大雪の西厳寺

敬二郎にとって農家一年目の年は、不作に終わった。

どの家も、田畑の実りが悪く。米の貯蔵も僅かだった。

敬二郎はいとの実家の稲刈りにも参加した。

白沢村でも不作であり。

例年より酷い状況だった。いつ飢餓で人が亡くなってもおかしくない状況だった。


敬二郎は吊り橋を渡って、家に向かう前に父紀一の元を訪ねた。

「今日は何の用だ」

「お願いがあり参りました」

「また、ろくでもない人助けか」

「命が関わる問題です。白沢村を援助してくれませんか」

紀一の目は険しくなった。

「敬二郎、お前も農家なら今の村の状況を知ってるだろ。食糧は村内だけで限界だ。援助は無理だ」

「食糧を送るわけではありません。清山家の財産を使って、街から米を買うのです。そうすれば、白沢も大倉も助かります」

紀一は渋った。確かに、貯えを使って米を買うことも出来る。しかし、白沢村まで助ける義理がなかった。

「お前の嫁はもう大倉の人間だ。嫁に言われたか知らんが、白沢に肩入れするな」

「いいえ。いとにそのような事は言われておりません。互いに協力したいだけです。今後もし、大倉村が飢饉に陥った時にこちらは援助を求められますか。今、恩を売るのが良いのではないですか」

息子に正論を言われて腹がたった紀一は「帰れ!」と怒鳴ると、話を無理やり遮った。

敬二郎は一礼すると清山家を後にした。


翌週。いとは手紙で白沢村に米などの援助があったことを知った。

その影に敬二郎の活躍があったことも知らなかった。

敬二郎は自分のことを自慢することもなければ、手柄を語ることもしない男だった。



その年の冬は大倉村をさらに苦しめた。

降り続く雪で、村の老人達も経験の無いほど雪が積もったのだ。

「いと。こんなに雪が降ったのは初めてだ。僕はこれから村内のご老人の家の雪かきを手伝ってくる。いとはお腹の子のためにゆっくりしていてくれ」

敬二郎は雪かきのために道具を持つと、いとに言った。

いとは妊娠していた。敬二郎はいとの腹に優しく手を触れると、家を出発した。

「敬二郎さん。気をつけて」

いとの呼びかけに手を挙げて答える敬二郎。

彼は誰よりも早く起きて家の周辺は既に雪かきが終わらせていた。


敬二郎は竹吉と合流して、雪かきを始めた。

また、民家の上に積もった雪は落下の可能性もあり危険なため、雪下ろしもしていた。

西厳寺周辺の民家の雪かきが一通り終わった頃。

西厳寺の方から若い僧侶が雪の中を裸足で走ってきた。

「どうされました」

敬二郎の問に、若い僧侶は息を整えながら必死に答えた。

「寺の一部が雪の重みで倒壊しました。その時、下にいた雲海僧侶が下敷きになってしまいました」

「それはまずい。竹吉、村の医者と若者を集めてくれ。僕は現場に向かう」

若い僧侶は自分の足が霜焼けで真っ赤になっている事に気づかないほど動揺していた。


現場は凄惨だった。

寺の一部が雪で押し潰されているのだ。

他二人の修行僧は雲海僧侶の名を呼びながら、雪をどけていた。

敬二郎はすぐに加わると、まずは雪を全てかいた。

「雲海僧侶の返事はありましたか」

敬二郎が木材を動かしながら修行僧に問いかける。

「初めはありましたか。しかし、敬二郎さんが到着される少し前から声が聞こえません」

残り時間は僅かだと感じた敬二郎は焦った。木材が多く、そして重たいのだ。

「村の若い男を待っている時間はない。しかし、人手が足りない。でも急がねば」

弱音を吐きそうになったが、敬二郎は必死に木材を移動させた。

「鋸はありませんか」

修行僧に呼びかけて、大きな木材は鋸で切断した。

少しして、雲海僧侶の腕が見えた。

呼吸を確保するために、顔の近くの木材や胸部腹部を圧迫する木材を移動させた。

「雲海僧侶!大丈夫ですか!」

その時、雲海僧侶がうっすらと目を開けた。

「おお。救いの仏よ」

雲海僧侶は霞んだ意識の中で言葉を発した。

日差しを受ける敬二郎の姿が仏に重なったのだ。

その直後、竹吉が医者と若者を連れてきて雲海僧侶は救出された。

あと少し遅れていたら危なかったという。


その後、回復した雲海僧侶と修行僧などから何度も感謝の辞を述べられた敬二郎だったが、決して奢らなかった。

それどころか、翌日からは寺の修繕にも参加した。

休憩時間には、雲海僧侶が大工や敬二郎に菓子を出した。

「敬二郎さん。貴方は本当の生き仏様だ。あなたに助けられた時、私を迎えに来た天の使いかと思いましたよ」

「そんなことはありません。ご無事で何よりです」

「敬二郎さんの噂をお聞きしていますよ。村のご老人や助けられた方々はみな貴方を尊敬している」

「尊敬なんて、僕にはもったいない言葉です。これからも精進します」

すると、敬二郎は仕事に戻った。


寺の修繕が終わった。

雲海僧侶は感謝と敬意を込めて、寺の修繕した部分に関係者の名前を掘った。

その中にはもちろん敬二郎の名もある。

雲海僧侶はその名前を見る度に、彼と父親の紀一を比較し、神が人の姿で地上に降り立った、生き仏ではないかと疑った。

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