新参者も大歓迎
山口と森田は興奮していた。
なんと「レモンジュース」の姉妹グループが誕生すると言うのだ。
「レモンジュース」のオーディション落選者3名が過酷な研修生時代を経てついにデビューするのだ。
さらに、オーディションを勝ち抜いた2名も今日発表されると言う。
そんな記念すべきライブで山口と森田はまたもや座席が近かった。
「いやー。森田くん。いよいよだね」
「そうですよ。姉妹グループとは言っていますが切磋琢磨するライバルグループになってくれるといいですね」
「ところで、グループ名は予想したかい」
「そうですね。俺は、やっぱりジュースが付くと思いますよ」
2人は、メンバーお披露目までの時間で様々な事を語りあった。
そして、新グループ。
「エンジェル・アイ」がお披露目された。
同時に1ヶ月後のデビューと、デビューシングルの「天使の瞳でつらぬいて」の初歌唱も行われた。
山口は事前情報をある程度持っていた。
研修生組の三人は名前も顔も分かっていた。
しかし、オーディション組の2人はどうだろうか、つい最近まで一般人とは思えないダンスと歌唱力。山口はオーディション組の2人に特に可能性と期待を感じていた。
森田は研修生について詳しくなかった。
しかし、その三人よりもオーディション組に目を奪われていたのは確実だった。
特に身長の高い方。松園凜音についてはビジュアル、ダンス、歌唱力共に、「レモンジュース」のエースであるモカピに近いものを感じざるを得なかった。
その後、自己紹介でも明言していたが、松園凜音はやはりモカピに憧れてこのオーディションに応募しており、言動と行動の節々にモカピリスペクトを感じられて、ますます好印象だった。
「山口さん。推しメン決まりました?俺は一目見たときからビビっと来てましたよ」
ライフを終わり、近くの公園のベンチに2人は座っている。
今日のライブを振り返るためだ。
もちろん、居酒屋で酒を片手に語るのもいいのだが、記憶が残っているうちに、出来るだけ早く語り合いたかった。
「ああ。僕だって決めたさ。せーので言ってみるかい」
山口は興奮冷めず。まだペンライトを光らせ胸元に持っている。
「そうしましょう。いきますよ。せーの」
「松園凜音!」
「松園凜音!」
まさに以心伝心。2人の意見は寸分違わず当てはまった。
こうして、「エンジェル・アイ」の中での推しは山口、森田共に松園凜音と決定した。
松園凜音の愛称はSNSで定まりつつあった。
有力なのは「マツリン」である。
マツリンのメンバーカラーは黄色であることも今日発表されていた。
山口と森田は公園にある黄色の遊具と共に記念撮影をした。
今日という日の記念を残したかったのだ。
新たなグループのスタートと、山口たちの新たな推しの発見を祝して。
「エンジェル・アイ」のデビューライブのチケット倍率は相当なものだったようだ。
ファンクラブに入会している山口と森田もファンクラブ先行枠では購入出来ず、一般販売に賭けた。
なんとかチケットを入手した2人だったが、天空席と呼ばれる2階席になってしまった。
しかし、そのライブに参加できただけで非常に光栄だと感じた。
山口と森田は黄色のペンライト。カバンや服にもさりげなく黄色が使われている物を選んだ。
これが彼らなりの主張である。
また、珍しいことに山口と森田は座席ひとつしか離れていなかったのだ。
もし、2人の間の座席の人物がマツリン推しであれば、最強の三人組となれる。
森田はそんな想像をしていた。そんな些細なことに盛り上がるほど、興奮していたのだ。
記念すべきデビューライブの開始直前になっても、2人の間の座席の人物は現れなかった。
開演3分前のブザーが鳴ると滑りこむように座席に男性が現れた。
歳は森田より5つは若いだろう。
整った顔立ち、すらっとした体型はオタクというより、男性アイドルを思わせた。
山口がそんな事を考えていると、いつの間にか開演の合図が流れた。
盛り上がる会場内。
包まれる熱気とオタクのコール。
最近は女性オタクも増えている。コールについて教えあったり、トレカの交換をしたり、交流が多いのも現場の特徴だ。
山口と森田は「マツリン」コールをしながら、黄色のペンライトを振る。
ペンライトを振ると言ってもオタ芸のようなものではなく、リズムに合わせて振るだけである。
ところで、隣の美形の青年はノリが悪い。
初現場かもしれないので、2人はお手柔らかに接する事にした。
突然、両側の知らない人から話しかけられても困るだろうから公演中はそっとしておく事に決めたのだ。
これもひとつの思いやりだろうか。
しかし、状況は青年の行動で一変した。
青年は黄色のペンライトをぎこちなく振り始めたのだ。
黄色という事は、マツリンが推しである可能性が限りなく高い。
山口と森田は視線を合わせると、公演後話しかけようと心に決めた。
公演後。
素早く、片付けを始めた青年に対して森田よりは社交的な山口が話しかけた。
「初めまして。僕は山口智夫って言います。現場初めてですか」
青年は少し驚いていたが、爽やかなスマイルを見せると。「ええ。とても楽しかったです」と言った。
「もしかして、マツリン推しかい?」
森田も参加する。
「マツリン?」
青年はピンと来ていない。もしかしたら、マツリンと共に愛称候補にあったリンリンという呼び方をしているのかもしれない。
「松園凜音ちゃんの事だよ」
「あー。そうですね。あの人しか知らないって感じです」
「じゃあ新参者ってわけだ。ちなみに俺は森田竜太って言います」
森田が会社員らしく頭を下げる。
「僕は神林蓮です。よろしくお願いします」
神林は名乗っていなかった事に気づきそう挨拶した。
「よろしく。もし良ければ駅まで三人で歩かないかい。これから現場で会う事も多くなりそうだ」
山口の問いかけに。森田も神林もOKをだし。
会場の最寄り駅まで歩く事にした。
今回の会場は少し特殊で、首都圏と言えば確かにそうなのだが、駅近とはいえなかった。
オタクが列を成して30分程駅から歩くのは有名だった。
そんな夏祭りみたいな列の中で三人は語り始めた。
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