21.リリー捜索

「うえ~ん、うえ~ん、りり~……」


 翌日になってもリリーは戻らなかった。

 早馬を飛ばしてリリーの実家であるティファール家にも確認をしたが『帰って来ていない』とのこと。ずっと心配し続けているアンナが泣きながらロレンツに言う。



「うえ~ん、ねぇ、ロレンツぅ、リリーを探してよ……」


 不可解な手紙。帰宅していない実家。

 まるで消えたかのような幼い侍女を思いアンナが涙する。



(確かにおかしいな……)


 あれほどアンナを慕っていたリリー。

 その彼女がたった手紙一通で姿を消すなど考えられない。



(仕方ない……)


 ロレンツが立ち上がるとアンナが近くにやって来て手を握って言う。



「探してくれるのね? 今度は本気で探してくれるのね??」


 ロレンツは『なぜ彼女はそれが分かったのだろうか』と不思議に思いながら答える。



「ああ、少し時間をくれ」



「うんうん、いいよ。ありがとう。見つけてくれたら欲しいものなんでもあげるわ!!」


 涙目でそう言うアンナにロレンツが答える。


「いや、別に要らねえ」


「……」


 黙るアンナ。もう一度言う。



「欲しいものなんでもいいのよ!?」


「だから何も要らねえって言ってるだろ」



(むかっ!!)


 アンナは彼が望むならお金や爵位など何でもあげるつもりでいたし、何なら『アンナちゃんと一日デート券』でもいいと思っていた。自分に興味がないと思ったアンナが怒って言う。



「あなたはどうしてそう素直じゃないの!! 私が欲しいならそう言いなさい!!」


「……」


 無言になるロレンツ。しばらく間を置いてから言う。



「なあ、訳の分からないこと言ってないで、そろそろ俺は行くがいいか?」


「ふん! 好きになさい!!」


 アンナはむっとして背中を向け、腕を組んで怒る。ロレンツは頭をボリボリと掻きながら公務室を後にした。






「パパ、ただいまー!!」


 王城内の自室に戻ったロレンツ。

 部屋で時間を潰しながらイコが帰るのを待った。


「よお、イコ。お帰り。学校はどうだ?」


 イコがカバンを机に置きながら答える。



「うーん、普通かな……」


 ロレンツが頷いて尋ねる。


「苛められていないか?」


 イコが苦笑いして答える。



「うーん、苛められるっていうか、みんな貴族ばっかりで……」


 その先の言葉は言わなくても分かった。転入の際に言われた言葉を思い出す。



「イコ、その話はまた今度しっかり聞こう。ところで昨夜の話を覚えているか?」


 イコは昨日の夜、アンナの侍女リリーが居なくなったと聞いたことを思い出した。



「リリーちゃん、まだ見つからないの?」


「ああ」


「おうちに帰ったんじゃないの?」


「多分違うらしい」


 イコが寂しそうな顔をする。ロレンツがイコに言う。



「すまねえが、また見て欲しい奴がいる」


「うん、分かったよ!! リリーちゃんの為だから!!」


 イコは頷いてロレンツに答えた。






 コンコン


 ロレンツはイコを連れてそのの部屋のドアをノックした。重厚なドア。装飾の美しさから一般の貴族ではないことが分かる。



「はーい、どちら様でしょうか?」


 ドアの向こうから女性の声がする。ロレンツがそれに低い声で答える。



「俺だ」



 しばらくしてガチャッとドアが開けられる。

 ミセルはそのドアの先に立っていた男を見て言った。



「申し訳ございませんが、『俺』なんて言うお方は存じ上げませんが」


 ロレンツは少し開かれたドアに手をかけ、一気に開く。



「きゃあ!!」


 驚くミセル。ロレンツが言う。



「急にわりぃな、赤髪の嬢ちゃん」


 ミセルは自分が着ている少し色っぽいルームドレスを恥ずかしく思いながら言う。



「な、何ですの、一体!? 女性の部屋に失礼ではありませんか!!」


 ミセルは何故かどきどきしながらロレンツの顔を見つめる。



「すまねえね、ちょっと聞きてえことがあってな……」



(な、何かしら!?)


 ミセルは不思議とその言葉に緊張しながらロレンツを見つめる。



「うちの姫さんの侍女、青髪の嬢ちゃんが行方不明になってな。あんた、何か知らねえかと思って」



(!!)


 ミセルは驚いた。

 キャスタール家の偽の書状をもって侍女を辞めさせ、今は有力な情報を聞き出そうと監禁している。落ち着いた鉄のような目でじっと睨みつけるロレンツの視線に耐えきれなくなったミセルが目を逸らして言う。



「し、知らないわ。どうして私が姫様の侍女のことなど……」


 明らかに動揺しているミセル。ロレンツは隣にいるイコの顔をちらっと見てからミセルに言う。



「そうか、そりゃ済まなかった。時間を取らせて悪かったな。じゃあ」


「あっ……」


 ミセルはそう言って立ち去るロレンツに何か言おうとして言葉を飲み込む。



(バレるはずがない。絶対に大丈夫。封書だって本物の封蠟をしたし、馬車を襲ったのも王都からずいぶん離れた誰もいない森の中。絶対に大丈夫……)


 そう思いながらもここ最近策略が上手く言っていないことに言い表せぬ不安を感じる。





「イコ、どうだ? 何か分かったか?」


 ミセルと別れ、自室に戻って来たロレンツがイコに尋ねた。イコが答える。


「うん、やっぱりあの赤い髪のお姉ちゃん、リリーちゃんを捕まえていたよ」


「そうか……」


 ロレンツは再び起こったミセルの悪行にため息をつく。



「それで場所は分かるか?」


「うーん、どこか広い森の中。そこにある大きなお屋敷なんだけど……」


「それだけじゃあ、分からねえな……」


 そう言ったロレンツにイコが紙と鉛筆である模様を描く。



「門の所にね、こんな絵が描いてあったんだ。手掛かりになるかな?」



「これは……」


 それは一見して分かる。どこかの貴族の紋章。ロレンツはその紙を手にすると、イコに留守番をさせ急ぎアンナの部屋へと急ぐ。



 ガンガンガン


「おい、嬢ちゃん。いるか! 俺だ!!」


 無音。返事がない。

 一刻でも早く救出に向かわなければならないロレンツが更に大きな音を立ててドアを叩く。



 ガンガンガンガン!!!


「おい、嬢ちゃん、いねえのか!!!」



 ガチャ


 ようやく開かれたドア。そしてそこから顔を出したロレンツが思わず声を出す。



「あっ」


 タオルを頭、そして体に巻き、怒りと恥ずかしさで真っ赤な顔をしたアンナが言う。



「お風呂入ってたのよ!! ちょっとは待てないの!!!」


 ロレンツが目を逸らしながら答える。



「あ、いや、その……、すまねえ……」


 そう言って下がろうとする彼の手をアンナが掴み部屋の中へ引きずり込む。



「お、おい、嬢ちゃん!?」


 アンナが赤い顔でむっとして言う。



「こんな格好でいつまでも話していたら変な勘違いされるでしょ!! 気付きなさいよ、本当に!!」


 頭と体にタオルを巻いただけのアンナ。ロレンツが顔を背けながら答える。



「い、いや、そりゃすまねえ。気付かなくて……」


 珍しくロレンツが謝る姿を見て急に落ち着いて周りが見えて来たアンナ。自分の格好を見て慌てて部屋の奥へと向かう。



「ちょ、ちょっと待ってて!!」


「あ、ああ……」


 ロレンツはいい香りがする部屋にひとり残りアンナが来るのを待った。




「お待たせ」


 金色の美しい髪をアップにしたアンナが部屋から出てくる。室内着なのか薄い衣装は彼女の美しい体のラインをはっきりと見せる。体が温まり、頬を赤くしたアンナにロレンツが言う。



「すまなかった。急がしちまって……」


 少しばつが悪そうに言うロレンツを見てアンナがクスッと笑って答える。



「いいわ、そんなの。それより何か分かったの?」


 リリーが心配でならないアンナがロレンツに尋ねる。ロレンツが懐からイコが描いた絵を取り出しアンナ見せて言う。



「この家紋の貴族に心当たりはないか?」


「それは……、多分、レイガルト家の紋章……」


「レイガルト家……、なあ、その貴族って森とかに大きな屋敷を持っていないか?」


 少し考えたアンナが答える。



「郊外の森林管理をしてるのがレイガルト家の仕事。あるわ」


 ロレンツが頷く。



「嬢ちゃん、その屋敷の場所を教えてくれ」


 雰囲気の変わったロレンツにアンナが言う。


「そこにリリーがいるのね?」


 無言でうなずいてロレンツがそれに答える。



「私も行くわ」


「は?」


 さすがにその言葉は予想していなかった。ロレンツが言う。



「それはならねえ。危険を伴う」


 アンナがロレンツに一歩近づいて言う。



「あなた私の『護衛職』でしょ? それを守るのがあなたの仕事」


「いや、だからって……」


 アンナが更に近付いて言う。



「姫としての命令です。私を連れて行きなさい!」



(やれやれ……)


 頑固な姫様。

 それを理解した上でロレンツが言う。



「じゃあ、条件がある」



 ぱっと表情が明るくなったアンナが言う。


「俺の指示には絶対に従って貰う」


「エッチなことは言わないでよね」



「あと……」



(無視か!!)


 ちょっとだけむっとしたアンナにロレンツが真剣な顔で言った。



「俺に関するどんな光景を見ても、決してここの人間に話さないこと。いいか?」


 アンナは目の前の男が初めて、何か自分の理解を越えた存在なのではないかと思った。

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