第1章 幼馴染との再会

第1話 ついてきた1/3

 どうしてこうなったのかしら。

 まず、状況を整理しましょう。


 那海なみは「いらない」と言ったから、自分用のブラックコーヒーを淹れながら、ソファに座らず、カーペットの上に体育座りでTVを眺めている彼女を見る。


 私はガードレールの上に立っていた不審者を助けた。そしたら、その人は幼馴染でした。


 終わり。


 それ以上でも、それ以下でもないのだけれど。

 いえ、付け加えなきゃいけない情報があるわね。

 彼女を家に連れて帰ってしまった理由。


 それは、勝手についてきたから。


 彼女が幼馴染であることを認識した後、私はそそくさと逃げ出したのだ。那海と相対することは、割とメンタルにくるのよ。

 なのに、マンションまで帰って玄関のカギ穴に鍵を差し込んだとき、ふと視線を感じて後ろを振り返ったら、


「ごめん、ついてきちゃった」


 夜だというのに、太陽みたく明るい笑顔で言われた。


「いやいやいやいや……どうして」

「うーん。だって久しぶりに再会したんだよ。何十年ぶりだよ? もっと話をしたいのにさ、涼ちゃんったら逃げ出しちゃうんだもん」


 頬を膨らませながら言った彼女が、幼い頃の那海の姿と重なる。


「そりゃだって……」

 真っすぐに見つめてくる視線から逃れるように、うつむいた。

 私は、私には、那海を直視する資格なんてない。

「貴女の左目の視力を奪ったの、覚えているでしょ」


 失明には至らなかったものの、著しく視力が低下してしまった彼女の左目。

 何故そうなったのか。なにがあったのか。

 全ての原因は、私――戸崎涼七とざきりょうなにある。


 あれはたしか、私が10歳で、那海は4歳だった。

 家が隣同士だった私たちは、休みの日はほぼ絶対と言っていいほど、一緒に遊んでいた。

 そんなある日、私は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。


 彼女に合わせて積み木で遊んでいたら、積み上げるのではなく、いつの間にか投げ合う遊びになっていた。

 本来なら年上で、ある程度『やっていいこと』と『やってはいけないこと』の分別がついていた私が、那海をいさめるべきだった。

 それなのに、私も一緒に積み木を投げてしまった。

 あんな角が尖ったものを投げたらどうなるか、少し考えればわかるのに。


 だけど当時の私は未熟だった。そのことが悲劇を招いた。


 私が投げた積み木が那海の左目に直撃してしまったのだ。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


 そう泣き叫ぶ彼女。親たちが駆け寄ってきたこと。救急車が呼ばれたこと。


 その日の記憶はそこで途切れているけれど、後日、私は両親と共に彼女の自宅へ謝罪に行ったことは覚えている。


 今でも夢に見るくらいに。


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