ラストミッション

「君が大学に来るとはね」

正彦は研究室を訪ねてきた女性に言い放った。

「下槻さん。私は素晴らしい情報を手に入れました。今週の日曜日。この場所にこの時間に来てください。あなたのプラズマ説は完全に否定されますよ」

朝美はとても強気に言った。朝美の通う大学からはかなりの距離があったのだ。疲れと苛立ちはマックスだった。

「丹波さん。もしかして、地球外生命体と交信して、この場所を教えて貰ったとか言い出さないよね」

「それは半分正解です。私が交信したんじゃなくて、ある人物が交信と言うより、傍受して情報です」

下槻はあまりの杜撰さに笑いを堪えていた。

「いいでしょう。その日は私も暇だ。お遊びに付き合うとしよう。もしプラズマが発生しても泣いたりしないように」

「下槻さんこそ、もしミステリーサークルが本物なら今までのテレビや新聞の意見は全て撤回して貰いますからね」

二人はまたしても論争の火花を散らすと、素早く背を向けあった。



「勇さん、それは俺が運びます!信作さん、メジャーはもう運んであります。弥生さんは見張りいつも通りお願いします!」

今日、人一倍威勢がいいのは壮太だった。

「壮太くん。やたら張り切ってるな」

そうだが、走って荷物を運ぶのを見守りながら勇が弥生に言う。

「あれは恋の力よ。女性と上手く行ってるんじゃないかしら」

だといいが、にしても壮太は元気だった。


今回の依頼のミステリーサークルは中規模で、初仕事のミステリーサークルに近い図形だった。

なので1時間もかからず完成する予定だった。

実際、信作はかなりのハイスピードで杭を刺し、勇と壮太は左右それぞれから正確に線を引き、地面を掘った。

砂浜という事もあり、足跡が残らない用に入念にチェックし、そのチェックには弥生も立ち会った。

「よし、完成だ。明日にはまたニュースかもしれないな」

信作が言う。壮太は何故か時計を気にしてキョロキョロしている。

弥生は静かにサークルを見つめていた。

「とりあえず車に戻りましょうか」

壮太の呼びかけに三人は荷物を車に運んだ。

しかし、弥生がサークルの前から動かない。

「どうした弥生!帰るぞ」

勇の呼びかけにも反応はなく、三人はサークル近くに戻った。

その時、少し離れた場所に二人の人物の輪郭がうっすら見えた。



「さて、そろそろ時間だな」

正彦は時計を確認し、朝美とともに砂浜に歩いている。

「ほら、あそこに車がある。たぶん壮太さん達よ」

朝美は大黒建設の車を発見し、次に人影が四つあることに気がついた。

「見てくださいよ!たぶんあの四人がいるところにミステリーサークルがあるんだと思います」

正彦は常に懐疑的だった。

「私には、これから大黒信作がプラズマ発生装置を起動させると思うがね」

しかし、その言葉を全く聞かずに朝美は四人組に接近しようとした。



「弥生どうした」

勇は再度呼びかけ、三人はサークルと弥生に近づいた。

「このサークル完璧ね」

弥生は感情のこもっていない声で呟くと、流木をひとつ広い、サークルの近くに何らや描き始めた。

「何書いてるんすか」

壮太が覗き込んだ。しかし、壮太は動きを止めた。

勇と信作も覗き込んで、息が止まるような思いだった。

「弥生、なんだこれは」

勇がそう言うのも仕方がない。弥生は砂浜に記号とも言えない、文字とも言えない不思議な物を描き始めていた。

ハングルのようにも見えたが、アラビア語のようにクネクネとしている。

また、右側から順に書いている。これは一体何なのだろう。

三人の思考は完全に停止寸前だった。

「弥生さん。もしかして、宇宙人の文字みたいなのを書いてるんですか。UOからの指示がないのにまずいですよ」

壮太が場の空気を帰るために声を出した。

そして、壮太は後方で朝美とかなり前に会った下槻正彦が近づいて来ることに気づいた。

「違うわ。感謝の言葉よ」

相変わらず感情のない弥生の声。

一通り文字を書き終えると、弥生は何故か真っ黒な封筒。おそらくUOからと思われる物を取り出した。

「なんてを弥生さんが持ってるんだ。勇、渡したか」

信作が震える声で言う。封筒を指さす手は震えている。

「これは今まで、月島勇、大黒信作、星野壮太の素晴らしい仕事に対する感謝状である」

手紙を読み上げ始めた弥生の声はもう人間の声とは違っていた。

時に低く、時にかすれ、時に震えている。

「三人の仕事ぶりには感動した。しかし、世界中で模倣的ないミステリーサークルが制作され、メディアにも十分取り上げられた。そろそろ終局である。今日で任を解く」

その時、空が光り。円形の物体がサークルの上空50m程の場所に現れた。

それは、風を巻き起こし、三人は驚愕した。

「これまで、三人が行ってくれた仕事は我々にとって重要な役割を果たしてくれた。我々が日本の調査を行うにあたり、地球で言うヘリポートの役割を果たし、また我々の着陸痕跡をカモフラージュする意味もあった」

勇は焦っていた。

弥生がどこかにいなくなってしまうと感じたからだ。

「待ってくれ、弥生。やめてくれ」

強い風圧と光の中で勇は叫んだ。



「下槻さん!来ましたよ!見てますよね」

朝美は興奮が抑えられない。下槻の肩を揺らし、全力で呼びかけている。

「嘘だ。こんなこと、信じないぞ。これは夢だ。これは夢…」

正彦はこの自体にこれまでの概念をひっくり返されて、同時に全ての理論が崩壊した。

「未確認飛行物体。やっぱり存在したんだ」

朝美は神でも崇めるようにその場に膝をついた。

「あぁ。とても美しい、とても素晴らしい」

正彦は正気を失い立ち尽くした。

朝美は目を限界まで開き、全てを瞳の中に収めようとしていた。

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