 「交渉場所は?」


 「採掘管理人の更衣室を借りようと思う。

 あそこは深夜には誰も立ち入るような場所ではないだろうし」


 「まあ、あそこしかないか」


 シンスの街に出る扉から最も近い部屋。

 あそこで働く人達がいつも就業時間を終えるのと同時に足早に帰宅しているのは知っている。

 ただ、あそこには彼らと関連のある神としての服が置いてある。

 白い服と無骨な仮面。

 事前に隠すこともできるが部屋に変化はなるべく与えたくは無い。

 

 「見周りの人は白宮神殿を閉じてから2時間後に巡回開始。

 上手くいけば十分な時間ね」


 「交渉物は私のカバンに入るから大丈夫として、服はどうしようかな……」


 ちゃんとした服は彼らに威圧感を与えないか。話しやすいように少し崩れた服装で行くべきか。

 

 「別にその制服でいいんじゃない?

 逆に変な服装で行って、怪しまれたらそれこそ交渉どころじゃないでしょ」


 「それもそうか」


 まだ、今日と明日で準備する時間はある。

 なのに既に緊張で息が苦しい。

 時刻を見るとそろそろ白宮神殿に行かなくてはいけない時間だ。

 悩んでいても仕方ないと立ち上がり、白宮神殿へと向かった。

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