村人の団結
ついに夜になった。
村人は策戦を前に、西厳寺に集結している。
雲海僧侶の熱い演説と、村方三役の与一郎、嘉兵衛、林蔵が策戦を説明し、最後に敬二郎が壇上に上がった。
「今日僕は、皆さんの生活のために生家を裏切ります。しかし、清山家の対応には杜撰さがありました。だから皆さんは清山家、いや。紀一に対して厳しい意見をぶつけて下さい。その間に僕は皆さんのための食糧を調達します。御協力お願いします」
敬二郎には、村人にお願いをしているつもりだったが、熱狂する村人は鍬や鎌を振りかざし、めいいっぱい叫んでいた。
そして、西厳寺を日が暮れると共に出発した。
村人の中には、老人や女、子供も多くいた。
そう言った人々は清山家に怒りがあるのはもちろんだったが、敬二郎に恩がある物も多かった。
そう言う村人は西厳寺出発前に、敬二郎に握手を求め、とても慌ただしかった。
到着した清山家は相変わらず大きく、門と塀を構えている。
敬二郎が村方三役に目配せすると、策戦は始まった。
裏口側にある蔵に近づくために、大きな大八車を押す係の竹吉と蔵に入る敬二郎は村人たちと別れた。
敬二郎たちが、裏口に到着する頃には表口から清山紀一と村人との口論が始まっていた。
それぞれがそれぞれの主張をぶつけていた。
聞こえて来る内容から察するに、村民の圧力に庄屋は負けていた。
「竹吉。裏口の扉を外してくれないかい。大八車が通らない」
「任せて下さい」
敬二郎は竹吉とはもっと楽しく話したかった。しかし、昔の竹吉とは違う、まるで師匠と弟子のような関係になった事が悲しかった。
竹吉は敬二郎の指示通り、裏口の木製の扉をいとも簡単に持ち上げると、外してしまった。
大八車を蔵の前に押し、敬二郎は蔵を開けて中の米を運び始めた。
外で竹吉が米俵を掴んで大八車に積んでいく。
「あと半分くらいだ」
敬二郎が竹吉に伝える。しかし、外で声が聞こえた。
「そこの方。何をしてるの」
竹吉に話かけたのは、清山家の若い女性の使用人だった。
「まずい」
竹吉は咄嗟に、その使用人を殴りつけた。
蔵から飛び出した敬二郎は「やめろ!」と叫んだ。
使用人は吹き飛び、気絶してしまった。
敬二郎は素早く使用人に近づいた。
「良かった。生きている。竹吉!なぜ殴った」
敬二郎は人が傷つくのが嫌だった。
「それは、敬二郎様の策戦の邪魔になるかと思いつい。すみません」
「もういい。とにかく残りの米を運ぼう」
敬二郎は使用人を離れた場所に運び、呼吸を再度確認してから仕事に取りかかった。
「よし、これで西厳寺に戻ろう」
敬二郎は蔵から出ながら言った。
「待ってください。まだ、いくつか米俵が残ってます」
「いや、あればこの家の分だ。皆平等ならば、この家の人間達にも平等でなければ」
すると竹吉は感激し、「俺の考えが甘かったです。すみませんでした」と謝った。
「とにかく戻ろう」
裏口の扉を元に戻し、見張り役の青年に策戦終了の合図を村方三役に送ってもらい、敬二郎と竹吉はその場を去った。
「策戦の完遂を祝して、バンザイ!」
与一郎の掛け声で集まった村人全員がバンザイと叫ぶ。
大量の米を得ることが出来た。
明日はこの米を分配し、家ごとにわける作業がある。
米は西厳寺に保管する予定である。
「敬二郎様にバンザイ!」
誰かがそう叫んだ。
すると村人たちは敬二郎。取り囲んでバンザイを始めた。
そんな村人の目の奥は黒く深く。何を考えているか読めなかった。
それが敬二郎の恐怖を増幅させた。
米の仕分け作業は1日では終わらなかった。
そのため、数回にわけで行われ老人や子供が多い家から順に配られた。
清山家は今回の自体について何も言及せず、敬二郎にも特に石が投げられることは無かった。
しかし、秋が迫ったある朝。
西厳寺は全焼した。
誰も口にしないが、おそらく清山家の誰かが行ったに違いない、米の配給は2ヶ月分しか終わっておらず、今年の田んぼの収穫量によっては冬を越せるか怪しい量だった。
村人は嘆いた。
雲海僧侶は小さな小屋を建て、人々を集めて説教を続けた。
そんな中、いよいよ稲刈りの時期が来た。
想像通りの大不作だった。
食糧は確実に足りていない。
清山家は口を閉ざし行動をしない。
白沢村も僅かな援助はできるが、厳しい状況だった。
敬二郎にはもうひとつ心配事があった。
そろそろ出産するはずのいとである。
彼女をこの村にいさせる事は安全なのだろうか。そんな疑問が渦巻いていた。
それぞれの村人がこれからを思案する中、敬二郎の家に訪問者があった。
組頭の与一郎、嘉兵衛と百姓代の林蔵である。
「敬二郎様。次の策戦はありますか」
与一郎は懇願するように言った。
「お願いです。我々を救って下さい」
嘉兵衛は神でも拝むように膝立ちになって言った。
「皆さん。いざとなれば村を出ましょう。協力すればなんとかなります」
嘘でもいいから元気づけるために敬二郎は優しい言葉をかけ続けた。
その後も、村人が集まっては助けを求めたが、いい返答はできず、励ますことしか出来なかった。
「敬二郎さん。私の実家に来ませんか。この村の人達はなにか怖いです」
今にも子供が産まれそうなほど膨らんだお腹のいとは敬二郎につかまりながら訴えた。
「確かに、不気味かもしれない。でも、僕がいなくなってもなんの解決にもならない。何か考えないと」
敬二郎は聞く耳を持たず。
時だけが流れた。そして、村人の狂気は空腹と疲労で最大に達した。
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