20.解雇通知
(くそぉ……、なぜこの私が、なぜ、この私が……!!!)
マサルト王国辺境。
日々強まる蛮族の攻撃にマサルト軍は大苦戦していた。苛立ったゲルガー軍団長に直々に命じられたゴードン歩兵団長が前線に立ち指揮をとる。
飛び交う血。奇声。叫び声。
ゴードンが来たことで更に指揮系統が悪化したマサルト軍は敗戦一方となっていた。歩兵団の兵士達が震えながら言う。
「無理だ、こんな戦無理だ!! 士気も無いも同然。これじゃあ勝てない……」
突撃しか作戦のないマサルト軍。
以前は豊富にあった物資も尽きかけ、前線の兵士は空腹に耐えながら蛮族の攻撃にさらされている。
「ロレンツさんが居てくれれば……」
在軍歴の長い兵士のひとりがぼそっと口にする。
「……」
それを聞いた兵士達が無言になる。
誰もがそう思っている。彼が軍裁判を受けることになった事件も、明らかに軍上層部によって仕組まれたもの。結局その責を取って彼は居なくなったのだが、それを助けられなかった自分達も同罪だと皆は感じていた。
「ひとりで敵に斬り込む人なんて見たことないからな……」
皆がそのかつての上官の雄姿を思い浮かべる。
たったひとりで戦局を変えられる男。その圧倒的強さでどんな困難な作戦でもほぼ成功させていた。
「何をやっている、お前達っ!!!!!」
そう昔話をしていた兵士達に、後方から馬に乗った人物が声を荒げて言った。
「ゴードン歩兵団長!!!」
どれだけ人員や物資を注ぎ込んでも一向に変わらぬ戦局。
敗北に次ぐ敗北で焦るゴードンは冷静さを失っていた。大きな声で再度叫ぶ。
「何をサボっているというんだ!!! 突っ込め!!! どんどん突撃せよ!!!!!」
「は、はいっ!!!」
ゴードンの怒りに触れ慌てた兵士達が武器を持って立ち上がった瞬間、目の前を数本の矢が通り過ぎていった。
シュンシュン!!
「ぎゃあああああ!!!!!」
兵士達が振り返ると、そこには蛮族の矢を受けて落馬するゴードンの姿があった。
「ゴードン様!!!」
「ほ、歩兵団長!!!」
指揮官を失ったマサルト軍はこれまでで最大の敗戦を喫し、それに比例するだけの大きな領土や街を失った。一命は取り留めたものの、矢による怪我や毒に侵され朦朧とした頭でゴードンが思う。
(なぜこんな事に……、ロレンツだ、全部奴が悪いんだ……、あいつが諸悪の根源で……)
ゴードンはそのまま意識を失うように眠りについた。
「うそ、こんな事って……」
アンナの侍女を務めるリリーはその封書に入った手紙を見て固まった。
『あなたを侍女の職を解任します。両日中に王城を退去すること』
アンナからの封書。最後にはもう新しい侍女が内定していること、そして二度と私の前に姿を見せぬようと記されている。
(どうして? 一体どうしてなんですか……)
身に覚えがないと言えば嘘になる。
姫であるアンナに対して『服が庶民じみている』とか、護衛職に就いたロレンツのことを『あいつは信用できない』とかアンナの怒りを買うことを幾つかしてきている。
(だからってこんな急な解雇って、私、どうすれば……)
アンナからの手紙を手にリリーが涙を流す。
(アンナ様にお会いして直接お聞きしたい……、でも……)
『二度と姿を見せるな』と記された文面がまだ少女リリーの心を潰しかかる。頭脳明晰なリリー。完璧に侍女としての仕事をこなす一方、まだその心は決して熟しているとは言い切れない。涙を拭いながら思う。
「最後にご挨拶だけでもしたかったけど、仕方ないのかな……」
リリーはいつの間にかアンナの中に溜まっていた自分への不満を感じ、ここは潔く消えようと心に決めた。
翌日、公務室で仕事をしていたアンナが部屋にやって来たロレンツに声をかける。
「今日からだっけ?」
「何がだ?」
「何がってイコちゃんの学校」
「ああ」
いつもながらあまり興味のなさそうな返事にむっとしながらアンナが言う。
「早く慣れるといいわね」
「ん、ああ……」
(むかっ!!)
適当な相槌だけで答えるロレンツにアンナがいらいらする。
ただロレンツはロレンツなりに初めての王都学校に出掛けたイコのことを心配していた。これまで通り『読心術』のスキルは決して使わぬよう指示し、周りの級友達と仲良くやるよう話をした。
「ねえ、聞いてるの?」
「何が?」
ロレンツは公務室の椅子に座りながら答える。アンナがむっとした顔で言う。
「何がって、まさか聞いてなかったの?」
「ああ」
(むかっむかっ!!!)
ふたりしかいない部屋。
自分が、それもこんなに可愛い女の子が話し掛けているのに、平然と『聞いていなかった』と口にする目の前の男が信じられない。
「何か用か?」
アンナは信じられないと言った顔で答える。
「だから今朝からリリーが来ていないのよ。無断で休む子じゃなかったし。あなた何か知らない?」
ロレンツも『リリーがいない』という違和感を部屋に入った時から感じていた。首を振って答える。
「知らない。俺はあいつに嫌われているからな」
どっちもどっちだろう、と思いながらアンナが言う。
「そう、ちょっと心配ね。ねえ、あなた。リリーの部屋を見て来てくれる?」
ロレンツがゆっくりと顔を上げてアンナに言う。
「俺に言ってるのか?」
アンナは怒りを通り越して呆れた顔で言う。
「私以外にあなたしかいないでしょ? やっぱり馬鹿なの、ねえ、あなたやっぱり馬鹿なの!?」
ロレンツが溜息をつきながら立ち上がって言う。
「分かったよ。で、青髪の嬢ちゃんの部屋はどこだ?」
アンナはこれ以上目の前の男と話すと怒りで寿命が縮まりそうだと思い、首を振りながら住居番号を紙に書きロレンツに手渡した。
お昼前になって戻って来たロレンツにアンナが言う。
「随分時間がかかったのね。何かあった?」
「場所を間違えて時間がかかった」
(え?)
まさか迷って場所を間違えてこんなに時間がかかったのかとアンナが思う。
「それでどうだったの?」
「居なかった」
「……」
無言になるアンナにロレンツが続ける。
「部屋の荷物もなかった」
「はあ!?」
居ないのは分かるとして部屋の荷物がないと言うのはおかしい。ロレンツは懐から一通の手紙を取り出してアンナに渡して言う。
「部屋にこれが置いてあった。嬢ちゃんに向けたものじゃねえのか」
その手紙には『アンナ様へ』と記されている。恐る恐るアンナがその封書を開け手紙を読み始める。
「……うそ」
アンナの体が固まる。壁にもたれ腕を組んでいたロレンツが尋ねる。
「どうしたんだ? なんて書いてあった?」
無言のアンナ。気のせいか体が震えている。
「おい、嬢ちゃん……?」
手紙から顔を上げたアンナは涙を流していた。そして言う。
「リリーが侍女を辞めて実家に帰るって……」
「辞める? そりゃまた急な話だな」
アンナが首を振ってそれを否定する。
「違うの。どうもそれを命じたのが『私』みたいなの!!」
言っている意味が分からないロレンツが首をかしげる。アンナが言う。
「探して来て!!」
「ん?」
ロレンツがアンナを見る。
「探して来て、お願い!!!」
「探すってどこを?」
「知らないわよ、自分で考えて!! うえ~ん……」
アンナはそう言うと声をあげて泣き出した。
「やれやれ……」
ロレンツは仕方なく部屋を出て当てもなくリリーを探しに出掛ける。
「リリーまで。リリーまでいなくなっちゃ嫌だよ……」
アンナはその場に座り込み小さく声をあげて泣いた。
(アンナ様、これでお別れです……)
朝早く王城を出たリリーはひとり馬車に乗りティファール家のある実家へと向かっていた。王都を出て数時間、周りは木に囲まれた静かな森。馬車の車輪の音だけが森に響く。
「ううっ……」
リリーは青いツインテールを風に揺らしながらアンナとの思い出が頭に浮かんできてしまい、目を赤くして感傷的になる。
「アンナ様……」
当たり前だったアンナとの日常。
それが急に終わってしまった寂しさは簡単には割り切れない。
(私のせい。私が悪いんだから仕方ない……)
ギギギーッ!!!
そう思った時、馬車が急停車した。アンナが御者に言う。
「ど、どうしたのですか!?」
御者は前を向いたまま小さく答える。
「私の仕事はここまでです。では……」
そう言うと御者は馬車から飛び降り走り去って行く。残されたリリーが驚いて言う。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!!」
しかしすぐに居なくなった御者に代わるように見知らぬ人物が数名現れた。異常事態を感じたリリー。馬車に乗ったまま震える声で言う。
「な、なんなの、あなた達!?」
黒いフードを被った男達はあっという間にリリーが乗った馬車を取り囲む。そしてリーダーっぽい男がリリーに言った。
「リリー・ティファール様ですね?」
無言のリリー。男が続ける。
「少しだけ我々と来て貰いましょうか。なーに、あなたが素直で居てくれれば痛いことはしませんよ」
そう言って馬車に乗るリリーの腕を強く掴んだ。
(やだ、うそ、どうして……)
まだ少女のリリー。
経験のない事態に恐怖で動けなくなった。
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