25.ジャスター家の刺客

 ネガーベル王国から北にある小国ミスガリア王国。

 高山国家であり、その寒暖差から紅茶の一大生産地を有する同国。ネガーベルにも多くの愛好者を持つこの紅茶は、この国の重要な輸出品にもなっている。

 そのミスガリア王国に、ネガーベル王国聖騎士団団長のエルグがひとり訪れていた。



「これはジャスター殿、お久しぶりでございます」


 ミスガリア国王が謁見の間に現れたエルグに対して言葉を掛ける。サラサラの赤髪が美しいイケメンのエルグ。軽く会釈をしながら王に答える。


「ご無沙汰しております。今日は折り入って頼みがあってここへ来ました」


 王の間にいた大臣、軍司令官達に緊張が走る。

 小国ミスガリアにとってネガーベル王国は常に脅威であり、いつ攻められるか分からない相手。良質の茶葉を優先的に取引できる条約の見返りに不可侵条約を結んでいるが、大国の考えることは油断できない。王が答える。



「頼みとは、一体なんでしょう?」


 皆がエルグの言葉に注目する。

 乾いた空気。少し冷たい風。エルグが口を開く。



「単刀直入に申し上げます。新たに採掘された輝石をすべて譲って頂きたい」



(!!)


 王以下、そこにいたミスガリアの人間すべてが驚いた。国宝にも値する輝石を欲しいなど。王が苦笑して言う。



「ジャスター殿、それは何かのご冗談でしょうか。ご存じの通り輝石は国の宝。それを譲れとは」


 エルグは赤い髪をかき上げながら答える。



「分かっております。だから私が直接ここに来てお願いしているんです。ダメでしょうか?」


 謁見の間が張り詰めた空気へと変わる。明らかに無理なお願いをしているエルグ。そこに一体どんな企みがあるのか分からない。王が答える。



「でははっきりお答えしましょう。お断りします」



 王としては当然の回答である。

 戦争中の負傷者や病人を回復できる貴重な石。それを無償で譲ることなど非常識にもほどがある。エルグが答える。



「そうですか。我々にもあまり時間はないんです。どうしてもダメと言うならばで奪わなければなりませんな」


 王の顔が真剣さを増す。



「それは我が国に対する脅しでしょうか。そもそも貴国とは不可侵条約を結んでいるはず」


「その約束はの国王が結んだもの。その王はもうおりませぬから効力はないかと」



(な、何と言う無茶な理屈っ!!!)


 そこにいる誰もがそう思った。頭脳明晰な聖騎士団長エルグ。そんなことが通じないことは分かっていながら言っている。王が尋ねる。



「それは我が国に対して戦争を行うという意味でしょうか?」


 エルグが首を振って答える。



「いえいえ、そんなことはないですよ。輝石を譲って貰えればそんなことにはなりませぬ」


 エルグを除くその場にいるすべての人間の強い視線が彼に注がれる。エルグが続ける。



「ただどうしても渡して貰えなければ、すぐにでもここに我が軍が大挙して押し寄せるでしょう」



「うぬぬぬっ……」


 平静を保っていた王の顔が怒りで赤く染まる。




(奴は聖騎士団の団長。いわばネガーベル王国軍の総司令官。奴がいなくなれば、例え大国ネガーベルと言えど……)


 謁見の間に並んでいたミスガルド軍の将軍がエルグを睨みつけ思う。エルグが言う。



「どうします、国王? 貴国と我が国では兵力の差は明らか。答えはひとつしかないと思いますが?」



(許せぬっ!!!!)


 国軍の将軍はあからさまに自国を侮辱する態度に我慢できずに、腰につけた剣を抜き素早くエルグに斬りかかった。



「覚悟っ!!!!」


 素早い動き。

 周りにいた者達はその突然の行動に驚いた。



「や、やめよっ!!!」


 国王の叫び。

 しかしそれが届く前に将軍の振り上げられた剣がエルグを襲う。



 シュン!!


 空を切る将軍の剣。

 エルグは軽く身を反らしその攻撃をかわす。



 ドフッ!!!


「ぐぐっ……」


 そしてそのまま将軍の腹部に強烈な蹴りを入れる。

 苦悶の表情を浮かべながら床に崩れ落ちる将軍。エルグがその将軍を踏みつけ、首を左右に振りながら言う。



「外交に来た私、しかも丸腰の人間にこの様な蛮行。これは貴国の宣戦布告と言う意味でよろしいでしょうか?」


 国王以下、もはや手の打ちようがないことを理解した。

 かくしてミスガリアで発掘された新たな輝石は、すべてネガーベルへと無償で譲渡されることなった。






 コンコン……


 ネガーベル王城、ひときわ美しい装飾が施されたドアをひとりの銀髪の女性がノックする。


「誰かしら?」


 中から響く女性の声。ノックした銀髪の女が答える。



「ミンファです」


「……入って」


 ミンファと名乗った女性はそのドアを開け、深々と頭を下げてから部屋に入った。



「座って」


「はい」


 部屋の主、ジャスター家令嬢のミセルがミンファに座るよう勧める。

 ミンファは銀色の長い髪を揺らしながらゆっくりと部屋にあるソファーに腰かけた。物腰の優しい感じの女性。美しく長い銀髪に白い肌。そしてその落ち着いた雰囲気とは対照的な豊満な胸。

 ミセルが正面にあるソファーに腰かけ、足を組んでから言う。



「これから行くの? 


「はい」


 ミンファ・リービス。

 ネガーベル王国の中でも下級貴族のリービス家。昔からジャスター家に忠誠を誓う地方の貴族であり、彼らの言うことはどんなことでも従って来た。

 そして今回ジャスター家で聖騎士団のエルグからミンファにある指示が出された。



『ロレロレ攻略』


 淑やかで美しく、色気もあるミンファはその役に適任で、アンナ陣営の新たな助っ人であるロレンツを落とせと言うものであった。若くて美しいミンファに対し、エルグはどんな手段でもいいからロレンツを落とせと命じた。ミセルが言う。



「相手は分かってるわね?」


「はい」


『剣遊会』で見た鋼のような強い男。

 銀髪の巨躯で、あの副団長キャロルを退けた男。会場で見ていたミンファも忘れることはない。ミセルが言う。



「ロレロレを落として、我がジャスター家に迎える。これがあなたの仕事」


「……はい」


 しかしまだ仮とは言え相手は王家キャスタール家の『護衛職』の男。そんなことができるのか自信がない。そもそも奥手で人見知りするミンファはまともに男性経験もない。ミセルが尋ねる。



「それで衣装はご用意できて?」


「あ、はい。お持ちしました……」


 ミンファは手にして袋の中から一着の衣装を取り出し、ミセルに手渡す。それをしばらく見たミセルがため息をついて言う。



「これじゃあ駄目だわ」


「駄目、ですか……?」


 ミンファは持参した胸元が開いたドレスを見ながら答える。ミセルは立ち上がり、自身のクローゼットから一着のドレスを取り出しミンファに手渡す。



「これを使って。これくらいでちょうどいいわ」


 それは更に大きく胸元が開いた赤いドレス。スカートのスリットも深く、少し動けば足などすべて丸見えになってしまいそうなものであった。手にしたミンファが恥ずかしそうに言う。



「こ、これを着るんでしょうか?」


「そうよ。これくらいしないと……」


 ミセルの頭にロレンツの顔が浮かぶ。ミンファは頭を下げてミセルに言う。



「ありがとうございます。これで頑張ってみます」


 ミセルはミンファの首に飾られたひとつのネックレスを見ながら言う。



「私が無事聖女になって、ジャスター家が正統な王家に昇格したら、そのも取るようお兄様にお願いするわ」


 ミンファは首にあるネックレスに手をやり頭を下げて言う。


「ありがとうございます……」



 ミセルが言う。


「ロレロレは難しい男よ。気を抜かないで」


「はい。それでは失礼します」


 ミンファはそう言って立ち上がると深々と頭を下げて部屋を退出して行った。




「はあ……」


 ひとり部屋に座るミセル。

 自分とは真逆の淑やかで大人しいミンファを思い出し自然とため息が出る。



「何だか面白くないわ……」


 ミセルはじわじわと不機嫌になって行き、クローゼットにあるもっと色っぽい衣装を見て自分ならこれを着てやるとひとり思った。

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