大倉村の大不作

春になった。

敬二郎は相変わらず、自分の田畑だけではなく、いとの実家や近所の村人の農作業も手伝っていた。

もちろん報酬など貰えない。

ただ人を助けたい。困っている人を見逃せないという一心だった。


ある日の夕方。

敬二郎は立ち上る煙を見た。

はじめは焚き火の類だと思っていたが、煙は大きく、黒くなっていった。

火事だと気づく頃には、火の見櫓の鐘が鳴らされ、村人は火事の方向に走った。

燃えているのは、嘉兵衛の息子の米蔵だった。

嘉兵衛は立ち尽くし、息子や近所の若者は桶で水を運びかけている。

敬二郎も参加し、消火のために手伝った。

野次馬も多かったが、動けそうな人がいれば声をかけ、かなりの人数で消火にあたったが米蔵は全焼してしまった。

幸い周辺に延焼することは無かったが、嘉兵衛とその息子は困り果てていた。

去年の不作でそもそも米が少なかったが、それが全て無くなったのはかなりの痛手だった。

火事の現場に、紀一も現れた。

「消火活動ご苦労。それにしても酷いな」

嘉兵衛は紀一に気がつくと素早く歩み寄った。

「紀一さん。すまねぇ。息子の年貢だが俺が払う。その代わり少し減らしてくれないか。この通りじゃ」

すると嘉兵衛は柄にもなく、地面にひれ伏した。

しかし、暴君紀一はひと味違う。

「そうだな、嘉兵衛とりあえず頭を上げよ。例え火災でも、例え組頭でも、掟は守らねばならんよな。年貢は待ってやる、ただしきちんと納めよ」

その時の嘉兵衛と息子の絶望の表情を忘れる事はできないだろう。

絶望と恐怖が入り交じっていた。

紀一は例え村方三役として共に仕事をしている嘉兵衛にも容赦ないのだ。

「待ってください。紀一さん。俺には孫が10人もいる。年貢を納めたらみんな死んじまいます」

「なんとかしろ。組頭が掟を守らないなど示しがつかんだろ」

紀一は背を向けて家に帰った。

村人は嘉兵衛に哀れみの気持ちを抱くと同時に、紀一の恐ろしさに震えていた。

「嘉兵衛さん。僕がなんとかしますよ」

絶望の淵にいる嘉兵衛に歩み寄ったのは、敬二郎だった。

「なんとかするだと。お前が父親に年貢を減らしてくれるように頼むのか」

嘉兵衛は怒り、我を失っていた。

「いいえ。皆さん聞いて下さい。村人全員が僅かにでも米を集めれば、嘉兵衛さんの家の分の年貢は補填できるはずです。もちろん、僕が一番量を出します。よろしくお願いします」

敬二郎は周囲の村人に呼びかけたのだ。

しかし、村人の反応は鈍かった。

「すまないが、こっちもギリギリで生活してるんだ。少しも出せないね」

「そこをなんとか、お願いできませんか」

敬二郎は粘った。何日も村人の家を嘉兵衛と回った。

そして、全体の3分の2程の米を確保することか出来た。

「あとは僕がなんとかしますよ」

敬二郎の家で休憩する嘉兵衛が驚いた。

「敬二郎くん。ほんとにありがたいが、それでは君たちの家の米が無くなってしまうぞ」

「そうよ。さすがに、その量の米は出せません」

珍しくいとも加わってきた。

「敬二郎さん。あなたは父親になるんですよ。父親が家族の事を考えられないようではだめです」

いとの怒りは敬二郎に刺さった。

「すまない。僕にはそれしか思いつかない」

するといとは一息着いた。

「私が、白沢村に頼みます。ですから、大丈夫です」

いとのその言葉に、嘉兵衛は救われた。

その後、嘉兵衛は年貢を無事に納めることができた。

いきさつを紀一に話すと、紀一は呆れるばかりだった。

「敬二郎はそんなに人に恩を売って、仏にでもなるつもりか」

紀一は嘉兵衛に毒を吐いた。

「仏。そうですよ。息子さんはまさに仏です。俺にはそう見えました」

嘉兵衛はいたって真剣にそう言った。

「馬鹿な事を言うな。帰れ!」

紀一は怒鳴ると嘉兵衛を帰らせた。

その後、紀一は一日中機嫌が悪かった。



そろそろ、夏野菜の収穫時期だ。

しかし、今年は去年を上回る大不作だった。

また、米に関しても生育が悪く不作の心配がされた。

農家はみな焦っていた。

この頃にはいとのお腹の中の子もだいぶ大きくなっていた。


そして、敬二郎は不作の状況を早く解決するために行動を起こした。

まずは白沢村の農家に今年の農作物の生育状況を尋ねて回った。

しかし、白沢村も芳しくないようで、今年もギリギリの状況らしいことかわかった。

次に、農民みなが集まり、紀一に対する年貢の引き下げと街からの買付けの嘆願書を敬二郎が主体となって書いた。

敬二郎に恩のある嘉兵衛や雲海僧侶なども加わり、村人は嘆願書を敬二郎に託した。


「お父さん。今日は村民の総意が書かれた嘆願書を持参して参りました」

「なんだ。またお前は人助けか、産まれる子のことも考えているのか」

「もちろんです。むしろ、未来ある子供たちのためにお父さんには行動して貰わなければなりません」

敬二郎は嘆願書を渡した。目を通した紀一は激怒した。

「貴様!掟を破るどころか、俺に米を買付けさせるのか、図々しいにも程がある!」

「しかし、清山家の財力があればこの危機的状況も回避出来ます」

「残念だったな敬二郎。去年の買付けでほとんどの貯えは無くなった」

「しかし、まだこれまでの年貢等が納められているはずです。今こそ村人のために動いて下さい」

しかし、敬二郎の頑張りも虚しく。

紀一は話を遮った。

「終わりだ。話にならん。俺のやり方に不満のあるやつは村を出ていけ、もしくは人柱でも立てるんだな」

敬二郎の嘆願を一蹴すると。紀一は部屋から消えた。

清山家の外で待っていた、村人達も会話の内容は聞こえていたようだ。

みなで、清山家の前で抗議をしたが、返答は得られなかった。

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