22.救出劇

 真っ暗な森。

 風に吹かれ木々が擦れ合う音に、その急ぐ馬の足音が響く暗闇の森。

 ロレンツとアンナが王城から馬を飛ばし、郊外にあるレイガルト家の別荘へと向かっていた。ふたりとも黒いフードの付いたコートにマスクを着用。一見すると誰かは分からない。



 カタ、カタカタ……


 馬は森の奥にある開けた場所に出るとゆっくりと足を止めた。


「あれよ」


 そう言ってアンナが指さす先には、暗き森の中にひっそりと佇む大きな屋敷がある。部屋のいくつかには明かりがついており誰かがいるのが分かる。ロレンツが言う。



「もう一度だけ尋ねるが、ここで待っている気はないんだな?」


 アンナがむっとした顔で言う。


「ないわ。私も一緒に行く!!」


 大切な侍女を攫われたアンナの怒りは大きかった。ロレンツがため息をついてから言う。



「じゃあ約束だ。何があっても俺の指示に従う。いいな?」


「い、いいわ……」


 アンナは初めて感じるロレンツの本気の言葉にやや驚いて答える。



「行くぞ」


 馬を木に縛り付けたロレンツがゆっくりと屋敷の方へと歩き出す。そしてアンナは数分後、彼の言った言葉の意味を思い知ることとなる。





 ガン!!!


 ロレンツは勢いよく扉を蹴り明けた。

 静かだった屋敷に響き渡る大きな音。玄関の先は大きなホールとなっており、二階へ上がる階段などが見える。


(ええっ!? 正面突破っ!!??)


 一緒にいたアンナはまさかと思いつつもその大胆な行動に驚く。静かに忍び込んでリリーを救助するものだと思っていたので驚きも倍増だ。音を聞きつけた護衛兵がすぐに現れる。



「何者だ!!!」


 護衛兵は大きなフードを被った男と、女を見て大きな声で言う。ロレンツは低い声で言う。



「ここに青髪の嬢ちゃんが居るはず。すぐに出せ。そうすれば今回はやる」



(え? マジで言ってるの!?)


 いきなり圧倒的不利な状況。ここは自分が姫だと伝えて解放させるのが最もベターじゃないかと思っていたアンナは、訳が分からぬ言動をする目の前の男を信じられない顔で見つめる。

 一方、ロレンツの言葉を聞いた護衛兵達からは失笑が起こる。リーダーらしき男が前に出て言う。



「何者か知らないが、相当馬鹿のようだな。ただここに来た以上、死んで貰う!!!」


 その言葉と同時に一斉に抜刀する護衛兵。

 アンナはその圧倒的不利な状況に恐怖し、ロレンツの腕を引っ張って逃げようとする。



「ちょ、ちょっと逃げるわよ!! 殺されちゃう!!!」


 初めて感じる恐怖。以前の厭世的なアンナならこのような死でも受け入れていたかもしれないが、ロレンツと出会い少しだけ変わりつつあった彼女には『死』は皆と同じ恐怖以外何ものでもなかった。



「おい、嬢ちゃん。引っ張るな!!」


 恐怖に取り乱し腕を引っ張って逃げようとするアンナ。ロレンツは仕方なしにアンナの頭を掴み、無理やり自分のコートの中に入れる。



「きゃっ!! ちょ、ちょっと何するのよ!? 急に……、!!」


 突然の行動に驚くアンナだったが、次の瞬間ロレンツから放たれた『身震い』するような感覚に体が固まる。



(呪剣、円周斬えんしゅうざん


 ロレンツは右手に発現させた漆黒の剣を、周りから一斉に襲い掛かる護衛兵に向けぐるっと回すように振り抜く。



「ぎゃああ!!!」


 漆黒の剣から波紋状に放たれる衝撃波。

 同時にバタバタと倒れる護衛兵。ロレンツのコートから顔を出したアンナがその状況を見て驚いてつぶやく。



「うそ……、何これ……」


 ロレンツが強いのは知っていた。

『剣遊会』で聖騎士団副団長キャロルを圧倒した剣士。しかし今回は数が違う。相手は本気で殺しにかかっている。それを一瞬で倒してしまうとは……



「嬢ちゃん、もう大丈夫だ。下がってな」


「え、あ、うん……」


 アンナはそう言われるとロレンツのコートから出て少し後ろに下がる。



(え、なに? この剣……)


 アンナはロレンツの手に握られている禍々しい漆黒の剣を見て恐怖を覚えた。来る時は持っていなかった剣。いつの間に? それ以上にこの心を潰されるような威圧感は一体なんだろうか?



「き、貴様ら!!! 何をしているっ!!!」


 その時ホールの奥からひとりの身なりの良い男が現れた。周囲に倒れる護衛兵を見て青い顔をしている。アンナがその顔を見てロレンツに言う。



「あ、あれがレイガルト卿よ……」


「分かった」


 ロレンツはゆっくりとその男に近付き言う。



「ここに青髪の嬢ちゃんがいるだろ? 場所を教えろ」


 静かだが圧のある声。

 レイガルト卿は震えながら手にした剣を抜き、ロレンツに言う。



「き、貴様何者!? 誰が教えるか!!!」


 そう言って剣を構え斬りかかって来た。



(はあ……)


 ロレンツがその剣を軽く弾くと、レイガルドはそのまま転がるように後ろに倒れ腰をつく。うずくまったレイガルトにロレンツが近付いて言う。



「もう一度言う。青髪の嬢ちゃんの場所を教えろ」


「あががががっ……」


 レイガルトはようやく気付いた。

 目の前の男が『決して逆らってはいけない相手』だと。レイガルトは懐からを取り出してロレンツに言う。



「こ、これをやる。だからあの娘のことは見逃して……」



 ドフッ!!


「ぎゃ!!!」


 ロレンツは容赦なくレイガルトを蹴り飛ばす。そして言う。



「俺は嬢ちゃんの居場所を聞いてんだ。まだ分かんねえのか?」


 レイガルトは恐怖で頭が混乱していた。

 ジャスター家より『何があってもガキを手放すな』と厳命されており、それを破れば大きな処罰が下されるのは明らか。

 しかし今、目の前の男の言うことを聞かなければ間違いなく。レイガルトは震えながらホール隅にある地下への階段を指差して言う。



「わ、分かった。言う。言うから、殺さないでくれ。ガキはあの階段下にいる……」


 ロレンツはその指差された階段を見てレイガルトに言う。



「お前はここにいろ。逃げたら殺す。あと、これは貰っておく」


 ロレンツは床に転がったその輝く石を拾いポケットに入れると心の中でつぶやく。



終了オーバー


 同時に消える漆黒の剣。

 ロレンツは自分の右手甲に浮かんだ黒きハートを見つめてから、後方で座り込んでいるアンナに言う。



「おい、行くぞ。嬢ちゃん」



「……」


 無言。アンナはこちらを見たまま何も喋らない。



「おい、嬢ちゃん」



「……抜けた」



「あ?」


 ロレンツが聞き返す。



「腰、抜けたの……、動けない……」


 アンナは目の前で人が倒れる光景、そして初めて見る禍々しいロレンツの姿を見て腰が抜けて動けなくなっていた。



「やれやれ……」


 ロレンツはアンナの傍まで行ってしゃがむと、座り込んだ彼女の腕を掴み自分の背中に背負った。



「きゃっ!!」


 動けぬアンナがされるがままに背負われる。



「行くぞ。早く会いたんだろ?」


「う、うん……」


 そう言ってゆっくりと階段の方へと歩き始めるロレンツ。アンナはその大きな背中に背負われ徐々に落ち着きを取り戻して行く。

 何か声をかけようとしたアンナより先にロレンツが言った。



「驚いたか?」


「うん、まあ……」


 初めて見せた呪剣。

 できる限り使いたくなかった剣だが、彼女には見せておきたいと思った。



「呪われた剣、呪剣って言うんだ」


「呪剣……」


 アンナはその聞いたことが無い物騒な名前に少し驚く。ロレンツが右手の甲のハートの紋章を見せながら言う。



「嬢ちゃん、これが見えるんだろ?」


「ええ、見えるわ」


 以前、趣味が悪いと毒づいた模様。ロレンツが言う。



「この呪剣ってすげえ威力なんだが、使うとこのハートが欠けていってな。同時に俺の体にも異常をきたす」


「え……」


 突然の言葉に驚くアンナ。



「そしてこのハートが消えると、恐らく俺は死ぬ」



「ちょ、ちょっと、じゃあ、どうして使っちゃたの!?」


 ロレンツが少し間を置いてから答える。



「嬢ちゃんに、見て欲しかったんだ」



(ええ!? ちょ、ちょっと、それって一体どういう意味で……??)


 ロレンツにとって非常に重要な秘密。それを自分に見せたいとは一体……



「わ、私……」


 何かを言いかけたアンナだが、ロレンツがあるものを見つけて言った。



「いたぞ、あそこだ」


 それは一番奥の部屋にいた青髪の少女。

 猿ぐつわをされ、手足を縄で縛られている。



「リリー!!!!」


 背中に背負われていたアンナがロレンツの背中から飛び降り、そのツインテールの少女に向かって走り出す。



「うぐっ、ぐぐっ、うぐぐぐぐっ!!!!」


 声が出せないリリーが涙を流しながら手足をバタバタさせる。



「ちょっと待って! すぐに助けるから!!」


 アンナは持っていた短剣で縄を切り、涙を流すリリーを抱きしめる。



「リリー!!!」

「アンナ様っ!!!!」


 ふたりは涙を流しながら抱きしめ合う。アンナが言う。



「ごめんね、ごめんね。怖かったでしょ!?」


「ごめんなさい、アンナ様。私……」


 ふたりは抱き合いながら声をあげて泣く。ロレンツはそんなふたりを黙って見つめた。

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