74.招かざる援軍

「うおおおおおおお!!!!」


 アンナから解放され自由となったロレンツはまさに血を求める修羅のようであった。

 右手に持った漆黒の剣をひと振りすれば周りにいた者達がバタバタと倒れ、恐怖で混乱した兵士達は逃げることも戦うこともできずに慌てふためく。



「や、やべえ!! 殺されるっ!!」


 最強を誇るネガーベル国軍。

 たったひとりで戦局を変えられる男を目の当たりにし、さすがの彼らでも『決して戦ってはならぬ相手』がいることを実感する。



(はあ、はあ、はあ……)


 だがそんな最強の男も身を焼くような激痛に体の感覚がなくなりつつあった。



『呪剣の過使用』


 圧倒的破壊力を持つ呪剣は、その代償を使用者に求める。

 最後まで右手甲に残った黒の模様は既に擦れてしまっており、ロレンツが暴れるその姿はまるで最後に死を招いて微笑む死神のようにも見えた。




(ロレンツ……)


 そんな命を削りながら敵に立ち向かうロレンツをアンナだけが心配そうに見つめた。

 そしてたったひとりでエルグ本陣に斬り込む姿に勇気づけられ、アンナの周りにいたキャロルの兵士達も後方にいる部隊へと突撃を開始する。



「アンナ様は~、ここから動かないでくださいね~」


 アンナの横には聖騎士団副団長キャロル。ネガーベル軍ナンバー2が護衛を務める。



(私、また守られるだけ……)


 アンナはひとり命を削りながら敵と戦う銀髪の男を見て、何もできない自分を強く呪った。





(なんだ、一体何なんだ、あいつは……)


 ネガーベル軍の後方でロレンツの戦いを見ていたエルグは青い顔をしてそれを見つめた。

 最強を誇ったネガーベルが、たったひとりの男にまるで歯が立たない。すでに半数以上が倒され、残った兵士達も近付くだけで倒される修羅のような男に震えて動こうとしない。



「ぐはっ!!!」


 しかし突然そのロレンツが片足を地面につき、激しく吐血した。



(!!)


 遠くで見ていたエルグ。

 ようやくその時が来たのだと確信する。



(待っていた、待っていた!! あの剣の使い過ぎであいつが自滅するのを!!!)


 喜ぶエルグに更に吉報が届く。




「あれ? あれは何だろうね~?」


 アンナを守っていたキャロルが、遠くから舞い上がる粉塵に気付き目を凝らす。



「あ、あれって、まさか!?」


 アンナがその軍隊に掲げられた国旗を見て驚く。



「あれは、マサルト軍!!??」


 アンナの顔が絶望に変わる。




「来た来た来た来た!!! やっと来たか、盟友ゴードン!!!」


 エルグはようやく訪れた援軍の姿を見て安堵の表情を浮かべる。

 なぜわざわざロレンツ達を城外へ逃がしたのか。

 それは広い荒野でネガーベル軍とマサルト軍での挟撃、その軍の数をもってロレンツを潰すためであった。その最も相応しいのがこの場所。すべてエルグの算段通りであった。




「いたぞーーっ!! あれこそ国賊ロレンツ!!! 裏切者を叩き潰せ!!!!!」


 マサルト軍を指揮するのはもちろんゴードン歩兵団長。

 ロレンツに対して積年の恨みを持つ彼は、最初にエルグにこの計画を持ち掛けられた時ふたつ返事でそれに応えた。



(忌々しきあの男をここで葬る!! 殺す殺す殺すっ!!!!)


 妬み。恨み。国王からの𠮟咤。ネガーベルで受けた屈辱。

 そのすべてがゴードンの原動力となっていた。狙うは銀髪の男。利害が一致したふたりは軍を私物化し、己の恨みの為だけに動いた。




(くそ、マサルト軍だと……)


 激しい吐血をしたロレンツは、右手から粉塵を巻き上げて突撃してくる新たな敵軍を見つめた。体を切り刻むような激痛。眩暈、立っているだけでふらつき、焦点もままならない。



「人気者は辛いぜ……」


 ロレンツはまるで自分の生気を吸って更に黒光りしているような漆黒の剣を片手に立ち上がる。



(呪剣……)


 ロレンツは気力を振り絞りその新たな敵へと突撃した。






「早くこちらへ!!」


 一方、イコ達がいるネガーベル王城ではミセルがイコの手を引き、王城地下にある避難用シェルターを兼ねた大きな部屋へ向かっていた。難攻不落のネガーベル王城だが、有事の際にはこの地下シェルターへ貴族が逃げ込む。先の【赤き悪魔】襲来の時も多くの貴族はここへ避難していた。



 ドオオオオン!!!



「きゃあ!!」


 ちょうどその地下シェルターへ逃げ込んだと同時に、王城自体が大きな音を立てて揺れた。ここは安全のようだがこれまでに経験のないような強い衝撃。何が起こっているか分からないが、ミセルの話が本当ならば黒い巨大な竜が襲来していることになる。



「ここなら大丈夫よ。安心して」


 ミセルの声を聞きミンファがイコをぎゅっと抱きしめる。

 非常用の明かりを灯し、換気口を開く。そしてそれからすぐに大勢の貴族達が避難してきた。皆青い顔をして震えながら異口同音に言う。



「真っ黒な巨大な竜が、城を襲って……」


 リリー達は絶句した。

 既に城は半壊しているらしい。止むことのない激しい衝撃と破壊音。あのまま居たら本当に死んでいたのかもしれない。

 皆が震えながらそれが過ぎ去るのを待ち、しばらく経って静かになってから恐る恐る外へ出た。



「なに、これ……」


 そこには美しかったネガーベル城の姿はなく、半壊し見るも無残な姿に成り果てていた。






「うおおおおおおお!!!!!」


 ロレンツは叫び声と共に向かって来たマサルト軍に突撃した。



「ぎゃああ!!!」


 ネガーベルに比べれば装備も劣り、貧相な軍。激痛で立つこともままならないロレンツに近付くこともできず蹴散らされる。



「がはっ!!!」


 だがしかし、その体にかかる負担は既に限界を超えており、口から大量の血を吐くロレンツは誰が見てももう戦える状態ではなかった。それを見ていたゴードンが叫ぶ。



「くそくそくそっ、何なんだ!!! お前ら、行け行けっ!!!!」


 気迫溢れるロレンツを前に、士気も低いマサルト軍はすっかり尻込みしていた。ゴードンが思う。



(あとひと息、あとひと息で奴を叩けるのに!!!!!)


 ゴードンが地団駄踏んでいると、同じくそれを見ていたネガーベル軍の大将が叫んだ。




「国賊ロレロレ!!! この私が正義の鉄槌を下すっ!!!!」


 聖騎士団長エルグは腰に携えていた銀色に光る剣、白銀の剣を抜き天に掲げる。そして気合と共に血を吐き片膝をつくロレンツへと突進した。




「ロレンツーーっ!!! ロレンツーーっ!!!!」


 キャロルに守られるようにその『護衛職』を見つめていたアンナが、涙ながらにその名を叫ぶ。もう無理。一緒に居た時間が長いアンナだからこそ、彼の体の悲鳴が手に取るように分かった。



「お願い、もう止めて!!! もう止めてよおおお!!!!!」




 ガン!!!!


 エルグの白銀の剣と、ロレンツの漆黒の剣がぶつかり合う。



(弱ってる!!!!)


 エルグは強い瘴気を感じながらも、以前のような圧倒的に強いロレンツではないことを実感する。



「はああああ!!!!」


 ガンガンガン!!!!


 休むことなく打ち込まれるエルグの剣。

 ロレンツもそれを後退しながら受けて行く。



(行けるっ!!!)


 そう思ったエルグが渾身の一撃をロレンツに打ち込む。



「はあああ!!!!」



 ガン!! カキン!!!!



 エルグは固まった。

 その手にはジンジンと痺れるような感覚だけが残っている。持っていた剣は半分に折られ体が震える。



(黒破漸!!!!)


 そして目の前に迫る黒き衝撃。

 大きな爆音と共に、全く成す術なくエルグはその衝撃波によってはるか後方へと吹き飛ばされた。




「うごっ、ごほっ、ごほごほっ!!!」


 吹き飛ばされ自軍の真ん中で横たわるエルグ。

 至る所の骨が折れ、口からはロレンツ以上に大量の血が溢れる。



(痛い、痛い痛い痛いっ!!!)


 エルグは全く動かない体を震わせながら涙を流す。一体何が起こったのか理解できないほど一瞬の出来事。あれほど弱っていたはずのロレンツが何をしたのかも分からない。



「エルグ様、エルグ様っ!!!!」


 慌てて周りの兵がエルグに集まり肩を貸す。



(くそ、くそ、くそっ!!!!!)


 悔しがるエルグだったが、それ以上に体に植え付けられた恐怖は大きかった。そして直ぐ様自分の首に手をやり『落とされていない』ことを確認。生きている安堵から涙が溢れた。

 そんな彼に更なる凶報が告げられる。



「エ、エルグ様、大変です!!!!」



 抱きかかえられたままのエルグが首だけそちらに向ける。報告にやって来た兵士が言う。



「ネガーベル王城に真っ黒な竜が襲来。王都や城を破壊しこちらへ向かっているそうです!!!」


 エルグは驚きながらそのはるか後方の空に見える黒い点を震えながら見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る