神頼み

夏も終盤になった。

食糧は足りていない。村人は庄屋を見限り、団結して助け合った。

もちろん主導しているのは敬二郎だ。

村人の貯えを計り、計算し、適切に分配するなどの工夫をした。

また、大倉村の飢饉の状況を藩知事に報告する文面を林蔵などが作成した。

雲海僧侶は、人々の心の拠り所として西厳寺を解放し、時々説教を行った。

その話題の中には、敬二郎への感謝や尊敬を述べるものも多く、ある意味彼を神格化していた。


「敬二郎さん。今日も手伝いですか」

いとが大きくなったお腹で見えにくい足元に用心しながら朝食を運ぶ。

「そうだよ。今日は吊り橋側の畑を手伝ってくる。いとも涼しくして休んでいるだよ」

「ええ。わかってます」

この頃不思議なことがあった。

敬二郎の畑や、敬二郎が手伝った畑の収穫量が増えたのだ。

もちろん偶然なのだが、村人はそれに喜び、敬二郎が暇なら手伝いに呼んでいた。

雲海僧侶は、「敬二郎さんには村人を導く力があり、土地と天候の神に好かれている」という発言をした。

その影響はすぐに現れた。


敬二郎が手伝いに家を空けている時。

扉が叩かれた。いとはすぐに対応した。

「すまないがいとさん。敬二郎さんの農機具を貸してくれないか、もちろん日暮れまでに返す」

「あら。どうしてかしら」

「敬二郎さんの不思議な力の込められた農機具なら、畑が元気になるって噂だ。いいかな」

「まあ、返して下さればよろしいですよ」

「ありがとう」

このように、農機具を借りていく者が増えた。

もし農機具が全て持っていかれてしまうと、敬二郎の手ぬぐいだとか、下駄だとか、彼の身につけている者を貸してくれという者まで現れた。

いとは少し恐怖を覚えた。

夜になり、その事を敬二郎に話すと、彼は農機具を使って家の裏に抜け道を掘り始めた。

「これは、何に使うのです」

「もしかしたら、家に侵入してくる村人がいるかもしれない。もちろんそんな事信じたくないが、いとが危険を感じたらここから逃げるんだ」

「心配ありがとうございます。私は大丈夫ですよ」

「いや。いとだけじゃない。大切な子供もいるからな」

敬二郎は抜け道の出入口を上手く隠すと、夕飯わ食べ始めた。



年貢や飢饉対策について、清山家は一向に口を開かなかった。

敬二郎は兄の敬一郎に対して何度か呼びかけてみた。

しかし、彼は下の街に降りる事が多く、博打にハマってしまい借金を作っていた事がわかった。

つまり、敬一郎の借金返済のために貯えを使ってしまった清山家には街から食糧を買い入れる財産はもうないのだった。


その話は、広く村人に知れ渡った。

翌日、雨で農作業が出来なかったため村人は西厳寺に集結し、清山家への非難やこれからの生活について談話を始めた。

そこに、敬二郎が現れると空気はガラリと変わった。

なぜが祝福され、敬二郎より年上の者からも握手を求められたのだ。

敬二郎は少し驚いた。

「大倉村の生き仏様がいらっしゃった!」

雲海僧侶が壇上で大声を出す。

すると村人たちは獣のように、叫び手を叩いた。

敬二郎は困惑していたが、竹吉が近くにきて話しかけた。

「敬二郎。いや、敬二郎様、みながお言葉を待っています」

親友の竹吉まで仰々しい喋り方をしていることに違和感があった。

竹吉は敬二郎の歩く場所を邪魔する村人を怪力で押しのけて、壇上まで案内した。

「さあ、お言葉をお願いします」

雲海僧侶は頭を低くして、壇上から降りた。

敬二郎はこの状況がよく分からなかった。

「大倉村の皆さん。僕をそんなに特別扱いしないで下さい。とにかく、食糧問題については藩知事からの返答を待って、返答がなければ清山家に直談判に行きましょう」

敬二郎の言葉に村人は様々な反応を見せた。

「素晴らしいお方なのになんて謙遜心があるのだろ」

「暴君をくじくには、敬二郎様の力が必要だ」

「俺の農地も手伝って下さい。不思議な力をお授け下さい!」

村人は暴走していた。狂気に満ちていた。

敬二郎は逃げるよに西厳寺を後にした。


翌朝。

敬二郎の家に、組頭の与一郎、嘉兵衛。百姓代の林蔵が現れた。

すると、林蔵が紙を敬二郎に見せながら話し始めた。

「敬二郎様。藩知事から返事が届きました」

「様をつけるのはやめてください。皆さんの方が年上なのですから」

「いえ、我々は貴方様に助けられました。敬って当然です」

いとはその様子を不安そうに後ろから見ていた。

「とにかく、県としては対応出来ないという事でした。なので、今夜清山家に打ちこわしに行こうと経略しました」

「なんですって。打ちこわし!」

敬二郎が驚くのも無理は無い、自分の生家の米蔵が村人に壊されるのだ。

しかし、これしか村人を飢餓から救う方法もない。

敬二郎は迷った。

迷いに迷った末、父や兄ではなく村人の命を優先することに決めた。

「敬二郎様はどうなさいますか」

与一郎が尋ねる。

「分かりました。村人を飢餓から救うにはこれしか方法はありませんね。しかし、打ちこわしはいけません。だから策戦を考えました。村人と村方三役の皆さんは正面から清山家に話をつけに言って下さい。汚れ仕事をするのは僕だけで十分です。皆さんが時間を稼いでくれている間に、僕が米蔵から米を盗み西厳寺に運びます」

敬二郎は村人に盗みの罪を負わせないために、なんと自ら一人で米蔵に盗みに入るという。

もちろん。いとは反対だった。

「敬二郎さん待って下さい。そんなことしたらあなたも罪人ですよ。私はあなたに盗みを働いて欲しくない」

以前も、母子のために米を盗んだ敬二郎だったが、いとはあの時の辛さから二度と同じことを繰り返して欲しくなかった。

「いとさん。すまないが、敬二郎様もこう言ってる。お願い出来ないかな」

林蔵が懇願する。

「いと。心配しなくていい。村人のため、家から米をもらうだけさ。さあ、朝食にしよう」

いとは混乱と心配と不安に押しつぶされそうだった。

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