元商売敵

「勇さん。さっきのお客さんは誰だった」

弥生が現れた。勇は、素早く封筒を作業着のポケットに押し込むと、返答に困った。

最近話題のミステリーサークルを作る仕事をもらった。とは言えない。

手紙にも、他言無用とまではいかないが世間に知られるなという内容があった。

ここは、適当な事を言って誤魔化すことにした。

「ああ、大黒だよ。また、米の品種がどうこうって文句をつけてきたよ」

大黒信作は勇にとっては商売敵だった男だ。

彼も農家を引退しているが、未だに米作りの相談や、販売価格について文句を付けてくる男だった。

「大黒さんね。仲良くしてくださいよ。元々は学校も一緒だったんでしょう」

「昔の話さ。さあ、昼飯にしよう」

勇と信作はそれぞれが家業の農家を継ぐまでは仲も良かった。

しかし、それ以降はなんとなく敵対心が湧いてしまい、今では立派な敵だった。

そんな事は忘れようと思い。勇は冷やし中華をすすった。


「勇さん。大黒さんから電話よ」

未知の手紙がUOから届いてから、数時間後に本当に信作から電話がかかってきた。

弥生が取り継ぎ、勇はめんどくさいと思いながらも電話に出た。

「もしもし。なんだ急に」

「その。実に困ってるんだが」

信作はいつもの威勢がなかった。本当に困っているのだろう。

「俺で良ければ手を貸すぞ、しかし販売価格について文句を言わないという約束もしてもらうが」

勇はここぞとばかりに強気な態度を示してみた。

「大きな声じゃ言えんのだ。今日な、黒い封筒が届いて…」

信作のその言葉を聞いた瞬間、作業着のポケットの中が熱くなった気がした。

「おい。信作もか、もしかしてUOからか」

「話がはやいな。じゃあ協力者って言うのは勇の事だったのか」

二人は言葉を多く交わすこと無く了解した。

つまり、信作もUOから手紙を受け取っており。協力者の存在は知っていたが、誰かは分からずら暇そうな勇に手伝って貰うために電話をかけると、勇もUOからの手紙を受け取っていたということである。

「信作。やるのか」

「もちろんだ。上手くやれば100万だぞ。既に50万は貰ってる。やらない手はないね」

信作は金が好きだった。欲望に忠実なのだ。

「分かった。俺も手伝うよ。さて、いつ作る」

「今週は忙しいな。夜がいいだろう。日曜の夜なんてどうだ。農家仲間と飲みに行くと言えば奥さんも許可してくれるんじゃないか」

信作は農家だけではなく、建築関係の仕事もしていた。

それなりに予定があるのだろう。

「分かった。弥生にはそう言ってみるよ。じゃあ次は場所だ」

しかし、場所について二人は揉めた。

テレビで見たようなサークルを作るには、広い土地が必要だ。

さらに、田んぼならせっかく育てた稲を踏みつけることになる。

少し離れた土地の知らない農地にしようにも、サークルを作られた農家の気持ちになったらそれもはばかれた。

結局折れたのは勇だった。

「うん。わかった。俺の田んぼで稲が病気になった場所がある。そこにしよう」

「いいのか。じゃあそこにするか。ちなみに人通りは多くないよな。見つかったらまずい、100万がパァだ」

「その点は大丈夫なはずだ。近くは農地ばかり、あとは建設中の民家があるだけだ」

勇は今日その田んぼを見てきていた。なので正確に周辺の様子を思い出せた。

「よし、時間だが、9時頃に俺は家を出る。少し居酒屋で時間を潰して11時頃から作り始めようか」

信作の脳内では様々なことが順序立てて考えられているのだろう。

とてもハキハキしていた。

「分かった。俺もそうするよ」

勇は忘れないようにメモを取ると、そのメモを黒い封筒と同じポケットに入れた。

そして電話を切った。


来る日曜日の夜。

弥生に農家仲間と飲みに行くと告げると、9時少し前に家を出た。

弥生は勇が飲みに行くことなど珍しいと思ったのか、色々質問してきたがなんとか回避して家を脱出した。

ちなみに、道具や銀行口座を書いた紙は田んぼ近くに準備してある。

弥生に告げた通り、勇が知っている数少ない居酒屋のうち一軒で時間を潰すと、11時少し前に田んぼに向けて出発した。


「勇。来たな。さっそく始めるぞ」

信作は農家時代より明らかに太っていた。

しかし、農家の腕は本物だ。道具の持ち方と、作業着の着こなしがそれを物語っている。

「意外と難しい形だったが大丈夫か。今夜中に完成するのか」

勇が疑問をぶつけると、信作は懐中電灯で田んぼを照らした。

「見てみろ。杭でマークを作っておいた。あのマークの内側だけ稲を倒せば図面通りになるはずだ」

信作の準備の良さに驚いたが、信作は昔からそういう男だ。

二人は無言で作業に取り掛かった。


最初は無言だった二人も、途中から職人魂が疼いてきた。

「勇!内側から倒さないと不自然だろ」

「信作こそ。足跡が残りすぎだ、消しとけよ」

まるで子供のように、互いを注意しながら作業は続いた。

40分程でサークルは完成した。

出来栄えはなかなか良かった。

「よし、最後にこれだ」

信作はニコニコしながら銀行口座を書いた紙をサークルの中心に置いた。

「よろしく頼みますよ」

信作はそういうと、神社にお参りするように手を合わせた。

勇もそこに紙を投げると「帰るぞ」と信作を引っ張った。

もちろん、足跡を残さないように慎重に、誰にも見つからないように素早くだ。


「おっと忘れてたぜ。勇、そこの脚立を取ってくれ」

勇は脚立を渡すと、信作はそれを組み立てて頂上に登った。

ぐらついたため、勇が脚立を抑える。

すると、信作はカメラでサークルを撮影し始めたのだ。

「おい。何してる!」

勇はまずいと思った。作った証拠は残すべきではないと考えていた。

「いやいや。記念だよ。孫が大きくなったらあいつにだけは教えてやるんだ。もちろんバレないようにするぜ」

勇は心配ではあったが、信作の孫はまだ2歳程だ、20歳になる頃には信作はボケるか、死んでいるだろう。

特に心配する事はないかもしれないと自分に言い聞かせて信作と話すのをやめた。


「いやー。爽快だな。農業にはない緊張と興奮があるぜ」

そういう信作の横顔は10歳は若く見えた。

「俺も若返ったかな」

勇のつぶやきを聞き逃さなかった信作は勇の顔をじっと見つめると「男前になったぞ」と適当な事を言った。

二人は帰宅した。



「まじかよ。ミステリーサークルって人間が作ってんのかよ」

その青年は勇と信作のミステリーサークル制作の一部始終を見てしまった。

田んぼの中に現れたミステリーサークルは完成度が高く。

最近テレビや雑誌で見るものにそっくりだった。

青年は、建設中の建物の足場から降りた。

青年は日曜の夜。仕事がない日にこうして夜空を見上げるのが好きだった。

しかし、今日はずっと眼下に広がる光景を見つめていた。

近所の老人二人が、ミステリーサークルを作る職人だったとは。

青年は秘密を胸にしまい、明日二人に話を聞こうと思った。

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