確実に不審者2

 そうと決まれば、足早に通り過ぎるべし。

 荷物を抱える腕に力を込め、歩くスピードを上げようとしたら、ふと最近よく見る夢のことを思い出した。


 幼い頃、傷つけてしまった少女の夢。


 何故だかその光景が頭をちらついて、不思議と後ろを振り返ってしまった。

 そのときだった。

「あわっ」

 一際強い風が吹いて、女性のカラダが川の方へ傾いた。


 目の前でぐらつくカラダ。

 嘘でしょ!? あのままじゃ落ちちゃう。

「危ないっ」

 気づけば走り出し、前方に大きく傾いた彼女の足首をガシっと掴んでいた。


 グッズを抱えたままだったのは、オタク根性だったと思う。グッズとはいえ、推しを地面に放り投げるなんてできなかった。

 無事に彼女も助けられたし、良かった良かった。


 って、先ほどから女性が無言で、目を見開いて私を見つめてくるんですが。

 何故?

 ギョッとした目つき。

 どうして?

 驚いてるのはこっちですよ。


「あのお」

「あ、喋った」

 おっと。つい本音が。いや、今そんなことはどうでも良くて。

「危ないから降りた方がいいと思いますよ」

「……」

 無言なのね。

 普通「ありがとうございました」みたいなお礼の言葉を言うのが、一般的だと思うのだけれど。

 あ、あんなとこに立っている時点で、常識を求める方がおかしな話か。

「よいしょ」

 でも、素直にガードレールの上からぴょんっと降りてきた。それは褒めてあげる。心の中で、ですけど。


「あのお」

 再び風が強く吹き、木々がざわめく。

 私よりも少し背の高い女性が、

「もしかして……リョウちゃん?」

 懐かしい呼び方に目を見開く。

 その呼び方をするのは、今も昔もただ一人。

「もしかして、ナミ?」

 ガードレールの上に素足で立っていた不審者は、私が幼い頃に傷つけてしまった、松井那海なみだった。


 唖然と彼女を見つめる私と、喜びに満ちあふれた顔で私を見つめる那海。

 私たちの間を、7月とは思えない冷たい風が通って行った。

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