27.デートのお誘い?

「あー、ハラ立つ。あー、ハラ立つ!!!」


 夕方、ロレンツとの買い物を終えたアンナはひとり私室に戻り、昼間のことを思い出していた。



 ドン!!!


「何なの、あの男っ!!」


 椅子に座りながらテーブルを強く叩く。



「私に『可愛いと』とか『綺麗だ』とか『一緒になろう』とか言っておきながら、急に現れた変な女に鼻の下伸ばして!!!」


 ロレンツとしては一切表情を変えずに対処した昼間の件。ただアンナにとっては突然現れ一方的にアタックして行ったミンファと言う女が許せなかった。アンナの苛立ちがどんどん増して行く。



「飲むわよ!!!」


 アンナはひとり棚にあった黒い瓶とグラスを取り出し、テーブルの上にドンと置く。同時になみなみに注がれるお酒。それを手に一気に飲み干す。



「ゴクゴクゴク……、ぷはぁ~!! あーーー、ハラ立つ!!!!」


 アンナは次々とグラスに酒を注いではハイペースでそれを空けていく。昼間歩き疲れたのと抑えきれない怒りであっという間にアンナは酩酊し、ろれつが回らなくなった。



「もぉ~、なんでぇ、あいつはぁー、他のおんにゃと仲よくぅ~して~!! くひィ〜!! わたひぃーの護衛職なんでしょぉ~」


 テーブルの上に頭を乗せ、空になったグラスを見つめながらアンナが言う。



「あーーー!!! あいつぅ~、そう言えばぁ、爵位なんて、ひらないって言ってたぁ~!! ばきゃなの、ばきゃなの? ホントにィ、ばっきゃなの!!!」


 昼間改めてロレンツが『爵位は要らない』と言われたアンナがそれを思い出し、怒りに火がつく。



「ゴクゴク……、ぷは~、はれ? どうしてがいないのぉ~!? どこ行ったああああ!!!」


 アンナはいつもお酒を飲む際に隣にいるロレンツが居ないことに気付き、その怒りが頂点に達する。



「う、ううっ……、ろれんちゅ~、やだよぉ~、ひとりにしないでよぉ~」


 怒りの頂点に達したアンナは同時に寂しさの頂点にも達し、ひとりでいることに不安や恐怖を感じ始める。



「おきゃぁ様も、お父しゃまも、みんな居なくなちゃってェ……、わたひぃ、ひとりでぇ……、どうして、あなたまでぇ、いないのよぉ!!!!」



 バン!!!


 アンナはテーブルを叩くとひとり立ちあがる。



「探してぇー、やるぅーーーっ!!!」


 アンナは酔ったままひとり部屋を飛び出した。






 それより少し前、王城内にあるロレンツの部屋にひとりの女性が尋ねて来た。


 コンコン……


 静かなノック。

 ロレンツがドア越しに尋ねる。



「誰だ?」


 ノックの主は落ち着いた声で答える。



「ミンファです。昼間助けて頂いた……」


 ドア越しにロレンツが答える。


「俺は何もしていない。お礼をされることなどない」


 ミンファの頭に大きく銀色の短髪のロレンツの姿が思い浮かぶ。無口で迫力がある正に『護衛職』の名に相応しい勇壮な男。ミンファが頼み込むような口調で言う。



「お礼が、是非ともお礼がしたいのです。お願いします。開けてください!!」


「はあ……」


 ため息をつくロレンツ。

 しかしすぐに後ろからイコがやって来て言う。



「ねえ、パパ。お客さんなんでしょ? 開けなきゃダメでしょ」


「いや、イコ。これは……、あっ」


 ロレンツがそう言うよりも先に、イコがドアを開けた。



「あ、あの……」


 突然開かれたドアに驚くミンファ。イコが彼女を見て言う。



「うわー、ヘレンさんみたい!!」


 ヘレン。中立都市『ルルカカ』に住んでいた頃によく来て貰っていた家政婦。長い銀髪がよく似合い美しい女性である。



「ヘレン、さん……?」


 意味が分からないミンファが首をかしげて言う。ロレンツが頭を掻きながら言う。



「いや、何でもない。まあ、入んな」


 もはやこの状態で追い返す訳にもいかない。ロレンツは渋々ミンファを部屋の中へと招いた。



「失礼します……」


 イコも、そしてロレンツも部屋に来たミンファに一瞬見惚れた。

 スレンダーな体のラインを強調したような真っ赤でタイトな服。大きく開いた胸元に、足が丸見えになりそうなスリットの入ったスカート。銀色の髪は明かりを受けて輝き、粉雪のような白い肌はその対照的な赤の衣装によく映える。



「まあ、適当に腰かけてくれ」


「はい」


 ミンファは言われた通りに部屋にあるソファーに腰を下ろす。同時に露になる白くて可憐な足。スリットの間からのぞくその足は普通の男なら簡単に落とせるだけの色香を持っている。ロレンツが言う。



「まあ、俺は何もしていないから感謝される筋合いもないのだが……、で、何でおめえさんは襲われていたんだ? あいつらは一体何者なんだ?」


 ミンファは悲しそうに下を向いて答える。


「分かりません。突然襲われて……」



「パパぁ、お姉ちゃん、どうしたの?」


 ロレンツはイコに簡単に昼間の出来事を説明し紹介する。ミンファが尋ねる。



「可愛いお子さんですね。ご結婚されているんでしょうか?」


 既婚者だとは聞いていない。焦ったミンファが笑顔で尋ねる。



「いや。訳あって俺が育ててる。まあ、実の娘みたいなもんだ」


 そう言って大きな手で隣に座るイコの頭を撫でる。喜ぶイコ。




「まあ、そうでしたか。可愛いですね、イコちゃん」


「うん、お姉ちゃんも可愛いよ!」


「ありがと」


 ミンファが笑顔で答える。ロレンツが言う。



「で、何度も言うがお礼だが……」


 その言葉を遮ってミンファが言う。



「明日、お時間ございますでしょうか」


「明日?」


 ミンファがロレンツを見つめて言う。

 既に明日がロレンツの公休日だと調べてある。ロレンツが答える。



「まあ、休みなんで時間はあるが……」


 素直なロレンツ。正直に答えた。



「では、お昼前に王都の噴水の前でお待ちしております。必ず来てくださいね!」


 ロレンツは黙ってじっとミンファを見つめる。ロレンツの強い視線を感じたミンファが恐る恐る尋ねる。



「あの……、何か……?」


 ロレンツが静かに言う。



「俺が、行った方がいいんだな?」



(!!)


 ミンファはすぐに返事ができなかった。

 感謝と偽って誘った明日の約束。その目的はジャスター家に『ロレンツ攻略』が上手く行っていることを見せるためでもある。その上できちんと彼を落として依頼を完了させる算段だ。ミンファが恥ずかしそうに答える。



「はい、あなたに是非来て欲しくて……」


 男経験は皆無のミンファ。

 しかし彼女が本能的に持つ女を武器とした男との接し方は、決して悪いものではなかった。ただ相手が悪かった。として攻略するにはロレンツはあまりにも朴念仁すぎた。



「分かった。付き合おう」


(え?)


 意外な返答だった。

 場の雰囲気、これまでの会話からきっと断れると思っていたミンファ。思わぬ返事に顔もほころぶ。



「ありがとうございます。ではお約束もできたので、私はここらで失礼します」


 そう言って軽く会釈をしてミンファが立ち上がる。ロレンツも立ち上がり彼女をドアまで送る。別れ際に再び頭を下げるミンファにロレンツが小さな声で言った。



「明日は自分の好きな服を着て来い」



「え?」


 その言葉に思わず固まったミンファ。確かにこれはミセルから借りた特別な服。決してこのような破廉恥な服は好きではなかったが依頼の為だと無理して着ていた。ミンファが笑顔で尋ねる。


「あの、ロレロレ様。それはどういう意味でしょうか……?」


 分からぬふりをしてミンファが尋ねる。ロレンツが答える。



「そのままの意味だ。着たくない服を着てくる必要はない。無理をするなという意味だ」


 ミンファは心の中を読まれているような気がして震えた。

 ロレンツは彼女から発する熱量、心臓の鼓動、そして緊張とは別の汗。それらすべてから推測し『来たくないのにここに来ている』と判断した。黙り込むミンファに言う。



「明日、俺と一緒にいる必要があるなら一緒にいてやる。だからお前らのボスに伝えておけ」


 ミンファの心臓は壊れるほどバクバクと鳴り続ける。ロレンツが静かに言った。



「計画は順調です、とな」



「あ、あっ……」


 ロレンツはそう言って軽く手を上げるとドアを閉めて消えて行った。ひとり残されたミンファが震えながら思う。



(私のこと、全部見透かされていたの……、この演技も、彼を騙そうとしていることも……)


 ミンファは言い表せぬ不安に襲われる。このままでは彼の攻略など不可能である。そしてようやく気付いた。



 ――もしかして彼は、とんでもないひとなのでは?



 それでも先に進まなければならない。

 ミンファは首に掛けられた真珠のような首飾りを握り締め、自室へと帰って行った。





「ううっ、ろれんちゅ~、だぁれなのぉ~、あのおんなぁ、はぁ~??」


 ロレンツの部屋の近くまで来て酔いで動けなくなったアンナ。

 しばらくして余りに強い思いを発する彼女の心にイコが気付き、ロレンツによって床でゲロっているところを無事保護された。

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