18.友のお礼
「イコ、あそこだな」
「うん」
翌日の朝、ネガーベル王城内にある住居登録所へやって来たロレンツとイコ。
王城内に住む者はここで手続きをして晴れて正式な住民となる。大国ネガーベルの王城はマサルト王国のものとは違い広大で住む人も多く、それだけに転居等の手続きをする人でいつも混み合っている。
「すまねえ、転入の手続きをしたいのだが」
受付窓口。いかにも公務職といった顔の中年の男が答える。
「はい。ええっと、どちらからで?」
「ルルカカだ」
「ルルカカね……」
ロレンツの答えを聞き男が書類に書き込む。そしてイコの存在に気付いて尋ねる。
「そちらのお嬢さん、学校は?」
「王都学校ってのに入る」
男が少し間を置いて尋ねる。
「失礼ですが、どちらかの貴族でしょうか?」
意味が分からないロレンツ。素直に答える。
「いや、貴族じゃない」
王都学校はアンナから紹介された王城内にある学校。王城に暮らす貴族の子供が主に通っているようだが、特に貴族じゃなきゃ入学できない決まりはないと聞いている。ロレンツが続けて尋ねる。
「何か問題でも?」
男が少し困ったような顔で言う。
「いや、別に問題と言う訳でもないのだが。ただ、いじめられるかもしれないんでね。平民だと」
ロレンツは言葉を失った。
確かにここは貴族率の高い場所。平民の子供がどれだけ通っているかは知らないが、貴族じゃないと仲間外れになることは十分考えられる。ロレンツが尋ねる。
「転校は可能なんだな?」
とりあえず今はそれについて悩んでも仕方がない。まずは手続きを終わらせる必要がある。
「もちろん転校は可能です。ではここにお名前と王城内での職務を記入ください」
ロレンツは名前と職務欄には『護衛職』、そして王城内の居住番号を記入。そして男に手渡す。
「はい、ええっと、ロレンツ・ウォーリックさんで……、え? ああ、姫様の護衛職でしたか」
先日行われた『剣遊会』。そこでのアンナ姫陣営の『謎の男』の噂は広がっており、キャロルを倒すほどの圧倒的な強さに一部の者の間で人気が高まっていた。
(ん? 姫様の護衛職って確か……)
男はロレンツに渡された書類をじっと見てからあることを思い出し、一旦席を離れる。少しして戻って来てロレンツに言った。
「すみません、実はあんたの登録はできないんだ」
「何故だ、急に?」
ロレンツが眉間に皺を寄せて言う。男が答える。
「いや、理由は教えられないのだがとにかく無理なんだ」
無言になるロレンツ。
何かの計略だろうか。どちらにせよここで登録ができないとこれから王城に住むことはできない。
「どうしても無理なのか? 理由が知りたい」
「ごめんなさいね、私も良く分からないんだ」
そう言いながら男が上司の言葉を思い出す。
『姫様の護衛職が来たら一旦登録を断れ。そしてすぐにミセル様に知らせろ』
理由は知らない。
ただすぐにミセルがやって来ることは知らされており、彼女の許可が出て登録ができるようになるらしい。
(あれ? あの男は……?)
登録所の受付で困っているロレンツを『剣遊会』で戦った小隊長が見つける。
「まあいい。一旦戻って嬢ちゃんにでも相談するか」
ロレンツは仕方なしにイコと一緒に立ち去って行く。その後に登録所にやって来た小隊長が男に声を掛ける。
「よお、元気でやってるか」
「おお、久しぶりだな! 元気だぜ」
受付の男は小隊長と同じ学校で過ごした旧友。最近は会えてなかったが仲が良いふたり。がっつりと握手をした後、小隊長が尋ねる。
「さっきの男、何かあったのか?」
男が答える。
「いや、登録をしに来たんだけど。まあ、ここだけの話だけど、ミセル様がそれを許さないって感じでね」
そこまで言えば誰もが分かること。ジャスター家によるキャスタール家への嫌がらせ。小隊長が言う。
「登録してやってくれないか?」
男が困った顔をして言う。
「そう言われてもな……」
「頼む!! 責任は俺がとるから!!」
頭を下げて頼む小隊長に男が答える。
「分かったよ。俺は知らねえからな」
「助かるよ」
これで良かった。
ひとつでもロレンツに恩返しがしたいと思っていた小隊長は清々しい気分となった。
「ちょっといいかしら?」
「!!」
そこは突然現れた真っ赤なドレスを着た女性。
「ミセル様!!」
ジャスター家令嬢ミセル・ジャスター。真っ赤な髪に赤いドレスが良く似合う、実質今王城内で一番力を持つ女性である。ミセルが言う。
「ここにロレロレって男の人が来たって聞いたのだけど、いないわね?」
(ロレロレ?)
受付の男はミセルの登場に少し震えながらも、記憶にないロレロレなどという名前の男を思い出そうとする。
「そのような男は、来てはおりませんが……」
「そう……、どういう事かしら?」
報告を受け急いでやって来たのに何かの間違いだったのか。困っているロレンツを自分が助けて恩を売る作戦を考えていたミセルがちっと舌を鳴らす。そんなミセルを小隊長がじっと睨みつける。
「あら、あなたは……」
その視線に気付いたのか、ミセルが小隊長に言う。
「あの件はもうこれで終わりですわよ。あなたは何も知らない。何も覚えていない。いいかしら?」
あの件とはもちろん彼の家族を監禁したこと。
ロレンツによって怪我も無く無事に返されたわけだが、家族が受けた恐怖、そして娘の大切な髪を切られた恨みは決して忘れることはない。所属はジャスター家の派閥になるが、心はアンナのキャスタール家。小隊長が答える。
「分かっております……」
とは言え小隊長程度の身分で表立って逆らうこともできない。だからこそささやかな抵抗としてロレンツの力になりたい。小隊長はじっとミセルを睨みつけていた。
「では失礼」
ミセルはそう言うと背を向けて帰って行く。
その姿が見えなくなってから受付の男が小隊長に言った。
「ミセル様が探していたのって、このロレンツって男だろ?」
男がロレンツの書いた書類を持って言う。無言になる小隊長。男が言う。
「分かった。心配するな。お前を売ったりしない。訳ありなんだろ? 俺はお前の味方だ」
「……ああ、助かるよ」
初めて小隊長が笑顔を見せた。
「ちょっと!! ちょっとちょっと!!!」
それからしばらくして、ロレンツと一緒に現れたアンナが受付の男に言った。
「ねえ、登録できないって一体どういう事よ!!」
驚いた男が答える。
「これは姫様、ご機嫌はいかがで……」
男は『氷姫』と呼ばれるアンナの感情剥き出しの態度に心から驚く。アンナが言う。
「ご機嫌悪いわよ!! で、どうして彼の登録ができないの!?」
その後ろには無言で立つロレンツとイコ。男が笑顔で答える。
「登録は済んでおります」
「え?」
驚くアンナ。ロレンツが近くに来て言う。
「さっきできねえって言ったじゃねえか?」
男が頭を下げて答える。
「当方の書類ミスでございました。登録に何の問題もございません。申し訳ございませんでした」
「……だって」
ちらりとロレンツの顔を見てアンナが言う。ロレンツが答える。
「まあ、ならいいか。じゃあ、戻るぞ」
そう言って立ち去ろうとするロレンツに男が言う。
「友が世話になったようですね。ありがとうございました」
ロレンツはちらっと男を見てアンナ達と立ち去る。歩きながらイコが言う。
「ねえ、パパ。あの人お友達なの?」
「いや、知らねえ」
ロレンツも歩きながら答える。アンナが少し首を傾げながらロレンツに言った。
「私てっきりミセルの嫌がらせかと思っちゃんだけど、違ったみたいだね」
「ああ、そうだな。書類ミスって言ってたな」
ふたりはそう言いながら苦笑いする。
受付の男はロレンツが見えなくなるまで彼に向かってずっと頭を下げ続けていた。
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