“普通”なんて自分で決めろ

佐久間清美

本編

プロローグ 再会

確実に不審者1/2

2022年7月15日(金)

 あー今日も楽しかった!

 会場の熱気をカラダ中にまとったまま、鼻歌を歌いながら夜道を歩く。

 外灯に照らされた、人気が全くない道。女が一人で歩くには少々危険かもしれないけど、電車賃をケチりたいのよ。

 片道40分かかるとしても、ね。


 衣食住には最低限のお金を。推しには給料の大半を貢ぐ。

 それが私の生き方。

 アイドルを追っかけること、それは私にとってとても大切なことだから。生きる理由だから。

 推しと同じ空気を吸えるライブ会場は私の居場所。頭を空っぽにして、明日のことなんて考えず、推しの一挙手一投足を目に焼き付けるの。


 最高でしょ。

 ぼっちで参戦したって、死ぬほど楽しめるんだからね。


 強がりなんかじゃないから。本当に。


 真夏ほどではないにしろ、熱い風が吹く中、物販で買ったペンライトやうちわ、フォトセット、Tシャツを、これまたグッズのトートバッグに詰めて歩く私は、傍から見たら不審者だろう。

 電車に乗るときみたいに、前に抱えちゃってるし。


 でも、別にいい。

 普段は気になる視線も、ライブ後の高揚感には勝てない。

 というか、私以外誰も歩いてないし。


 今日は、私の推しが所属する『Magentaマゼンタ』のライブ最終日だった。俗にいう、オーラスってやつ。

 当然推しの絵里えりちゃんが一番輝いてたんだけど、全員可愛かったのよ! 光輝いていて、神々しくて、手の届かない存在だけど、触れられそうなほど近くにいて。

 語彙力がない私には、最高としか表現できない。

 やっぱりガールズグループっていいなあ。勿論ボーイズグループにも可愛い系の子はいるけれど、女の子の集団には敵わないのよ。


 そんなことを考えながらボケーっと歩いていたら、割と近くに人影が。

「は?」

 しかも、ガードレールの上に器用に立ってる。素足で。


「はい?」

 二回も同じような言葉が出ちゃったのは仕方ないと思う。

 だって、川沿いのガードレールに立ってる人がいたら、目を疑うでしょ。


「女の人だ」

 外灯にボンヤリと照らされている人物は、ウルフカットでボーイッシュだったけど、胸の膨らみからして確実に女性。

 彼女は夏だというのに、長袖の真っ白なワンピースを着て、両手を広げて川を眺めていた。


「関わりたくない……」

 心の底から。本当に、関わりたくない。ただでさえ人付き合い苦手なのに、あんな変人に声かける勇気なんて、私は持ち合わせていないのよ。

 うん、無視しよう。


 高揚感が吹き飛んで、ゾクゾクと寒気が背筋を駆け抜けた瞬間、そう判断した。


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