64.ロレンツ拘束される!?

 ジャスター家主催の『昼食会』。

 キャスタール家も招待されたこの食事会に、アンナは侍女のリリーと『護衛職』のロレンツを連れて参加した。

 多くの人や豪華な食事が並ぶ中、アンナは適当なテーブルを見つけてリリーと一緒に座る。ロレンツはそんな彼女を見守る形で傍に立つ。



「……」


 大きなテーブル。

 リリーとふたりで座るには少し大き過ぎる。アンナがリリーに小声で言う。



「ねえ、リリー」


「何でしょうか」


 リリーが内緒話だと思い耳を傾ける。



「その男に座るように言って。ふたりじゃ広すぎるわ」


「……」


 眉間に皺をよせアンナをじっと見つめながらリリーが答える。



「そんなことアンナ様ご自身で言われたらどうですか。すぐ傍にいるのに」


「だ、だって……」


 そう言う声が徐々に小さくなる。


「何を怒っていらっしゃるのか知りませんが、いい加減仲直りしてください。これでは彼も護衛の仕事ができません」



「……」


 アンナはこの自分より幼いツインテールの女の子は、やはり小さな姑であろうと思った。アンナが前を向いたまま独り言のように言う。



「あー、そこの銀髪の人。イスが余っているから座ってもいいかなー、なんて……」


 冷たい視線のリリーが言う。


「何を訳の分からないこと仰ってるんですか。ちゃんと言ってください」


 むっとした顔になったアンナが少しだけロレンツの方を向いて言う。



「わ、分かったわよ。あなた、黙ってそこに座りなさい!」


 少し間を置いてロレンツが答える。



「いいのか?」


「ふんっ! 知らないわよ」


 アンナは腕を組んであらぬ方を向いて答える。



「じゃあ、遠慮なく」


 ロレンツはそう小さく言うと椅子に座る。



 無言。

 ロレンツとアンナの間に座る形となったリリーがため息をつく。


(どうしてアンナ様はもっと素直になれないのかな……)


 一緒にいる時間が長いだけアンナの無理が良く伝わるリリー。無理して自分を偽っている姿がとても痛々しく映る。




「見ろよ。あれがスパイって噂の『護衛職』だぜ……」

「本当だ。よく見ると悪人そうな顔してる……」


 そんなリリーの耳に周りの貴族の会話が聞こえた。



(マサルトのスパイだって噂が流れている……)


 ほぼ自室に閉じ籠っているアンナはあまり知らないが、ロレンツの出自のせいか良くない噂が最近広がっている。

 ロレンツも貴族である以上、決定的な証拠がない以上いきなり拘束はないが、これにジャスター家が絡んでいる様であれば気をつけなければならない。




「皆さん!! 今日はお忙しいところ、ようこそおいで下さいました!!」


 リリーがそんなことを考えていると前方にあるジャスター家のテーブルの近く、小さな台に乗ったガーヴェルが皆に挨拶を始めた。日に焼けた肌に白髪のオールバック。鋭い眼光で来賓達を捉える。



「ただ、そんな素晴らしき昼食会ですが、皆さんに残念なお知らせがございます」


 思ってもみなかった話の流れに騒めき始める貴族達。ガーヴェルが皆を見つめて言った。



「このネガーベルの同志の中に、裏切者であるスパイが交ざっています。それは隣国マサルト王国のスパイで、そこに座っている……」


 アンナ、そしてリリーは『しまった』と思った。ガーヴェルが大声で言う。



「姫様の『護衛職』、ロレロレである!!!」



「おお……」


 ガーヴェルに指差されたロレンツが面倒くさそうな顔をしてそれに応える。皆の視線がロレンツに集まる。すぐにリリーが立ち上がって言った。



「待ってください!! マサルト王国とは同盟を組んだはず。なのになぜスパイになるのでしょうか??」


 リリーの質問に、ガーヴェルの傍にいた息子のエルグが答える。



「確かに今はマサルト王国と同盟を結んだ。ただロレロレがスパイ活動をしていたのはその同盟前の話。ネガーベルの機密情報を漏らした容疑が掛けられている。無論証人もいる。もう逃げられない」


 エルグの話を聞き一段と貴族達が騒めき始める。アンナがバンッとテーブルを叩いて立ち上がって言う。



「そんな訳ないでしょ!! 証人って何よ!? そんなのでっち上げでしょ?? ふざけないでっ!!!!」


 少し前まで『氷姫』と呼ばれていたアンナ。

 その彼女がこれだけ大勢の前で感情剥き出しで叫ぶ姿に、そこにいた貴族達が驚いた。



「まあ、お見苦しいこと。皆さんの前でそんな大声を上げて。おーほほほほっ」


 そこに現れたのはジャスター家の令嬢ミセル。

 怒りで顔を赤くするアンナと対照的に余裕の表情で笑みを浮かべている。アンナが言う。



「どういうことよ、これは!!」


「どういうことも何も、残念ながらロレロレ様にその様な容疑が掛かったまでのこと」


「証人は誰なんですか?」


 リリーが真剣な顔で言う。



「それはお答えできませんわ。今私の口からは」


 余裕のミセル。そしてロレンツの前に来て言った。



「申し訳ございません。ロレロレ様。少しだけ私と一緒に来て頂けますか」



「ま、待ちなさいよ!!」


 アンナが大声で言う。ミセルは近くに居た自分の『護衛職』のキャロルから一通の書面を受け取り、それを見せて言う。



「これが拘束状ですわよ。法に従ってやっていること。何か問題がおありで?」


「くっ、そんなものまで用意して……」


 アンナが悔しそうな顔で言う。キャロルがロレンツの腕を持ち立ち上がらせると、甘い声で言った。



「ごめんね~、ロレロレぇ。ちょっとの辛抱だから一緒に来てね~」


 武力では決して敵わない相手。

 だから皆の前で、法の力を借りて拘束した。ロレンツが仕方なさそうな顔でアンナに言う。



「少し出掛けてくる。嬢ちゃんは部屋に戻れ。絶対に俺が戻るまで出るんじゃないぞ」



「わ、分かったわ……」


 数日ぶりのまともな会話。

 だが皮肉なことに、それが再び別れを告げる言葉となってしまった。ミセルが笑いながら言う。



「じゃあ、ごめんあそばせ。おーほほほほっ!!!!」


 そう言いながらロレンツと一緒に腕を組むようにしてその場を去り行くミセル。アンナがそれを見て激怒して言う。



「な、なによ、あれ!! 結局ミセルと仲良くしたいって訳なの!? 信じられない!!」


 リリーはこの状況を見て、どうやったらそう言う結論に辿り着くのか全く理解できなかった。






「もー!!! どうしたらいいの!? ねえ、リリー、リリーってばあ!!!」


 ジャスター家の昼食会を辞退して自室に戻って来たアンナ。暗い顔をして座るリリーに大きな声で尋ねる。



「どうしたらって……、どうしましょうか……」


 リリーにも手はなかった。

 ミセルが持っていたのは国が発行した正式な拘束状。貴族と言えどもきちんとした書状の前では抗うことはできない。アンナが思う。



(誰か、誰か助けてくれる人は……)


 誰も思いつかなかった。

 国王である父親が居ればこの程度の問題すぐに何とかしてくれる。だがジャスター家の力が増し、形だけの王家となっているキャスタールの味方をしてくれる有力貴族などいない。アンナは改めて自分が置かれている惨めな状況に気付いた。



 コンコン……


 そんな時、アンナの部屋を誰かがノックした。

 顔を見合わせるアンナとリリー。リリーが立ち上がってゆっくりとドアに近付き尋ねる。



「どなたでしょうか?」


 その問い掛けに応じてドアの外から爽やかな声が響いた。



「僕です、エルグです。アンナ様をお助けする為に参りました」


 アンナは意外過ぎる人物の訪問に一瞬戸惑った。






「ふわ~あ……」


 ロレンツにとって初めての拘置所での朝を迎える。

 戦争での死線や国外追放など数々の経験をしてきた彼であったが、拘束されたのは初めてでありこのような場所で朝を迎えるのももちろん人生初の経験である。


(飯も思ったより悪くはねえが、まあ、いつまでもこんな所に居られねえな……)


 まったくの冤罪。

 アンナを守らなければならない立場。いつまでもここにいる訳には行かない。ロレンツが留置所の鉄格子を見つめる。



(この程度のドアなら『呪剣』で簡単に壊せる。まあ、そのあとイコでも連れてジャスター家に赴いて……)


 そんな風に考えていると、暗い廊下の先にある階段をコツコツと誰かが下りてくる音が聞こえた。



「ロレロレ様」


 暗い留置所。

 僅かに灯った明りの中に、その真っ赤なドレスを着た赤髪の女が現れた。


「おめえは……」


 ロレンツがその見知った女を見つめる。女が言う。



「ミセルが、ロレロレ様をお助けに参りました」


 暗闇の中、ミセルが優しい笑顔を浮かべてロレンツに微笑みかけた。

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